蒼の国-残酷な幻影-
その日はまだ早い春にしては暖かな日差しが注いでいた。

花々で色付きはじめた河原に倫周の姿を見つけて安曇はその後を追い掛けた。



「柊っ、、、!」



はあはあと息を切らして駆けて来た安曇を見ると倫周は  ふっとやさしく微笑んだ。

「何だよ、そんなに慌てて。どうかしたのか?」

優しい瞳。 穏やかな、、、

昨日 震えながら宴会場を後にした、そんな面影は今日は少しも見られないようで

安曇はそれだけでもほっと胸を撫で下ろした。

昨日、遼二から聞いたいろいろなことを思い巡らせながら安曇は思い切ったように話し出した。

「ね、ねえ柊・・・柊は俺が嫌い・・・?」

え?

と、一瞬不思議そうな顔をしたけれど。

すぐに微笑むと倫周はやさしい声で言った。



「好きだよ。お前のことは好き。お前見てるとさ、何か昔の自分思い出すんだよな。」

「ホントっ!?」

弾んだような声をあげると頬を紅潮させながら少し俯き加減にして恥ずかしそうに言った。

「ねえ、柊・・・俺さ。その、俺のことが嫌いじゃないならさ・・・俺じゃ駄目・・・?

俺じゃ孫策の代わりになれない・・・?」

もじもじとしながら真っ赤な顔でそう聞いてくる安曇に緩やかに微笑むと倫周は言った。

「何言ってんだよ。変なこと言ってねえでお前はちゃんとした恋をしろよ。

俺なんか相手にしてる暇があったらさ、なっ!」

そう言って微笑む。

まるで相手にされていない気がして安曇は更に頬を真っ赤にするとぎゅっと倫周に抱きついた。



「本気だよ。俺、本気なんだ。本気で柊のこと・・・だから辛いんだったらっ・・・

辛いんだったら俺を・・・だ、抱いて・・・っ・・・・」

真剣な表情でそう言う安曇に目を丸くしながら倫周はしばらくは言葉が出てこなかった。

「あの、な、、安曇、、、お前の気持ちはうれしいけどさ、そんなに心配すんなって。

俺はもう大丈夫だからさ。」

そう言って 又微笑んだ。

そんな様子に安曇はかあーっと頭に血が登ったようになり、思いっきり両の腕をつっぱると

勢いよく倫周を押し倒した。

そんなことだけでも もう頬を真っ赤に染めながら安曇はどうしようもない気持ちを叫んだ。



「好き、、好きなんだ柊、、、俺、お前のことがっ、、、だから、だから、、、」



そう言ってぎゅっと瞳をつぶると思い切って唇を押し当てた。

押し当てるだけの強いキスをして・・・



どのくらいそうしていたのだろう、気がつくと倫周は安曇の下で草原に寝転んだまま、

空を漂うような瞳をしていた。

視線が、、、定まっていない、、、?



「ひ 、柊、、、?」



恐る恐る声を掛けたが。

ぎろり、と倫周の視線が空を切って、安曇を見た。

それはまるで先程の倫周からは想像もつかない程の別人のような瞳で。



「ひいらぎ、、、?」



どきどきと声を掛けたけれど、、、

倫周の瞳が漂って、、、突然に激しい力で安曇を抱き締めた。



「ひっ・・柊っ・・柊っ・・・待って・・・待っ・・・・・!」

「好き、、、好きだよ孫策、、、ああ孫策っ、、、抱いて、キスして、、ねえ、キスしてくれよぉ、、、」



倫周は自分から安曇に唇を寄せると、安曇には経験したこともないような激しい濃厚なくちつ゛けをした。

突然の強い刺激に安曇は硬直してしまい、身体中が固まって金縛りのように動けなくなってしまった。

そんな安曇に倫周は歯がゆいといったように状態を引っくり返すと激しく安曇の身体を求め始まった。

奪うようなキスをして、胸元に手を掛けると力強くその襟元を開いて白い肌を這うように愛撫した。



「やっ、、、やめてっ、、、柊っ、、!やだ、、、嫌だあああっ、、、!」



安曇は怖くなり必死に叫んだが、倫周の耳には何も届かないようで既に意識は遠く自身の世界へ

入り込んでしまっているようだった。



「好き、、、好きだよ孫策っ、、、愛してる、、、あなただけ、、、あなただけ、、、」



錯乱しているのか、、、倫周には安曇が孫策に見えているようだった。

安曇の行動が不安定だった倫周の気持ちを掻き乱し、錯乱させてしまったのだ。

当然の如く経験したこともないような強い刺激に安曇は驚愕のショックを受けて真っ青になった。



「柊っ、柊っ、、、気がついてよっ、、、ねえ、もうやめてよっ、、、!柊、、っ、、、!」


孫策、孫策・・・どうして抱き返してくれないんだ?何でいつものように・・・どうしてっ・・・!?


「抱いてよっ・・孫策っ・・・ねえっ・・・どうして抱き締めてくれないんだっ?何でっ・・・!?」


「嫌、、、やだ、、やだ、、、やめてよっ、、柊っ、、怖いよぉっ、、誰かっ、、、!」





無理だよ・・・お前には無理だ。お前あいつを抱けんのか?





昨日の遼二の言葉が蘇る。

安曇はその言葉の意味をどんなに軽はずみに聞いていたかがわかるようだった。



遼二は今までこんなことをやってきたのか・・・孫策も又・・・紫月も・・・そして帝斗も・・・

俺には・・・出来ないっ・・・こんなこと・・・

柊の相手は俺には出来ない・・・俺には無理だ・・・・・・!



そう自覚して。

けれども目の前の倫周の様子は治まるどころか、抱き返してくれない不安と苛立ちでどうしようも

ない状態になってしまっていた。

ますます錯乱状態は酷くなる一方で。 安曇は自身も錯乱しそうになったとき。



「倫っ、やめろっ、、やめるんだっ!そいつは孫策じゃねえっ、おい、聞こえてるかっ!?」



そう言って安曇に覆いかぶさる倫周の身体を引き上げてくれたのは遼二だった。

「りょ・・・遼二・・・ごめ・・ん・・俺が、俺が何も考えないで余計なことした・・から・・・」

ぐすんぐすんと泣きながらそう言って、だが身体中の震えはそうすぐには止まらなかった。

遼二は安曇を見ると少し眉を顰めながら言った。

「だから言っただろう?こいつの身体はお前らとは違うんだって!馬鹿だな、早くあっち行ってろ。」

そんな短いやりとりの間さえ我慢ができないといったように、倫周の神経は狂気と化していた。

「抱いてっ、、、ねえっ、、抱いてよっ、、、、早くしてっっ、、、、ぁあああああぁ、、っ、、、、、、、」

恐ろしいほどの叫び声をあげて。


ぱっん、と 白い頬に遼二の手のひらが飛んだ・・・・・

驚愕の瞳が向けられて。 それが次第に潤みはじめて。

「どうしてっ!? どうしてよっ!? 嫌いになったのっ? ねえっ、、、、

何で抱いてくれないんだよっ!? どうしてっ、、、、、」

爪を立てて、地面の草を毟り取って、自らの着衣さえも引き剥がして、荒れ狂う。

安曇は目の前のそんな光景が信じられなくて、恐ろしすぎて、もう言葉も出なかった。

遼二は猛り狂った倫周の細い肩をしっかりとつかむと、がくがくと揺すりながらその耳元で囁いた。

「好きだよ、お前だけ。 愛してるよ、俺にはお前だけだから、、、なっ?

ほら、こんなに愛してるよ、、、、」

そう言うと錯乱している倫周の身体を強く抱き締めた。

憂いている瞼を奪うように、乾いている唇を潤すように激しく深くキスをして。

乱れた衣服の下から露になった白い胸元に熱く唇を這わせてくちつ゛けて。 そして、、、

倫周の望むものを与えてやると、、、



「んっ・・うんんっ・・・・孫策、孫策・・・孫策っ・・・」


そう言って悦びと哀しみの涙を流しながら倫周は遼二にしがみ付いて、

そのまま意識を失った。



その様子を木の陰から見ていた安曇はがくがくと膝が崩れて立ち上がることさえ出来なかった。

遼二と目があって、、、



「だから言ったんだ、、もうわかっただろ?倫を愛するってことはこういうことなんだぜ?

わかったら早く行け。」





そう言われて 涙が零れて落ちた、春まだ浅い日の午後だった。