酔いの過ち -紫月と倫周の初めての夜のこと- |
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それはデビューして間もない頃の、と或る晩のことだった。
まだ慣れないテレビ出演が終了した後、プロダクションに残してきてしまった自分の鞄を取りに戻って
来たのは新人ロックバンドのメンバーである柊倫周だ。
「何だって・・・バカだな。鞄ごと忘れてっちゃうなんて・・・財布入ってるのにー・・・」
ブツブツと溜息を漏らしながらスタジオへと向かう。
もう夜中のせいか、普段は賑やかな社内はひっそりとしていて、非常灯の明かりだけが廊下を照らしていた。
「へぇ・・・夜って静かなんだなー・・・警備員さんとかに疑われたらどうしよ?」
そんなことを思いながらきょろきょろと部屋への道を急いでいたが、案の定といった具合に突き当たりの
エレベーターの扉が開かれる音にギョッとしたように柱の影に身を潜めた。
「やっぱり警備の巡回だろうか?どうしよ・・・何て言い訳しよう・・・俺の顔なんかまだ覚えてないよな・・・・」
如何にブレイクし始めたとはいえ、デビューしたての新人の顔を警備員が覚えているかといえば
少々不安の残る面持ちで倫周は少しドキドキとしていたのだった。
そっと柱の影で息をひそめる・・・
何事もなくエレベーターに乗ったその誰かが行き過ごしてくれるのをこっそりと覗き見ながら待って
いたのだが、意外にも中から降りてきた人物は警備員ではないようだった。
後ろを向いていてよく見えないが、どうやらスーツ姿の長身の男性のようだ。
だがふと聞こえてきた慣れた声を確認して、倫周は安心したように緊張を緩めたのだった。
「あー、、、何だよココ?3階じゃねえかよー、、、間違えちまったー」
どうやら降りる階を間違えたらしい・・・
面倒くさそうにそんなことを言いながらエレベーター前でぼやいているのは、
声の調子からして此処の専務の一之宮紫月であるらしかった。
デビュー前から自分たちの面倒を見てくれて、すべてのプロデュースもしてくれている紫月の存在に
倫周はそれまでの緊張が解けたように思わず声を掛けたのだった。
「一之宮さん!」
「あ、、、、?何、、お前、、、倫周じゃねえか。こんなとこで何してんだー?」
だが少々怪訝そうに振り返った紫月の瞳はぼんやりと据わっていて、その感じからは
だいぶん酒の入っているらしいことが窺えた。そんな様子に倫周は少々肩をすくませると、
「すみません、忘れ物しちゃって・・・あの・・・鞄をスタジオに置いたまま出掛けちゃったので・・・」
と、お愛想笑いをこぼしながらそんな言い訳を口にしたのだった。
「あー、そうー、、、忘れ物ね。そーいやお前ら今日ナマ(生番組出演)だったんじゃねー?
もう終わったのかよ?」
「あ・・・はい。さっきマネージャーに送ってもらって・・・他の皆はもう帰ったんですけど・・・・」
「ふーん、そうー、、、そいつぁーご苦労さんー」
応答の言い回しにもはっきりと酔っている様が見て取れる。
「あの、一之宮さん・・・・?大丈夫ですか?」
「あ、、、?何がー、、、?」
「いえ・・・あの・・・飲みに行かれてたんですか?」
「んー、、、そうー。接待ってやつでなー。あ、、、やっぱ俺ヘン?酔っ払いってか?」
紫月は少々後ろめたそうに肩をすくませると、苦笑いをこぼしながらそんなことを言った。
「接待・・・ですか?たいへんなんですね。あの・・・具合とか大丈夫ですか?」
そんな様子に倫周は感心し、そして少々飲み過ぎていそうな紫月の体調を気使う言葉を掛けた。
「ふふ、、、心配してくれてんの?可愛いなお前、、、いい子、、、」
「そんな・・・」
「マジでいい子だぜー、、、倫周だっけ?お前ちょっと部屋寄ってかねー?茶ーくらいはご馳走するぜ?」
「えっ!?でも・・・」
「いいじゃねえー?どーせもう電車とかねえだろ?タクシーで帰るんなら同じじゃん?」
紫月はくすりと微笑みながら上機嫌でそんなことを言うと、恥ずかしそうに照れ笑いをした倫周の肩を
抱き寄せてエレベーターへと乗り込んだ。
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このプロダクションの若手社長である粟津帝斗と専務の一之宮紫月は社のビルの最上階に
互いの自室を持っていてそこに住んでいるのだった。
倫周ら新人も何度か研修などで通されたことのある私室だ。
部屋に着くと紫月は解放されたようにスーツの上着を脱ぎ捨てて倫周をソファーへと勧めた。
「あー、、、やっとノビられるぜー。お前何飲む?ジュース?それともコレいくかー?」
ミニバーの横でワインの瓶を振りながらまだろれつの回らない口振りでそんなことを言っては
笑ってみせた。
疲れているのに気を使ってくれて・・・何か申し訳ない
ふとそんなことを思ったものだ。
紫月は如何に若手だといっても自分とは一回りも歳が離れているわけで、しかもこの業界でも天才と
もてはやされる程の敏腕プロデューサーだ。
そんな人物が新人バンドの自分なんかを私室に招いて、もてなしの言葉を掛けてくれるなど
それだけで恐縮してしまうというのに・・・
その上、今は仕事の接待の後で疲れているだろうに本当に申し訳ない、、、
素直な性質の倫周は心からそんなことを思っていたのだった。
それから結局はジュースをもらい、少しのおつまみまで出してもらってしばらくはたわいのない
会話をして過ごした。
デビューしたてだったので仕事のこと、音楽のこと、他社のライバルバンドの話などをしながら
紫月の気さくな感じにも倫周は感激の心持ちで、自分は酒も飲んでいたわけではなかったが
何となくほろ酔い気分で頬を上気させたりしていたものだ。
紫月の方は酔っていたせいか意外にもひょうきんなところのあるようで、会話は楽しくしばらくは時間を
忘れてしまう程だった。
それからどのくらい経った頃だろう?
気づくともう表通りを行く車のネオンの数も減っていて、慌てて手元の時計に目をやれば既に
午前2時を回ってしまっていた。
倫周はぎょっとしたように立ち上がると、
「わあーっ・・・すみませんっ・・・もうこんな時間っ・・・・」
大声でそう叫んだ。
紫月はソファの上にゴロゴロと横になっていたが、そんな様子にゆらゆらと起き上がると、
「あ?んじゃー送ってくか、、、?」
そんなことを口にした。
「ええー?いいですそんなッ!俺タクシー拾いますから!一之宮さんゆっくり休んでください」
「あー、そういや俺呑んでたんだっけー。じゃ酔っ払い運転になっちまうなー」
まだフラフラとしながら軽いあくびまでしていて。
「あはは・・・本当に大丈夫ですから。おやすみなさいっ!」
そう言って鞄を取り上げたそのとき、、、
ふと雪崩れるように肩を抱きすくめられて、倫周は大きな瞳をパチクリとさせてしまった。
「い・・・ちのみやさん・・・・?」
「なあー倫周ちゃんさー、、、帰っちゃうの?」
「へ・・・・?あ、あの・・・・」
「寂しいなー俺、、、もうちょっとココにいろよ、、、、なんなら泊まってっちまえばいいじゃん?」
「えっ!?」
くったりと寄り掛かり、とろけるような瞳がすぐ側に迫っていて倫周は一瞬その場に硬直してしまった。
「なあ倫周ー、そうしろよー?今晩はココに泊まってさ?なー倫、可愛いし、、、お前、、、」
「いっ・・・一之宮っ・・・さんっ・・・!???」
ふいに寄せられた頬が重なり合った次の瞬間には押し包まれるように唇を奪われて、
倫周は瞳も閉じられないまま硬直してしまった。だが次第に濃厚になる唇の重なりに思わず
抵抗の言葉と、とっさにそれから逃れるように身をよじったのだが・・・
ズルズルと崩れるようにソファの上に組み敷かれ、自分を見下ろす紫月の瞳が逸っているのが分った。
まぎれもなく欲情の瞳だ、、、、
倫周はひどく驚き焦ったが、そのときはもう遅かった。
再び唇を重ね合わせられ今度は強く吸うように奪われて、気づけば器用にシャツの間を割り込んで
来た指先に胸元の花びらをきゅっと摘まれて思わず小さな悲鳴をあげた。
「ひぃぁっ・・・・・・・!」
「ふふ、、、いやらしい声出すなよー、ホント可愛いいんだからー倫周ー、、、」
「いっ・・・一之宮さんっ・・・・・・あの・・・・・あっ・・・・・」
「んー?気持ちいいい?なあ倫周ーさー、、このまましちゃってもいいー?」
「しっ・・・しちゃうって・・・・・・!あの・・・・・・・あっ・・・」
あっ・・・・・あっ・・・・・・・・・
「な、倫ー、、、いいだろ?お前って肌綺麗なのな?すげえ色白、、、たまんねー、、、」
「いっ・・・・・・・・嫌・・・・・一之宮っ・・・・・」
「ココもすげえ綺麗じゃんー?桃色、、、すげえやらしい色だぜ倫周ー、、、お前ホントにオトコ?」
剥がされたシャツの下からクリクリと乳首を弄られて倫周はきゅっと瞳をしかめた。
「やっ・・・・嫌・・・・・・あっ・・・・あっ・・・」
だが瞬時に湧きあがった欲望がゾクリと背筋を撫でるのをとめることも儘ならずに、
倫周に出来る抵抗といえばソファの上で身を固くすることくらいであった。
「ん・・っふ・・・・・・」
「ああーダメだ、勃ってきちまった、、、、ほら倫、、、俺の、、、コイツ、、、触ってみるー?」
もぞもぞと自身の腹の辺りの衣服を解きながら紫月は早口でそんなことを口にしていた。
そしてふいと手を捕られ導かれた先に硬く逸った紫月の男根を握らされて、思わずビクリと腰が浮いた。
「んふふ、、、お前も感じてくれてんのー?
俺も、、、ほら、、、、
こんなんなっちまった。お前見てたらさー、、、すげえ興奮しちまって、、、
コイツも触って欲しいって言ってるぜー?」
分身を握らされたまま紫月の手に押されつけられ固定されてぐりぐりと上下させられたりしていた。
「あは、やべえ、、、汁まで出てきちまって、あはは、、、俺ってヘンタイ?なあ倫ちゃんー?」
紫月はまさに酔っ払いが絡むようにそんなことをベラベラとしゃべりかけていたが、倫周はもう
驚きと焦りで言葉など返せるはずもなかった。
確かに紫月は格好いい。
こんな音楽業界なんかでプロデューサーをしていて、しかも天才ともてはやされていて。
どれだけの若者が彼にプロモートしてもらうのを夢見ているかも知っている。
その上この若さでプロダクションを立ち上げて専務になんかなっていて、それって事実上の
経営者なわけで・・・
背だって高いし、顔立ちは北欧の人形のようだし、とにかくどこからどう見ても憧れの的であることは
充分に分っていたのだけれど、それにしても突然に訪れた想像のし難いような出来事に、
それらすべてのことがすっ飛んでしまった倫周には今自分の置かれている出来事がただただ
驚愕なだけであった。
そして自分よりも体格のいい彼に覆い被られたまま流されるように事は進んでいった。
耳元では逸る吐息が生温かく掠めて止まない、、、
次第に荒く、熱くなる言葉が不本意に欲望を煽り出すのも信じられなくて。
「な、、、倫周知ってるか?オトコとするときってさ、、、ココに挿れるんだぜ?」
「んっ・・・ああー・・・・っ・・・・・あっ・・・・・・やだっ・・・・やぁーーーーっ・・・・・・・一之宮っ・・・」
「バカ、、、紫月って呼べよー、、、そんなつれない呼び方しないでよー倫ちゃんー、、、」
「う・・・・んっ・・・・んっ・・・・・・・・・あっ・・・・・待って・・・・やめ・・てーっ・・・・・・・」
「大丈夫だよー、やさしくすっからさー、、、、ほら、、、お前だってもう濡れてんじゃんかー?
ほら、ココ、、、ぬるぬるー、、、ふはは、、ははは、、、」
「う・・・そっ・・・・・・・嫌っ・・・・嫌ぁーーー・・・・・」
「嫌よ嫌よも好きのうちーってか?可愛いぜー倫ー、、、ホント、、、可愛いっ、可愛くって、、、」
壊しちまいてえーくらいだぜー?
「大切にするぜー倫?
な?だからしようよー? 頼むよー倫ちゃあん、、、俺もう限界みてえ、、、ほら、、、倫、、、
なあ、、、挿れるぜ、、、、、、?」
そんな言葉が甘く耳元を掠めたと同時に腰元あたりに鈍い痺れのような感覚が走って倫周は
大きく瞳を見開いた。
「あっ・・・・・あっ・・・・・嫌・・・・いっ・・・・・・・・・・・」
嫌ーーーーーっ・・・・・・・・・・・!
薄れる記憶の中で突き上げるような痛みが全身を貫くのを感じていた。
そしてその記憶の中には予期しなかった自身の甘い欲望も混じっていて、衝撃の中にも
止め処ない快楽の湧き上がってくるのを全身で感じながら意識は遠くなっていったのである。
それが初めての過ちであった。
流されるように、縋るように、甘く切なくそして熱く酔いに任せて自身を押し包んだ紫月の欲望の根源が、
やがて想像もし得ない数奇な出来事となって降りかかってくるなどとこのときの倫周には、
そして無論紫月にとっても知る由もなかったのである。
この日を境にして紫月と倫周の奇妙な関係は幕を開けることとなる。
夏の早い朝が蒼い闇を連れてくる時分のことだった。
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FIN |
あとがきなり
実はコレ、番外編というよりはプロローグ以前のお話なんです!
このCRIMSONでは紫月と帝斗はお抱えバンドの倫周を夜のたのしみの相手にと呼びつけたり
しているわけですが、今回のお話はその始まりのエピソードでございます。
3人で交わり合うという奇妙な関係は、実は紫月が酔っ払った拍子に倫周に手を出してしまった
というのがきっかけだったわけですが・・・そのときの様子を詳しくご紹介(^^;なんちゃって
前半すごく長くなってしまってえっちまでの道のりがまどろこっしいったらありゃしませんが;
そんなわけで紫月と倫周の初夜過ち編でございました! |
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