蒼の国-哀(遼二の告白)-
あれは俺達のプロデビューが決まって少し経った頃だった、

その頃の倫は毎日がすごく楽しそうで。

日増しに明るくなっていく声、時には弾んだような声出して、何がそんなにうれしいのか?

こいつ、そんなにドラムが好きなのかよ? ま、楽しそうな倫を見ているのはそれはそれで

俺もうれしかったし、

でもあいつがうれしかったのはドラムだけじゃなかったようで。

やれ今日は粟津と食事に行くだの、新しいスティックを買って貰っただのと、はしゃいで。

こいつ、もしかして粟津に惚れちまったのか? なんて思う程で。

それが現実だったて知ったのはそれからしばらくした頃だった。

真っ暗なあいつの部屋で、倫が1人でうずくまってた。

俺が声を掛けるととっさに俺の腕の中に飛び込んで来て。

泣き始まったんだ。

俺は急な事でわけが解らなくて、どうしたよって尋ねたけれど、

倫から返ってきた答えがあまりにも意外で俺はとっさに反応できなかった。



「抱いて。」



抱いて、遼二・・・

お前は俺が嫌い?

潤んだ目でそんなこと言われたら、、、!俺は首を横に振った。

なら・・・!

抱いてよ。

倫が激しく俺を求めて、訳がわからないまま、息があがる。

10代の若い俺の体は迷いなく倫の細い体を抱きしめていた。

本能、っちゃそういうもんだよな。

けど、いくら俺でも倫がいきなりこんなこと言い出してこんな、ことになっちまって、

わけが解らなかった。

体は見事に波にさらわれながら心が遠くのほうで疑問を投げかけていた。

なんでこんなことになったんだ

倫と俺が?

いくら仲がいいったって、そりゃあ倫と俺には人に言えない2人だけの秘密があるけど、

でも今までこんなこと無かったし、急に、一体どうしたってんだ、倫の奴?

瞬時に増加していく快楽の中で俺はあることに気が付いた。

すでに遠くにいってしまっている微かな記憶の中で。

倫の奴、こんなこと、いつ覚えたんだ?

幼い頃からずっと一緒で、そういう方面にも興味の早かった俺と違って、こいつがこんなこと?



倫の身体はそれに慣れているかのようで、俺は思考できない位登りつめていて。

気が付いたら夢中になっていて。あいつの身体が壊れる位、

もう、どうにでもなれ・・! 倫が何でこんなことに慣れてんだ?

とか、もうそんなこと、考えることもできない位、俺もあいつもその波に呑まれていって。

どうかなっちまうんじゃないか?俺達は一体?

そんなこと、今はどうでもいい・・・! 今は、、、



己が解き放たれるその瞬間に。 俺は現実に引き戻された。

あいつの口から漏れたそのひとことで、、、!

「帝斗っ・・・ああ帝斗っ・・・・」



あいつは粟津を愛してた。

考えてみりゃそんなに不思議なことじゃなかったよな。粟津と食事に行くって言う嬉しそうな表情。

粟津にだけ見せる恥ずかしそうな仕草。あいつは親を早く亡くしてるから、歳の離れた粟津に

甘えたいんだなあって、別に不自然に思っていなかったんだ。でも現実は違ってて、、、

あいつは粟津が好きだったんだ。只の淡い恋心なんてものじゃなく、多分、粟津の方も。

それであんなに慣れてたのかって後から思った。

そのままだったら、そのまま倫と粟津の楽しい日々が続けばあんな事は起こらなかったろうけどな、、、

多分。 粟津は倫を捨てたんだ。

捨てたって、言い方が正しいかどうかわからねえけど、

倫が塞ぎ込むようになって、又、笑わなくなって。 粟津は倫を無視するわけじゃなく、けど

やさしくするわけじゃなく、

普通になったんだ。

俺達に対すると変わらない扱いに。

倫は恐らくその理由が知らされてなかったんだろう、不安でいっぱいになって、それで俺に。

俺にあんなことを言ってきやがった。

俺は思ったよ、粟津の奴も別れるんなら別れるで理由くらい言ってやってもいいんじゃねえかって。

嫌いになったとか、やっぱ女の方がいいとかよ。何んも言わねえで別れるから

こんなことになって、ってよ。 大人気ねえ奴とか思ったが。

でもそれだけじゃなかったんだ。あろうことか倫は一之宮ともできていて、、、

それは俺も後から知ったんだが。あの3人の関係がどうなってたのか本当のところは

俺にもよくわからねえが、、、

俺とそんなことになった頃をきっかけに、倫の奴がすごい遊びはじめて、、、

あっちの局のディレクターだのバイトの奴だの、所かまわず。

こんなこと続けてたら変な噂が立つし、何よりあいつの体がいかれちまうって、思って。

俺はビルさんに相談して、倫を見張り、俺が倫を受け止めようってことにしたんだ。



そこまで黙って聴いていた安曇の顔が真っ赤になった。

「受け止めるって、、、? お前一体、、、」

安曇が叫ぼうとしたが、強色の声で遼二が続けた。

「ああ、そうだよ。あいつを抱くってことだ。」



終始、倫を追いかけてあいつが変なヤロウと遊ばないように、いつも俺とビルさんとで

気を張ってた。

最初は「俺の勝手だ!」なんて言ってた倫もそのうち諦めたのか、あいつの方から

ちゃんとするようになって、俺以外の奴とは遊ばなくなった。倫もわりと落ち着いて

そんな日常に慣れて来て、俺もこんなこといつまで続けらんのかって思っていたが。

そんな頃だよ、あの飛行機事故があって、俺達はあんた達と出会った。



「それでこの世界へ来てよ・・・」

そう遼二が言いかけた時、

信一がふっと口をはさんだ。



「そして孫策に巡りあったんだ・・・・」



そう、俺には倫の体を受け止めてやることはできても心は満たしてやれなかった。

俺と倫の間にある物は”友情”であって”愛情”じゃなかったんだ。あいつもそれを解っていて。

そんな自分を心から理解し、愛してくれる人間なんているわけねえって思ってたんだろう、

こっちに来てしばらく離れてる日が続いてたし又、あいつがどうかなってなきゃいいって

俺も心配あったけどよ、、、



「でも孫策は愛したんだ。そんな倫周の、心も身体も全てを、ね。」



「ああ、そうだな。これであいつも救われた、こんどこそって思ったが。孫策は人間だ、俺達とは違う。

いつかは死んじまうが、でもそれがあまりにも早すぎた、な。せめてもう少し一緒に過ごせたら

倫も変われたんじゃないかって思ってな。ま、こればっかりはどうしようもねえな、、、」

遼二の目線が遠くを漂うように向けられて。 たまらずに安曇が切り出した。



「それじゃあ、可哀そうじゃないかっ!いつまでたっても救われない、小さい頃から安堵の場所が無い!

愛してくれる者も無く、心が休まる時も無く、いつもひとりで耐えてっ・・・

それだけだって辛いのにあんなっ・・・!

あの2人にはあんなこと されて・・・!

もういやだっ、誰も救ってやらないのなら・・・俺が柊を救うっ!」



その言葉にその場の全員が驚いた表情をしたけれど、

「俺が柊を愛してやる!」

真っ赤になってそう言う安曇に、



「無理だよ。」



ぼそっと遼二が呟いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「何だよっ!嘘だと思うのか!!?」

「そうじゃねえ、別にお前が嘘ついてるなんて思っっちゃいねえよ、只、」

ただ?



「お前、あいつを抱けんのか?」



安曇の顔が かーっと真っ赤に染まった。

なんでもない事のように自然に問われたその言葉に安曇はすぐに返答できなかった。

が、向きになったようにして



「できるよっ!!」

あいつが望むなら、あいつが苦しいのなら、楽に、なれるのなら、俺、何だって、する、できる!



遼二は一瞬安曇を見てから、又 遠くに目をやりながら呟いた。

「できねえよ。たぶん、お前には、無理だ。」

なんでっ!?

いい加減にしろっと言わんばかりの安曇の瞳を見て遼二は続けた。

あいつの身体はお前らと違って普通じゃねえんだ。ま、そういうふうにしちまったのは

粟津や一之宮、それに俺達も、かもしれねえけどな。

あれは麻薬やなんかと同じで自分の意思と反して動く、どうしようもねえんだ、

お前だって一之宮に抗えなかったあいつを目の当たりに見たんならわかるだろう?

悪いものだとわかっているから止めようとすればものすごい苦しみが襲ってきて、

楽になろうと手をだせば、もっと抜けられなくなる、深みにはまる、堂々めぐりで。

麻薬そのものだ。

不幸なことに倫の身体はそれに深くはまっちまってる、想像する以上に、な。

ああなったらちょっとのことじゃあ抜けられねえ。

あいつの心も身体も全てを愛してくれる、そんな、孫策のような存在でも現れない限りな。



「だからっ!それは俺が、、、」



あいつは初めて自分の全てを受け止めて愛してくれた孫策をそんなにすぐには忘れられないだろう。

もしかしたら一生、忘れないかも知れない。

心がいつも他の誰かを追いかけて、身体がいつも他の誰かに愛される、そんな奴をお前、

愛することができるか?



冷たい問いだった。でも確かな問い だった。哀しい 問いだった。

安曇はしばらく黙っていたが、やがて思い切ったようにすると真っ赤な頬を更に

燃え滾らせながら言った。



「なら・・・それなら、身体だけでも・・・!俺が、俺が受け止めて、や、る、・・!

他の誰にも触れさせない!それだったら・・・俺にも・・できる。」

そんな言葉を口にするだけでしどろもどろになっている。

遼二の目線がふっと安曇の方に向けられて。



「何だよ!嘘だって言うのか?俺にだってそれくらいのこと、平気だ!

今まで柊が辛かった事を思えばそのくらい出来るよ!」

遼二は目線を落としてため息をつくと呟くように言った。

「別に、お前が嘘言ってるなんて思ってねえよ。お前が本気だって事もわかるさ。

けど、もしそうなったとしてよ、それじゃお前、俺と同じだぜ、、、」



・・・・・・・・・・・?



同じって?どういう意味?

安曇は不可思議な表情をしながら大きな瞳は不安そうに揺れていた。



「俺がしてたことと同じだって言ったんだ。あいつは俺といてもいつも俺自身を見てなかった、

俺の向こうに粟津を見てた、俺に抱かれながら粟津を追いかけてた。」



鐘崎、、、もしかしてお前も柊を? 想ってたのか、、、?

不安気な安曇の顔を見て遼二はふっと笑った。

「ばあか、俺にはそういう気持ちは無かったよ。幸いな・・・」

けど・・・・・・

「あったら地獄だったろうな・・・」



安曇はそれでも見えない一筋の光を追い求めるように吐き出した。

「けど、もし!もしも、何時か柊が俺の事を見てくれるようになったら・・・そうしたら、俺・・・」

「見てくれなかったら?一生孫策だけを追い続けてたら?それでもできるか?

あいつを愛し続けられっか?できねえよ。そんなことしてたらお前の方がいかれちまうぜ。」

そう言われて安曇は言葉を失った。遼二は先程と同じ彼方に目をやりながら呟くように言った。

「そんなことができる奴がいたら化けもんだぜ・・・もしも、いるとすれば・・」



いるとすれば、、、?



「運命、だ!」