蒼の国-朱月-
穏やかに、そして静かに倫周は日常を取り戻していた。このところは周瑜の執務も少しずつだが

手伝えるようになり徐々に笑顔も戻ってきつつあった。周瑜以外の人々との会話も増えてきて

そんな様子に帝斗らもほっとした頃、孫策を心の中に大切に抱えながら倫周はしばらく

穏やかな日々を送っていた。



、、、倫、、、



しばらく聞いていなかった声に呼び止められて、倫周は声のする方を振り返った。

執務を終えて自室へ向かう途中の林道で、倫周は久し振りに紫月に出会った。

夕闇が深くなって来る頃、東の空には妖しげな程の大きな朱い月が浮かんでいた。



「倫、久し振りだな、、元気そうじゃない、、、?」

そう言う紫月の声色がなんとなく重苦しく感じられて倫周はその表情を覗き込むように

心配そうな顔をした。

「紫月、、?どうしたの、、、何かあったの、、?」

そう声を掛けたけれど。

紫月の顔色は僅かに蒼くどことなく翳りがあるようで、ふいに首を傾げたそのとき、、、、



「倫、、っ、、」



突然に強い力で腕をつかまれて、ぐいと引き寄せられた。

「紫月、、っ、、!?なっ、、、何をっ、、!?」

倫、倫、、ああ倫、、っ、、、!

狂ったように抱き締められて、倫周は戸惑った。

「なっ、、紫月、、お願いっ、、放して、、やめてよっ、、、」

とっさにそう叫んだけれど、、、



「何で、、?何でだめ、、、?愛してるんだ、倫、、、好きなんだ、、、ああ、、」



熱い吐息と共に紫月の意識はもう完全に自身の世界に入り込んでしまっているようで

虚ろになった瞳は激しく倫周を求めて揺れていた。

「待ってっ、、待ってよ紫月、、、ごめん、俺はもうこういうの、、、したくないんだ、、、

俺は今は孫策のっ、、、」

精一杯の本当の気持ちを告げた倫周の温かい気使いに溢れた拒絶の言葉に、紫月の褐色の瞳は

一瞬にして闇色に翳りを見せた。

東の空に浮かび上がる恐ろしい程の朱い月の色がその闇色の瞳に移り込んでは妖しい輝きを放った。





「ごめん、紫月、、、解ってくれよ、、、俺は孫策のものなんだ、だから、、、」

「孫策?何で、、、孫策なんて、、、もういないじゃないか、、?倫、孫策はもう死んだんだよ、、」

虚ろな、感情の見えない声が低く響く。倫周の心を傷付けて、、、

だがそう言った紫月の心も又 別の意味で傷ついていた。

「何でだよ、倫、、、愛してるんだ、俺はお前が欲しくて、、っ、、、お前を抱きたくてずっとずっと

耐えてたのにっ、、、お前が孫策のものだった間っ、、!ずっとひとりで耐えてやってたんだっ、、、

それなのに、、、どうしてだよぉ、、、なあ倫、、、

抱きたいんだよぉ、、お前を、、、好きなんだよぉ、、、倫、、倫、、、やらせてくれよ、、な、、?

いいだろ?あんなに愛し合ってたのに、、、俺たちはあんなに愛し合ってたじゃねえかよっ、、、

やりてえんだよぉ、、お前と、、なあ、やらせてくれよ倫、、助けてくれよぉ、、、」

まるで放心したように自分にもたれかかってくる紫月に倫周は驚愕の表情を浮かべた。

紫月、どうしたんだ、、?何で又、、こんなふうに、、、

「好き、好きなんだ倫、、、愛してるよ、愛してる、、、ああぁ、、倫、倫、、、抱いて、、、

俺を抱き締めてくれよ、、、なあ倫、、早く、、、抱いてくれよぉっ、、!」

ものすごい力で覆いかぶさるように紫月は倫周を押し倒した。

押さえ込んだ倫周の全身を弄るように激しく求めて、愛撫して、衣を引き剥がす。

狂ったように紫月は倫周を求めて、、、

「い、、嫌っ、、!嫌だ紫月っ、、放してっ、、、放せよっ、、!」

思い切り、突き飛ばした。

紫月の顔が苦痛に歪んで、、、突然に高い声で笑い出した。



「ふははははっ、、、何だよ倫?折角俺が抱いてやろうっていうのによぉ?そんな高尚な顔しちまって

何 今更気取ってんだよぉ?お前だって好きなくせに!そうだろ?」

「やめてっ、、!嫌だ放してっ、、」

「何が嫌なんだよぉっ?気取ってんじゃねえよっ!こっち来いよっ、ほらっ!」

強引に腕を引っ張られて、痛いくらい、千切れそうなくらい引っ張られて、さすがに込み上げた怒りに

倫周は叫んだ。


「放せよっ!もう嫌だって言ってんだっ、俺はもう誰ともこんなことしたくないんだからっ、、、」


そんな倫周の言葉に一瞬きょとんと、不思議そうな顔をすると紫月は大声で腹を抱えて笑い出した。

「あははははっ、、、何言ってんだ?倫、お笑いだぜ、お前からそんなこと聞くとはね!

ははははっ、どうかしちまったんじゃねえのか?大丈夫かよ、おい?くふふふふっ、、、」

紫月は一頻り倫周を罵倒したように笑うと、ぐっと唇を噛み締めるようにして瞳を歪ませながら

言った。



「そんなに孫策がいいってか?けどもう孫策は二度とお前を抱いてなんかくれないんだぜ?

そんな奴に義理立ててどうすんだよぉ、、な、倫、そんな奴のことなんか忘れてさぁ、俺としようよぉ、、

な、よくしてやるからさ、、、ね、倫、愛してやるよ、孫策なんかよりずっとよくしてやるからさぁ、、」

耳元でべったりと甘く囁くようにそう言われて一瞬身体の奥底から湧きあがるぞっとした嫌な感覚に

倫周はぎゅっと瞳を閉じると、たまらずに怒鳴り散らした。

「やめろよっ!放せって言ってんだっ、俺はあんたの玩具じゃねえんだっ、二度と俺に触るなよっ、、、!」

その言葉に紫月はほんの一瞬蒼白な表情を浮かべると次第に大きな褐色の瞳に怒りの色を

湛えながら倫周の細い身体を組み敷いた。

「何言ってんだよ、、、何がそんなに嫌なんだよ、俺が好きなんだろ?お前そう言ったじゃねえか?

ちょっと前までは俺に抱かれてうれしそうにしてたくせによっ、、、お前はいつもそうだよ、、、

ちょっとやさしくしてくれる奴が出来るといつもそうやってよ、、、じゃ俺は何なんだよ?

あんなに愛してやったのにっ、俺に抱かれてあんなに狂ってたじゃねえかよっ!?

お前だってやりてえんだろ?正直に俺とやりてえって、そう言えよっ!」

激しく押さえ込まれて、身体中を撫で回されて倫周は気が違いそうになった。

やだ、やだ、嫌だっ、、、こんなのもうご免だ、、、助けて孫策、、、助けてっ、、、

紫月の慣れた愛撫が、残酷なまでに眠っていた倫周の欲望を呼び覚まして、、、

身体中が熱くなる、ぞわぞわと這い上がってくる感覚、震えて止まらなくなる、意識が、、、

流されて、、、、っ、、!











嫌だ、、、嫌、、こんなのは俺じゃない、孫策だけを想っていたいのに、どうしてこんな、、っ、、

次第に大きくなってくる快楽の波に呑み込まれないように必死に耐える倫周の身体中を這うように

紫月は激しく愛撫して、、、

流される、、、嫌なのに、こんなこと望んでないのに、、、とまらない、、、っ、、、

ああ孫策、、、、っ、、!

「や、、ぁあ、、やめて、、、嫌、、、」

そんな倫周の様子にうれしそうな表情を浮かべると紫月は満足そうに言った。

「いいんだろ?倫、、、、気持ちいい?ん?もう我慢できない?」

やだ、やだ、もう嫌なのに、、、身体が、、、ああ熱い、、、いうことをきかない、、、

「紫月、、紫月っ、、、んっ、、、んっ、、、」

「いきたいの、、、?なら、そう言えよ、、いきたいって、そう言えよ、、、」

や、やだ、、、嫌だ、、、ああだけどっ、、、

「ふ、、っ、、、んんっ、、、い、いかせ、、て、、、お願い、、紫月、、っ、、、」

抗えない、、、どんなに嫌でも身体はいうことをきかない、、、身体が、、紫月を求めて、、、

「可愛いな、倫、、そうだよ、そういう素直な倫が大好きなんだ、愛してるよ、愛してる、、、

ああ倫、、、一緒に、、っ、、、いこうよ、、、っ!」

嫌、、、いやああああっっ、、、






真っ赤だった月が高くなった頃、倫周は呆然とその場から動けずにいた。衣服も乱れたまま

何も出来ずに只ぼうっと定まらない瞳を空に泳がせて座り込んでいた。

逆らえなかった、俺の身体。嫌なのに、身体だけは俺の意思とは逆に紫月を求めて、、、

とまらない、、、

どうしてこんな、、、どうして、、、なんだ、、、

俺は孫策だけのものなのに、孫策だけを想っていたいのに、、、身体が勝手に、、、

「うっ、、えっ、、、え、、っ、、、」



情けなくて、辛くて、倫周は声をあげて嗚咽した。