蒼の国-出陣のとき- |
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孫策がこの世を去ってから早や3年の月日が流れて、倫周は周瑜の愛情の元で穏やかな
日々を送っていた。この間にいくつかの戦いを征し、呉国は少しずつではあるが着実にその
領土を拡大していた。魏の曹操軍も又これに伴い少しずつその勢力を衰えを見せはじめていた。
そんな中で蜀も又、呉と同じように勢力を拡大しつつあった。
かつて大国「魏」と相対するために同盟を組んでいたこの蜀とぶつかる日は当然の如く
避けては通れない成合いになってきていた。
蒼国の当初の目的である「天下三分」にはまだまだ届かなかったが、大国「魏」とぶつかる前に
今、新たに蜀を制する戦いに挑まなければならなかった。
確実に、その日は近付いて、呉国は周瑜と若い陸遜の指揮の下、対蜀戦に向けて出陣の準備に
余念がなかった。
そうしてかつてよりも大幅に強力になった軍を率いて孫権は出陣のときを目前に控えていた。
今、まさに長江を挟んで蜀の軍と永きに渡る対陣が始まろうとしていたとき、
気付けば蒼国の面々がこの地に来てから4〜5年の月日が流れていた。当初10年以上と
言われていた永きに渡るこの地での任務であったが実際には飛ぶように月日が流れていった。
「こうしてみると生きている人間の人生なんて短いものだな。」
幕舎の外で一面の星空を見上げながらビルが呟いた。
「ええ、本当に。」
そう合つちをしながら帝斗も又降り注ぐ星たちに目をやった。それからすると自分たちは
この先の気が遠くなるような永い時間を老いもしないこのままの状態で生き永らえていかな
ければならない、そんなことを思ったのかもしれない。それを選んだのも又自分自身なのだと
言い聞かせるように帝斗は強く瞳を見開いた。
暗褐色の大きな瞳は1800年の彼方の星たちを映してきらきらと輝いていた。
長江添いに対陣を構えてからどの位の月日が流れた頃、呉蜀は一喜一憂の戦いを繰り広げていた。
だがいつまでたっても至って勝敗の見えてこない戦に剛を煮やしたようにビルは ぼやいていた。
「おい、俺達の目的は魏の領土を減らすことだぞ。いつまでこんなことに時間を掛けてるわけには
いかないんだ、さっさと蜀軍を退けて本来の目標にターゲットを絞らないっていうと。いっそのこと
また四天剣でも使うか、でなけりゃランチャーでも吹っ飛ばすとかいろいろと、、」
気短そうにぶつぶつと文句を言うビルに対してくすりと微笑いながら潤が口をはさんだ。
「何言ってんですかビルさん、四天剣なんてそう滅多に使うもんじゃありませんよ。それに、
こんな時代にロケットランチャーなんて置いて行って御覧なさい、たいへんなことになりますよ。
それこそ物資の歴史が変わってしまいます。まあそう焦ることはありませんよ、呉軍だって何も
考えずに戦をしてるわけじゃない、この戦いだってもう少しすれば先は見えてくるはずです。
今が正念場ですよ、そんなことよりも僕らはいかに呉軍の兵力を減らさずに進軍するかって
ことを最優先に考えるべきでしょう?」
にっこりとしながら冷静に現状を見つめる潤に対して蒼国の一同は感心という表情で聞き入っていた。
呉服問屋の息子で歴史好きの剛はそんな潤を見つめながら、
「なあ、潤さあ、昔っからそんな感じだったけどさあ、ここに来てもっと進化したよなあ、、
なんていうの?その陸将軍のところに付いてさあ、もっと色濃くなったっていうか、
政治家っぽくなったっていうか。やっぱ陸将軍ってそういう人なわけ?
だったら史実だって当てにならないわけじゃないんだな。」
そんな剛の話を聞いていて誰かが口を挟んだ。
陸将軍ってそういう人なわけ?と。
「そう、俺が読んだ三国志の人物伝にはそう書いてあったぜ。外見は玉のような肌の美男子で
端整で利発で、冷静なってな。」
大真面目な顔をして説明をする剛に、顔を紅く染めて潤は言った。
「やめてくださいよ、そんな大それた話、僕なんて陸将軍には足元にも及びませんよ。」
「まあたまたぁ〜謙遜しちゃってえ〜」
そんなたわいのない会話が久し振りに蒼国の面々をなごやかな雰囲気が包み込んでいた。
そんな潤の言った通り、しばらくして呉に優勢の兆しが見えてきた頃。
もうあと一歩のところで蜀軍を長江から撤退させられる向きとなった。若い陸遜の指揮の下で
そのあと一歩の追撃の最終準備が行われていた。
あえて夜襲を避けて日の出と共に陸遜は攻撃を開始した。登り来る朝陽を背にした攻撃に
一瞬の隙をつかれたのか蜀軍は短時間に大幅に撤退を見せた。予定通りの結果に陸遜率いる
軍が満足していた頃、やはり蜀の方とてそのまま引き下がる程 甘くはなかった。
軍師、諸葛孔明の策によって味方のものと思われていた船から弓隊による不意打ち攻撃を
食らったのである。
折りしも頃は雷雨が上がったばかりのまだ黒い雲の残る空から僅かに金色の光が降り注ぐ
午後であった。
雷雨によって足元の悪くなったところに自軍の船の上から尋常でない数の弓兵による不意打ち
攻撃を受けて呉軍は一時撤退を余儀なくされた。
さすがにこの策には陸遜も慌てたようで、当に軍師対軍師の知恵の見せ所のような勝負に
皆、苦薬を口にしたような状態であった。
周瑜も又、陸遜に指揮をまかせて自身は前線に陣を構えていた。その傍らには倫周を従えて、
この周瑜の前線での構陣に備えて帝斗の率いる蒼国の部隊はすぐ側に配置していた。
周瑜の側には常に倫周と遼二が、そして陸遜の側には蘇芳と安曇が付いて護衛に余念が
なかった。いざというときの為に四天の剣を腰に携えて4人は敵兵に目を配った。
「公瑾危ないっ!」
そう叫んで倫周は剣を抜いた。例外なく不意をついて弓兵の攻撃が周瑜の姿をも捉えていた。
まるで雷雨に代わって降り注ぐように放たれた矢の雨に倫周は朱雀の剣を抜いた。
鮮やかに舞うように朱雀の剣は弓を跳ね返し、まるでそこだけがスローモーションのように
一瞬にしてその場の全ての音が消えてしまったようだった。
それ程に、そんな感覚に陥る程に弓兵による攻撃は激しかったのである。
四天の剣が舞う。それぞれによって抜かれた四天の剣が雨のような弓を跳ね返し。
どのくらい経ったのだろう、あるいは僅かな時間だったかもしれない。
しばらく雨のように降り注いだ弓兵の攻撃がぴたりと止んだ。
「大丈夫だったか?公瑾!」
倫周は周瑜に駆け寄ると地面に横たわる身体をを抱きおこした。幸い周瑜に外傷はないようだった。
「よかった、、、」
倫周はほっと胸を撫で下ろした。
「弓兵の攻撃が止んだぞ。とにかく今のうちにもう少し後退しよう。
帝斗達と合流してから隊を進めた方がいい。」
そう言うと倫周は周瑜を肩に担ぎ起こした。
「すまない、倫周。あともう少しのところで、、、わっ、、」
立ち上がろうとしたところで周瑜は又 膝を折ってしまい、どうやら足を挫いたか何かしたらしかった。
倫周はもう一度周瑜を抱き起こすと、自分の肩に担ごうと体制を立て直した。
そんな折、倫周と共に四天の剣で弓隊と応戦していた遼二も周瑜の元へ戻ろうと
急ぎ足で小走りをしていた。少し後からは帝斗らの隊も追いつこうとしていた。
ふと、船上にうごめく人影のようなものを感じて遼二は足を留めた。
自軍の船であったがその様子が何やらおかしい気がして遼二は静かに気配を窺った。
おかしい、、、あの船からは皆退却したはずだ、、、
そう思った瞬間に突然、遼二の目に敵の弓兵の姿が飛び込んできた。
2人、いや3人、、、!
瞬間、弓兵の狙った先に目をやる。そこには周瑜の肩を担いで退却する倫周の姿があった。
先ずは周公瑾の首を獲れ、とでもいうつもりか!?
攻撃を止めたと見せて密かに数人がこちらの船に乗り込んで来ていたのだ。
ではさっきの攻撃は囮だったというわけか!?
遼二はとっさにそう思った。
そんなことを考えながら弓兵の狙った先の倫周の様子を振り返る。
倫周は、、、気が付いていない!!
周瑜に気を取られて全く気が付いていない!
「畜生!あの距離からじゃ気が付かねえ、、!」
遼二は思い切り走り出した。心の中で叫びながら。
倫!気が付いてくれ、頼む、、、!
一瞬、遼二の頭に幼い頃の記憶が蘇った。九龍城での、あの光景が、、、
幼い倫周を抱えたまま亡くなった倫周の父親、倫周の父親を抱きながら肩を震わせていた自分の
父親の後ろ姿が目に浮かんできて。
なぜこんな時にあの時のことが、、?
遼二は無我夢中で走った。
倫!間に合ってくれ!!
祈るように、唯それだけを考えながら。倫周までの距離はもうあと、、、
少し、、、!
倫周は心が砕かれるようなとてつもない気配を感じ、はっっと後ろを振り返った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!?
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、倫っ!!!」
天地が避けるような声が響いて振り返った先には矢に打たれる遼二の姿が映った。
複数の矢がたて続けに遼二を貫く。
ほんの一瞬のその出来事に倫周と周瑜は凍りつき、遼二が崩れ落ちる。その後方に逃げて行く
敵の弓兵が映し出されて。
「遼−っ!!」
なんで?なんで、遼、、、?どうして、こんなことって、、、!!!
走り出しながら倫周の瞳は無意識に溢れ出した涙で霞んでいった。
前が見えない、、、
遼二までの距離は、あと少し、、
「遼!遼っ!!!」
倫周は遼二を抱ると真っ青になりながら叫んだ。
「何やってんだっ!?遼!!どうしてっ、どうしてこんな、、、!」
遼二は倫周を確認するとその顔を見上げながら微笑み、とぎれとぎれの言葉で話し出した。
「船に、弓が見えて、おまえが、見えて、おまえ、、無事で、よかった、よ、、」
遼二の胸や肩の至るところに矢が掠った後と、刺さった矢で出血が酷かった。
「ばか野郎っ!何言ってんだ!俺達は不死なんだぞ!矢なんか俺に当ったって死にやしないんだ・・
お前がっ、こんな無茶して、何やってんだよぉ、ばか遼二・・・」
倫周は遼二の辛そうな顔を見ていられずに、大きな瞳からは涙がぼたぼたと零れて落ちた。
「だ、から、、俺でも、だいじょぶだって、、俺だって、死なね、、ん、だから、、すぐ、よくなる、、ってよ」
遼二は必死の様子で震える手を差し出して倫周の頬にあてると
「良かった、、ほんと、、けがしな、、く、、、」
そう言って意識を失った。
「遼ーっ!!!」
落雷のあとの黒く厚い雲間から眩しいくらいに差し込んだ午後の光の中で
天地が避けんばかりの想いが響いた。
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