蒼の国-残月- |
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行かな、いで 孔明 ・・・こっち来て抱いて・・・」
お願い・・孔明・・・!
安曇は真っ白になった、目の前が真っ白で。
どんどん冷めていく感情。視点の定まらぬまま・・・
気が付けばもう自分達の幕舎の目の前まで来ていた。
ゆっくりと幕舎の中に入るともう他のメンバーがぼちぼち帰って来ていた。
今宵の出来事を各々報告し合っているようだ。
「何だ?お前、魂の抜けたような顔しやがって。」
遠くにそんな言葉が聞こえる。安曇に気が付いた遼二が声を掛けたが。
誰かが俺に話しかけてる ・・ 誰・・?お前は一体誰だ・・・俺、俺は・・・・
「お!そういえば倫のやつはどうしたんだ?一緒じゃなかったのか?」
「 倫 」
そう言われて先程の生々しい光景が蘇ったのか突然安曇は我を失ったように震えだした。
「お、おい、、どうしたんだよ?何かあったのか?」
そう聞かれたってがちがちと固まっていくだけで返事ひとつ、声にもならない。
あまりの様子に異変に気付いた他のメンバーが集まって来た。
ビルが安曇に近寄って、「何があったんだ?倫周はどうした?」とやさしく声をかけても益々震えは
ひどくなるばかりで状況が見えない。
その様子を見ていた紫月が口を開いた。
「ひどく怯えていますね。これは 何かあったのかも知れないな。」
と言うと、
「ビル、悪いが様子を見てきてくれないか?」
それがいいだろうとビルが支度を始めた。
「確か、藤村君と倫周は諸葛孔明殿のところだったよな?」
じゃあ、ビル頼んだよ、そう言いかけた時、
「行くなよ、、、行ったらだめなんだ、、、見ちゃだめ、、、見ないでくれよおっ、、、!」
ふらふらと真っ青な顔で、やっとの思いでそう言うと安曇は たかが外れたように泣き出しだ。
その様子に全ての状況がつかめた、というように帝斗が叫んだ。
「ビルさん、行って下さい。宜しく頼みましたよ、、、!」
特に倫周とバンドを組んでいたFairyのメンバー達には大体何が起こったかわかったようで皆蒼白となり、
急ぎビルと京の2人が馬を走らせて幕舎を後にした。
とりあえず安曇を落ち着かせようと帝斗と紫月が側へ寄り様子を窺ったとき、
「あれ、皆もう帰ってたんですね?ひょっとして俺が最後かなあ?」
いつもの調子の蘇芳の声がした。安曇は はっとなるとその声の主を探るように瞳を見開いた。
蘇芳?今の蘇芳だよな、、、
・・・・・・・・・・・・・・・・!
そういえばあいつ、何て言ったか、、
「帰ったら蘇芳に言って早めに迎えをよこしてくれ。」
カエッタラ スオウニイッテ、ハヤメニムカエヲ、、、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気をつけて帰るんだぞ、ゆっくり歩いて慌てずに、、、頼んだぞ安曇。
頼んだぞ、安曇、、、そうだ あいつはそう言ったんだ。俺、気が立っててわけが解らなかったけど!
「逃げろ 安曇、、、ちゃんと帰れたか?」
あの時、倫周はそう言いたかったのではないか?孔明が 俺に気付いてしまう前に、俺を逃がそうと、、!
だからあいつは、、あんな状況で、、、
なんで?俺なんかの為に?
まさか、、、!
大体あんな状況であそこにいたのが俺だって解るわけ、無い、、、じゃあやぱっりあれは、、、
あいつの希望通りの言葉だったのか?
抱いて孔明、抱いて、こっち来て抱いて、抱いて、抱いて、、、
ぐるぐると掠れた声が木魂して。
やめて 嫌だ、聞きたくない、嫌だ 嫌、、、もうやめてくれよっ、、、!
安曇は真っ青になり立ち上がろうとしたところで嘔吐した。
「お、おい、、、大丈夫か!?安曇っ!」
「行かなくちゃ、俺 行かなくちゃ いけないんだ、確かめ、、、」
そう、たぶん、柊は俺のせいで、俺を助ける為に、自分が残って犠牲に、、、
そんなわけ無い、あんな状況で誰が側にいたかなんて、解るわけ、無い!でもっ、、、!
安曇は取りとめもなく今宵その目に見たものを叫び出した。話しては嘔吐し、又話しては苦しそうに
胸を押さえながら、全てを吐き出した。
「ね、藤村君。それは多分ね、倫周は君を助けたかったんだよ。君に辛い思いをさせたくなくて、
君に無事に逃げて欲しくて。きっとそうだよ。」
しばらくしてようやく落ち着きを取り戻した安曇に穏やかな口調で紫月は言った。
「君を守ることが出来て彼もきっと幸せなはずだ。」
守るだって!?助けるって、、、?俺、あいつとろくに話もしたことないんだっ、それに、、やっぱりあんな状況で
あいつに俺が確認出来たとは思えないし、、、そんなにして助けてもらう程 俺あいつとは親しくない、、、
そう言いかけた時。
「解るんだよ・・彼にはね、そういう風に育ったのだから。」
そう言うと紫月は静かに話し始めた。
俺の知らない、柊の過去。 柊倫周の子供の頃からの話を。
一之宮さん(紫月)はひとしきり柊の事を話してくれた。
柊が子供の頃、香港に生まれ育ったこと、遼二とは幼なじみで2人の両親が同じ仕事をしていた事。
「ねえ、藤村君、君は聞いたこと無いかな、お掃除やさん、、、
そう、倫周と遼二の両親はそういうお仕事していたんだ。
わかりやすく言うと、そう、なんだろうな? 皆の為に戦っていたんだね。
皆の幸せの為に自分は汚いことにも手を染めなくちゃいけなくてね。 そう、それは恨みとか憎しみとか
綺麗なものも汚いものもすべて背負って、ね。 わかるかい?」
聞いたことがある、そんな人がいるって。でも そんな世界はどこか遠くの、ドラマの中の事としか思ってなかった。
真剣に考えたことも、だって俺の家はホントに普通の家だったから。
優しい両親に、やさしい、家族・・・・
「だからね、倫周は小さい頃からそうやって仕込まれてきたんだ。無論この遼二もね。
だから2人に預けられんたんだと思うよ、玄武と朱雀の剣がね。 君、不思議だったでしょう?
なんでこの2人がこんな大事な剣を受け継ぐのかって。 特に倫周の方が、さ。」
そう言うと一之宮さんはふっと微笑った。
「それでね、倫周のご両親はその仕事の最中に亡くなったんだ。その時彼はまだ
10歳になったばっかりの頃でね。」
一之宮さんは柊の事をいろいろと話してくれた。俺の知らないあいつの事を。
そう、そうだったんだ。 倫周と遼二が。 だから、、、
知らなかった。あいつの事、いつも遠い瞳をして気があるのか無いのか、全てのことに無関心、といったふうで。
だから俺を助けられてよかったと思っている倫周に素直にありがとうって言ってやってくれと言われた。
それが一番、彼にとってうれしい事なんだからと。
俺はこの時、気付かなかったんだ。そう言ってくれた一之宮さんの言葉が只 うれしくて。
こんな人達が側に居てくれればあいつ、いつかきっと救われる日が来るだろうって。
そう思ってしまったんだ。 この時は、だって気付く術も俺には無かったもの。
夜半になってビルと京が倫周を伴って戻って来た。
ビルの腕に抱えられた蒼白い顔。 瞳が閉じられて動かない、、、
安曇はその蒼白い顔を見て又 がくがくと震えだした。恐る恐る側に近寄ると涙がぼたぼたと零れ落ちて。
何を言ったらいいのだろう、言葉が出ない。
「ご、ごめん 柊っ・・・俺 何も・・・」
言葉が繋がらない。
安曇は声をこらえて泣くばかりだった。
側に人の気配を感じたのか、うっすらと倫周は瞳を開けて。
「柊ぃっ!気がついたのかっ!?」
必死の形相で倫周の側へ駆け寄ると安曇はその細い手を取って縋りついた。
「ご、ごめん・・柊・・・俺、俺が・・・」
言葉が詰まってうまく話せない。安曇はやはり只 只 泣くだけであった。
そんな安曇に倫周は軽く微笑むと、まだよく動かない唇から少しずつ声を出して話し掛けた。
「大・・じょぶだって。俺は、慣れて・・・っから・・」
やっとの思いでそれだけ言うとふうーっと深く息をついた。
そう言われても安曇の涙は止まらなくて。どうしても止まらなくて。
謝りたいのに言葉が出ない。
御礼を言いたいのに声が出ない。慣れてるって?大丈夫だって?
訊きたい事は山ほどあるのに、言いたい事は山ほどあるのに、出てくるのは涙だけであった。
「ふ・・ん、、勿体ねえな・・・俺のご馳走だってのによ・・」
ふわりとそんなことを言った遼二の顔色も心なしか蒼白く見えたけれど。
そんな心使いがうれしかったのかふいと微笑むと倫周は言った、
まだよく動かない唇を遼二に差し出すようにしながら
「じゃあほら、ご馳走するよ・・・」
そう言われて少し切なそうに微笑んだ遼二の肩をビルがぽん、と勢いよく叩いて。
「痛っ、、、ひでえなあビルさん、折角これから据え膳食らおうってのに邪魔しないでくれよぉ、、、」
遼二がそう言うと倫周はぷっ、と吹き出した。そんな様子につられて剛や信一はじめ皆がくすくすと
肩を寄せ合って、終いには腹を抱えるようにしながら全員で笑い出した。
「何が可笑しいんですか?皆さん、・・?」
安曇は戸惑ってきょろきょろとまわりを見渡した。
ビルがそんな安曇の肩に手を回して、
「いいのいいの、だからもう気にするなって!」
そう言いながら又 豪快に笑った。
安曇は何が何だかわけがわからなかったが、不思議と何か温かいものを感じていた。
きっとこの人たちには言葉にしなくても分かり合える、そんな何かが通じているんだろうな。
ふと、そんな風に思えたのである。
今は自分には伝わってこないけど、恐らくずっと前から皆お互いのことを解り合ってて。
いつか・・・・
そう いつか、この仲間達とこれから過ごしていく永い時間の中で自分にも伝わったらいいな。
そんな風に思うと安曇は不思議と心が暖かくなっていくように感じられた。
いつしか涙は止まって、やさしい気持ちになって、
そして安曇の顔から柔らかな笑みがこぼれた。
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