蒼の国-追想(遼二の記憶から)- |
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倫と俺は香港で生まれて香港で育った。知っての通り俺達の親は仕事が仕事だったから、
いつも忙しくて俺と倫はいつも一緒で、兄弟のように育ったんだ。
2人とも男だったから 親父たちは結構厳しくて、その将来を考えてか小さい頃から
剣術だの射撃だの仕込まれて。俺達にとっちゃあ面倒くさい習い事のようにしか思ってなくて。
特にあいつはそうだったな、倫の奴はどっちかっていうと読書とかの方が好きでよ、
よく親父に隠れて本読んだりしてたな。そうしちゃあ 親父に見つかって怒られてよ、
男はそんなんじゃ大切なものを守れねえぞって こっぴどく叱られて
よく泣いてたな、あいつ。
一こ年下で要領のいい俺と違っていつも怒られるのはあいつの役目で。
ある日 2人で親父達に見つからない、秘密の場所を見つけようって事になって
俺も倫もわくわくしながら出掛けたんだ。 冒険みたいな感じでよ。
町外れに見つけた古びた建物。
俺と倫はどきどきしながらその中に入っていった。
薄暗がりのその建物を興味と恐怖、半々に進んで行った。
迷路のような建物の中を夢中になって探索した。夢中で、とても楽しくて怖くて、
夢中になり過ぎて、、、
どれ位経ったのだろう、気がついた時にはもう夕闇が迫っていたらしく
当りは真っ暗になっていた。
得体の知れない 忍び寄る影、俺達は囲まれていた!
浮浪者のような身なりの男、ぎょろっとした目、やせこけた体格、
そんな奴らが何人も、俺達を取り囲んでいて。 俺と倫は恐怖に震えた。
逃げ出そうにも足が動かない、がたがた震えを増すあいつの手を引っ張って
俺は無我夢中で走り出した。
追いかけてくる数人の足音。叫び声、怒鳴り声。目の前には真っ暗な迷路が広がり
どこをどう走っているかも解らなかった。 走っているかどうかさえ解らなくて。
助けを呼んだ、叫んだ俺の泣き声と男達の怒鳴り声とが建物の中に木魂して。
倫が転んだのか、俺の手から離れて 俺は立ち止まった。
振り返ると男達の手が倫を捕まえようとそこまで迫っていて、
俺はとっさに倫をかばうように覆いかぶさったけど、だめだった。
結局2人で捕まってしまい、俺達はどこかへ連れて行かれた。多分あれも
建物の中だったんだろう。あっという間に 数人の男達が俺達を囲んで。
汚い身なりの、痩せた体、骸骨のような目、
殺される!
俺はそう思った。
倫はがたがた震えていて声も出ない様子で、俺だって怖くて、その恐怖を打ち消すのがやっとで。
本能、だったのだろう、今意識を手放してはだめだと思った。恐怖に打ち勝って
生きて倫とここを出るのだと!
ふっと親父のことが頭に浮かんできて、
幼い頃から体感していたこの感覚、
いつも何かに追われ 何かを追いかけ、安心した時の無い、
そんな存在をいつも側に感じていたこと。
あれは親父だったのか?
目の前に迫る影。
鈍く光る男の手に握られた物、気が付くとそれは俺の手の中に握られていて。
つんざく様な男の声がして。
当りは静けさを取り戻していた。
何が起こったんだ?
又震えが襲ってきて、足元を見下ろすと、俺の側で小さく震える倫が見えて。
ああ、助かったのかって、ほっとしたんだ。 倫の影に隠れていたあれを見るまでは。
倫を起こそうとあいつをかかえた、今のうちに逃げようって。座っていたあいつを抱き上げて、
俺はぞっとした。
床いっぱいに紅いどろどろとしたもの、おびただしい量の血痕と、痩せた男の動かない体。
俺は瞬時に意識が飛んだ。目の前が掠れて何も見えなくなって、体中の血液がみんな
抜けていくようで。
・・・・・・・・・・・・・・?
俺が、殺した・・・? 俺がこの男を・・・・?
あれは俺と倫の秘密だった。誰にも言わない。親父にも誰にも。俺と遼二の
二人だけの秘密にしようって潤んだ目で必死で泣くのをこらえながらあいつはそう言った。
とにかく今はここから逃げようって事で俺達は出口を探したんだが、真っ暗な上に
どこに行っても同じような通路ばっかりで一向に出られやしない。
そのうち2人共くたびれてきて、もう限界だった。
こんな事してたら又誰かに見つかって今度こそ本当に死んじまうかもしれねえと思った。
だけどそんな事も考えられない位俺達は疲れ切ってて。その時だ、
遠くで親父の声が聞こえたような気がして
俺は叫んだ。必死に親父を呼んで。
聞こえてくるのは間違いなく親父の声だった。夜になっても帰らない俺達を探しに来たんだ、
俺の親父と倫の親父とで。
ああこれで助かったって、俺は体中の力が抜けた。
これで生きて帰れるってほっとして。親父の顔が見えた時はもう他に何も考えられなくて。
只 必死に親父に縋りついてた。
すぐ後から倫の親父もやって来て。 4人で帰れるはずだったんだ。
でも、、、でもそれは叶わなかった。
出口に向かう通路に男達が待ち伏せしていて、
さっきの奴らか違う奴らかわからなかったけど、さっきより人数が増えていて、、、!
道を塞がれて。
俺達が入った所は九龍城だったんだ。香港警察だってうかつに近寄れねえ、そんなとこに
迷い込んじまった、、、倫と俺とで、好奇心だけでふらふらと、、、!
俺達の親父はある意味プロだったが、子供2人抱えてあんなとこ抜けるのは簡単じゃなかった。
その後どうなったかなんて覚えてねえ。怖いって感情すら残ってねえし。
只親父に抱えられて必死でしがみついて。
気が付いたら親父の背中が見えた。 あれだけははっきり覚えてる。
親父が背中を震わせて、その腕の中に倫の親父を抱えてた。
倫を守り抜いて、倫の親父は亡くなったんだ。
あいつを懐に抱えたまま血だらけになって、、、
倫は自分を抱えて死んだ父親を目の当たりに見たんだ。自分のせいで死んでく父親を。
俺達がこんな所に来さえしなきゃこんな事は起こらなかったんだ。
あいつは自分のせいで父親を死なせた、その事が許せなかっただろう。
それからだったよ、倫が、人が変わったようになって。あんなに嫌がっていた剣の稽古や射撃に
狂ったように打ち込んで。あいつの目はどんどん冷たくなって、感情が見えなくなって、
うれしいんだか悲しいんだかわからなくて。倫が笑わなくなって。そんな中、倫の母親が亡くなって。
6年もした頃。
俺の親父の仕事で日本に行く事になったんだ。
俺と倫の故郷、日本。
俺も倫も日本人の血が流れていてもまだ見た事のない、故郷。
何かが変わればいいって思ったんだ。倫にとっちゃ辛い思い出のあるこの香港から抜け出して
新しい世界へ行けばいい風に変われるんじゃないかって、俺も親父もそう思って、
倫も一緒に日本へ連れて行く事にしたんだ。俺達はもう家族なんだからって。
高校に転入して、香港のことは忘れて、普通の学生になって、
普通の日々を過ごしていけたらいいって、思っていた。俺と倫はこれからもずっと友達で
そこらのクラスメートみてえにくだらない事ではしゃいで、喧嘩でもして。
倫にそんなふうな普通の生活を取り戻してやりたくて俺はあいつにバンド組まないか?って
勧めたんだ。当時興味があっていじってたギターを出して。どうせ又くだらねえ、なんて冷めた顔で
言われるんだろうな、なんて思ったけど、でも何かせずにはいられなくて。
そしたら意外とあいつ興味を示して。あれ以来こいつがこんな顔すんの初めてで、俺はうれしくなって
倫に聞いたんだ、お前何やりたい?ってよ。そしたらあいつ、ドラム叩きたいっていうから、俺はあん時
すげえうれしくってよ、又昔のように2人で楽しく何かできるって思って。
校内の噂になってすげえ人気がでて、倫がようやく笑うようになって。
最もあいつは俺と違って女とか人気とかどうでもよかったみてえで、只ドラム叩いてる時はすんげえ、
うれしそうでよ、これで変われるって思ったんだ。 あのライブハウスでの事がなきゃあ、、、な。
あのライブハウスでの事がなかったら・・・
ある小さなライブハウスで客同士の喧嘩が起こって、それを止めに入った俺達の仲間が
その喧嘩に巻き込まれたんだ。
出演者だった俺達の仲間は客同士が喧嘩してるのを見て責任を感じたんだろう、
止めに入った途端に殴られて、終いにゃ喧嘩し合ってた客同士が見方みたいになって
俺らの仲間が集中攻撃を食らって寄ってたかって死ぬ程殴られて。
勿論俺も倫も止めに入ったけど、、、
倫は思い出しちまったんだ、忘れていたその感触。体がとっさに反応する、
瞬く間にあいつの目に鋭さが増して。
俊敏に反応するその体、
香港で狂気のように叩き込んだ武術に、操られるようにあいつは見事に。
心が忘れていても体が覚えていたその感覚が見事に倫をあの頃へ戻しちまいやがった。
冷たい目をして。
ぞっとするような迫力でよ、そいつら泡吹いて逃げて行った。
そんな事があってもドラム叩くのだけは止めなかった倫に俺はほっとしたんだ。
ドラム叩いてる時のあいつの顔は穏やかで幸せそうに見えて、、、俺は結構迷ってたけど
ビルさんの話を受けることにしたんだ。
ライブハウスでの俺達の演奏を見てスカウトしてくれてたビルさんからの誘い。
芸能界なんてと思ったけど
ミュージシャンになって、ずっとドラムできて、倫がずっとあんな顔してられんなら、
そういう道も悪くないんじゃねえかって思えてよ。
それで出会ったんだ、、、ビルさんに連れて行かれた先で。
あの2人に。
大手プロダクションのすごく立派な建物の、社長室に通されて。
扉の向こうから出てきたのは端正な顔をした紳士。
洒落たスーツに身を包んでしなやかな手つきでお茶を勧められて、にっこり微笑まれた。
自分が社長でこちらが専務兼プロデューサーで君達の面倒をみてくれる人だと紹介されて。
すげえかっこ良くて。それが俺達の出会いだった。
粟津帝斗と一之宮紫月。
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