蒼の国-懺悔-
俺はあの頃、そう まだこいつらをデビューさせる前、だ。

お前を想ってた。帝斗・・・

おそらくはお前も・・・そうだろう?

俺たちはいつも一緒で、プロダクションを立ち上げる時も、大変な時もうれしい時も

いつも2人でやってきた。俺はお前を信頼していたし、誇りにも思っていた。

でもいつしかそんな思いは愛情に代わってしまって・・・きっと、お前もそうだったろう?

俺とお前と、お互い口には出さなかったけれど、俺たちは愛し合ってた・・・

少なくとも俺はそう思ってた・・・けど・・

倫達をデビューさせる少し前くらいから、お前の様子が変わってきて・・・

お前は倫を見つめるようになってた・・・仕方のないことだったんだ、誰にでもあることだ。

むしろ自然だったのかも知れない。お前の心変わり・・・





紫月がそこまで言うと帝斗は小さく肩を竦めた。

瞳を閉じたまま。 恐らくはそういった事があってから初めてこ2人の間で口にされる、

まるで隠されていたもの全てが明らかになるような。安曇はそんな気がしてならなかった。

何故この2人が倫周をあんな目にあわせていたのか、知りたかった事が今、明らかに

なるような気がして、鼓動が早くなっていくのがわかった。





許せなかったんだ・・・ずっと2人でここまできたのに・・・2人で積み重ねてきたものを簡単に

お前が捨ててしまうようで。多分、俺の思いの方が強かったのだろう。お前が倫にどんどん

惹かれていくのが手に取るように解った。

許せなかった・・!俺は・・帝斗の事も・・・!

そして、それ以上に倫のことが・・・!俺からお前を奪った倫が許せなくて、憎くて・・・!

お前といる時に見せる倫の幸せそうな笑顔が、憎くて・・・壊してやりたいと思った・・・

二度とそんな幸せな顔で笑えぬよう、こいつの笑顔が苦渋に滲むのを見たくなって・・・

俺は倫を・・・

何も知らないこの若い身体を穢してやることで倫の笑顔を奪ったんだ・・・

倫を穢しながら、俺は何度も何度も、繰り返して教え込んだ・・・帝斗は俺のものなんだって。

帝斗と俺は愛し合ってて、それをお前が壊したんだと。

だから、これは、その報いだと!

倫の身体が俺無しでは耐えられなくなる位、来る日も、来る日も、俺は倫を抱いて。

倫の中に俺の記憶を刻み込んだ。そして、俺は待っていたんだ、

ずっと・・・

帝斗が俺を訪ねて来るのを!

倫にそんな仕打ちをしている俺の所へ帝斗が抗議に来るのを!

きっと怒って怒鳴り込んで来るだろうって思っていた。

そうしたら言ってやるつもりだったんだ、俺の気持ち、お前に去られた俺の気持ちを!

でもお前は来なかった。それどころか倫から手を引いた。

俺に倫を差し出して、無言のまま倫との関係を絶ったお前の行動はそう語ってたよ・・・

俺に倫を差し出せばこれ以上俺が倫を責める事もなくなるだろうって。

俺の怒りも治まるだろうって。無言で、お前がそう望んでいるのが解った。

けど、実際はそんなお前の行為は俺を逆上させた・・

それほどまでして倫が大切かって。身を引いてまで、そうまでして倫を守ろうとした帝斗が

許せなくて!!



俺は心がどうにかなっちまいそうだった。

辛くて、苦しくて、

もしかしたら帝斗を殺してしまうんじゃないか、

何をしでかすか解らない自分の激情が恐ろしくて。

倫を憎むことで、

倫を今以上に不幸に突き落とすことで、自分を救おうとしたんだ・・

自分の中ですごく冷徹な感情が芽生えていくのが解った。

来る日も来る日も倫の身体を奪い、その精神が病んでいくのが楽しくて、

心の中で誰かが笑う声が聴こえて。

もっと苦しめばいい、もっと、っもっと、

二度と這い上がれないように。

二度と立ち上がれないようにと。

そして俺はある時、この上ない復讐の方法を思いついたんだ。

倫を葬る、最高の・・・





倫の身体が俺を求めずにはいられなくなった頃、だ。

俺は倫をしばらく突き放したんだ。こいつが俺を求めてきても、欲しいものを与えてやらなかった。

冷たくもしなかった。

逆にやさしい言葉をかけてやって。でも倫の一番望むものを与えなかったんだ。

一番の望み・・・

そう、抱いてやること・・・

それに毒された倫の身体は当然、俺の代わりを求めて彷徨い出した。

担当のディレクターだの若いバイトだのと相手かまわず、それを与えてくれる者なら

何でもいい、といった感じで。

その時 だ。俺の気持ちがすうーっと楽になっていって、

もうこれでこいつは御仕舞いだ、って思えた。

心の中で又誰かが笑う声がして。

帝斗と倫に最高の復讐を、俺はしたんだと。

いつしかあんなに愛していた帝斗の顔が苦しんでいるのを見るのも楽しくなってきて。

俺自身が狂っていたんだ、な。しばらくしたらそんな自分がものすごく嫌になって、

又苦しみが襲ってくるようになって・・・自業自得、だったんだな・・・もう薬の力を借りなきゃ

自分が保てなくなっていて。

そんな時、あの飛行機事故があった。

蒼国でこの話があった時、これで何かが変われるかも知れないと思って、俺は何かに

縋りつきたい気持ちでこの依頼を受けたんだ。

でも、こっちに来ても俺の安住の場所は無くて。

いつでも不安がつきまとう、いつでも恐怖に支配されているようで。

それで俺は又、倫を・・・

倫を抱くことでそんな不安から逃げようと、した・・!!

無意識のうちに俺は倫に救いを求めていたんだ。

皮肉だった、倫を壊したのは俺なのに、何よりこいつの不幸を望んできたのは俺自身なのに。

そんな倫に救いを求めるなんて・・・!!

信じたくなくて、こんなのは俺じゃない、全てを倫のせいにして、

俺は倫を酷い目にあわせて・・・



なのに、それなのに・・・!



さっき倫は俺に助けを求めて来たんだ・・・!!

こんな酷い目にあって、さぞ辛かったのだろう、

誰かに救いを求めて、そんな先がこいつには俺しか残っていなかったなんて・・・!!

俺にくちづけをして、俺に自分の身体を差し出して、だから助けてくれと・・・!

こんな時でさえ自分の身体を引き換えにするような真似させて・・・

自分を一番酷い目に合わせたこの俺が、こいつの最後の救いだなんて・・





許してくれ帝斗・・・!!俺、こん、な、俺・・・お前を苦しめて、倫をこんなにしちまって・・・

お、れ・・が!全て 俺のせいだ!!!



紫月の瞳から止め処ない程に涙があふれる。

膝をついて頭を床にこすり付けるようにしながら声をあげて泣いた。



こんな紫月を見るなんて・・・・・・・・!!

安曇はまだ目の前の出来事が信じられないでいた。

帝斗はそっと紫月に近付くと。

腰を、かがめる。

紫月の肩に手をまわして・・・・・



口元が 動いた・・・・・・・・・!



「悪いのは、僕です。僕があなたを裏切って、、あなたをこんなに追い詰めてしまった、、、!

倫周のことも、もっと僕がはっきりした態度をとっていれば、、、。

あなたも倫周も僕が、追い詰めてしまった、、、!悪いのは、僕です。」



帝斗の瞳からも涙がこぼれて落ちた。

ごめん、帝斗!!

ごめんなさい、紫月さん。

もっと早くにお互いが向き合うことが出来たなら・・・



「安曇さん、あなたの お陰かもしれません。あの時、あなたがきっかけを 作ってくれた、、、

ありがとう、、、」



ひと言、帝斗が涙にくぐもった声で言った。

その声に重なり合うようにもう一つの声が聴こえて。



公、瑾・・・・



「いかな・・い、で・・・公、瑾・・・置・・いて、か・・な・・いで・・・」

掠れた声で、涙に溢れた声で。





・・・・・・・・・・!!?





倫周?



3人は顔を見合わせた。

一体、何があったというのだ?

何が?こいつは周都督と幸せにやっているんじゃなかったのか?

実際、今のうわ言だって。

             

行かないで公瑾、置いていかないで!!



「少し、調べる必要がありますね。」

「ああ、そうだな。」

2人の顔はもうすでに蒼国に来る以前の敏腕プロデューサーと一流プロダクションの

社長の顔に戻っていた。

安曇はしばらくあっけにとられていたが、これでこの2人も何かが吹っ切れたんだと思うと少し

うれしくなったような気がした。

初めて自分がこの2人に会った頃のイメージ通り、ああ、やっぱり悪い人なんていないなあ、

等と思ったのである。 ただ、やはり目の前の倫周のことは心配だった。

だがこれからは、この2人がきっと倫周を守ってくれる、

安曇の胸にはそんな確信があった。