蒼の国-虚偽の部屋-
昼過ぎになって倫周は蒼国の幕舎で意識を取り戻した。

まだ顔色は蒼白く決して具合は良さそうではなかったが、昨夜一晩空けたこともあり

周瑜が心配しているといけないと思い、とにかく自分の室へ戻ろうと思ったのだった。

帝斗や紫月は心配したが倫周がどうしても帰るというので仕方なく見送る事になった。

自分は落馬をした事にしてくれと帝斗らに頼み込む倫周の姿が哀れで、

帝斗はいてもたってもいられず、今回の事のいきさつについて調べ始めることにした。

紫月は倫周に寄り添い歩きながら幕舎裏の林道の端まで送って行き、

別れ際にまだ蒼白い顔を見つめると 褐色の大きな瞳を少し細めた。

少し辛そうに繭を顰める。



「倫・・・」



ひと言だけ、そう呼んで目の前の細い身体を抱き締めた。

「紫・・月・・・・?」

ああ、倫・・・このままお前を離したくない・・・・っ・・・俺は、俺はっ・・・・

あんな目に遭って尚、お前は周瑜殿のところへ戻りたいというのか?

それ程までに周瑜はお前の心を捉えて放さないのか?

此処に来て孫策に愛されて、そして今 又お前は周瑜の元へ走ろうとする。

何がそんなにお前を駆り立てるというんだ・・

遙か1800年もの時空を越えて尚、お前をつかんで放さないもの、それは一体何だというのだ?



「愛してるよっ、、、倫、、、、」



紫月はぎゅうっと倫周を抱き締めると、心から愛しむように細い茶色の髪にくちづけをした。

何か・・・

「何か困ったことがあったらすぐに言って来い、、、」

そう言うと痛いくらいきつく抱き締めていた力を緩めて、倫周を見つめた。

「紫月・・・・紫月、ありがと・・・」

紫月はその姿が小さくなって見えなくなるまでずっと、ずっと見送っていた。





倫周が自室に戻った時はもう夕方近くになっていた。

昨夜はここにいなかったのでもしも周瑜が訪ねて来ていたらどうしようかと、

そんな事を考えながら重たい気持ちを引きずって帰って来たのだった。



柵を開けて中に入ると小さな庭先に昨日の暴行の後がそのままに残っていた。

破れた衣服の切れ端や、土のえぐられた後などが生々しく残っていて倫周は 

とっさに自分の両肩をつかんだ。

自室の入り口に昨日の朝、執務に出る前に置いた周瑜の書物が綺麗に積み重なったまま

触った様子のないことから昨夜は訪問者のなかったことを悟った。

ああ、よかった。周瑜は昨夜はここを訪れなかったのだ。

とりあえず見つからずに済んだことに安堵した。

倫周は一旦庭先に戻ると重い気持ちでそれらを方付け始めた、そのとき。

突然後ろから何かに殴られたような鈍い衝撃を受けて一瞬気が遠くなった。

ほんの少しの間、倫周は意識を失いかけたようで微かに体を引きずられるような感覚に

はっと意識を取り戻した。

話し声が聞こえる?目の前がぼんやりとして、、、



気付くと自分の室の中にいた。

周りには人の気配、、、!!

倫周は慌てて顔を上げた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「よお、気が付いたか?手荒な真似して済まねえがあんたにはこれぐらいしとかないと、、

なっ? 悪く思うなよ、兄ちゃん。」

そう言ったのは、、、!

昨日の男だ!確かに昨日の連中の中に見た、、、、、

倫周は瞬間身体中が強張った、がこの男の他に今日はあと見たことの無い顔が2人いた。

「何、今日はあんたに話があって来たのよ、乱暴な事はしねえさ。

只、あんたはものすごい腕が達つって、ね。

だからこれくらい警戒しないってぇとこっちが危ないもんでね。悪いな。」

そう言うとじろりと倫周の顔を見つめた。

気付くと倫周は後ろ手に縄をかけられていて連れの2人の男に押さえ込むように抱えられていた。



「一体何の用だ!?」

わざと不機嫌な様子で威嚇するように怒鳴ったが。

男はにたにたと薄ら笑いを浮かべながら舌足らずに話し出した。

「実はさあ、あんたのとこの周都督様の事なんだがね、まずい噂があってねえ。

何でも野郎を連れ込んでるらしいってさあ。あんたのことなんだろう?

だけど困った事に結構な噂になってきちまってたらしいんだ。

それで俺達がそんなのはでっち上げだって言って回ってさあ、

有難い事に何とここの殿様の孫権様が直々にお口添え下さって、

とりあえず事は丸く収まったんだけどね、いつ又変な噂が立つかわかったもんじゃねえってさ、

孫権様も気になさってねえ。

だがまあ、一応俺達のお陰で周都督は変な噂が立たずに済んだんだ。

もちろん孫権様のお口添えの力は偉大だったってわけでさぁ。

ま、何ならこれからもあんたたちに協力してやってもいいんだけどさぁ。

無料てわけにはね?

いかないさねえ。で、どうだ?黙っててやる代わりにあんたからも御礼を出してもらわなきゃと思ってね。

その相談に来たんだよ。 

どうだ? 兄ちゃん、悪い話じゃねえだろう?あんた次第でどうにでもなるんだぜ?」

男はそう言うとちらりと倫周の方を見た。

「御礼だって?どういうことだ。」

苦い顔で尋ねると男は倫周に近付いてきてにやりと笑った。

すっ、と倫周の胸元に手が伸ばされて男はそこを指差して とんとんと叩くとこう言った。

「この身体。あんたの身体で払ってもらおうってね。」

そう言うと下品な笑い声を出した。

「ふざけるなっ!冗談じゃねえ!誰がお前なんかにっ・・・」

倫周はぷいと横を向くと

「どうしてもって言うんなら、他に方法があるだろう。金でも何でも好きなだけ持って行け!」

そう怒鳴った。

男は更に下卑た笑いをすると倫周の胸倉をつかんでこう言った。

「へへへ、、あいにく金は五万とあるんでねえ。孫権様にいただいてなぁ。

逆にお前を抱いてきたらもっと出して下さるそうよ。

あんたも不運だなあ、一体何やらかしたんだか知らねえがそこまであのお方を怒らせるとはねぇ、

いただけないなあ。

それに、周都督だってよ、孫権様の一存でどうにでもなるんだぜ。いいのか?

もう都督なんて立場に居られなくなるのなんかすぐだぜ?

あんたの返事次第でな。」

そう言うか ないうちにぐっと力を込めると倫周の衣の襟を開きながら

「もう観念しなって。昨日みてえな乱暴はしねえからよ、なっ。」

男はまるでそれが仕事だ、とでも言わんばかりに平然と衣を解きながら べらべらとしゃべり続けた。

そして倫周の帯に手を掛けると それをぐいと解いた。

なっ・・・・・・・!?

帯が解かれて衣がばさりとずれる。倫周はこの短い間の出来事に頭の中がぐるぐると回っていた。



なぜ孫権様はそこまで俺を憎むのだ?どうして、こんな、こんな男達を俺に・・・・・・・・・・・? 

一体・・・・・・・・・・

考えても答えは浮かばない。



倫周は気が変になりそうだった。何故自分がそこまで孫権に憎まれるのかもわからない上、

周瑜の立場にまで手を出そうとする、何故こんな仕打ちをするのか?

そんな事を考えながら昨夜からの体調の悪さもあって、既に意識が遠くなりかけたとき。

ずるずると男達に引きずられて倫周は寝台に投げ込まれた。

男は倫周の顔を押さえつけると無理矢理 酒瓶を口の中に押し込んだ。

「ほら、これを飲め!少しは気が紛れるぜ。俺たちだって好きでこんな事やってるわけじゃねえしな、

ま、嫌いってわけでもねえが?少しは楽にしてやりてえと思ってんのよ。だからほら、飲め!」

親指で喉元をぐいと押さえつけられて、酒を流し込まれて、あまりの苦しさに倫周は咳き込むと、

飲み切れなくなった酒を吐き出した。

「お、おい!そんなに飲ませたら死んじまうって!その酒ものすごく強いんだぜ!」

もう1人の男がそんなことを言っているのが微かに頭上に聞こえたようで、、、

倫周は既に頭がくらくらとし出していた。

男たちに支えられ、寝台に座らされて髪の毛をつかまれて。



ああ、喉が熱い、頭がだるい、誰か、ああ誰か・・・・

公瑾・・助けて、くれ・・・



ぐいっ、と男が倫周の脚を持ち上げた。その脚を開かれて、、、!!

「なっ、何するんだ!やめろっ、、やめろって・・・!」

とっさに叫んだが男はにやりと笑って。

その顔がとてつもない悪寒を感じさせる。 男の顔がゆっくりと倫周に近付いて、、、




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!




「やっ・・・やだっ・・やだ、やめろってば・・!やめっ・・・やああああぁっ・・・・・・!」

がっしりと押さえつけられて動かない身体を 必死に捩って倫周は叫んだ。

叫んでも、叫んでも、助けてくれない、、誰も、助けてなんかくれない、、、

次第に身体が熱くなって、酒のせいで頭は働かなくなる、なのに身体は敏感になる、

追い詰められて、辱められて、高められて、、、



ああ、こんなことって、どうして俺は、どうしていつも、こんなふうにしか、

こんな運命なのか?

こんなこといやだ、こんなことされたくない、もういやだ・・・

誰か助けて、誰でもいいから助けて・・・っ・・



意識が遠くなる、もう何も考えられなくなる。

もう何も考えたくない、もう、終わりにしたい、何もかも・・・



がっくりと倫周の身体から力が抜けて。 

意識はもう無かった。