蒼の国-地獄の炎-
次の日も、同じ場所で紫月が待っていた。嫌だ、もうこんなことは御免だ。

だけど、だけど、

どうしても抗えない、身体が勝手に反応して、紫月を見ただけで何かが湧き上がってきて。

止められないんだ・・・

次の日も、その次の日も、紫月は居て。

その道を通らなければいいだけなのに。

俺の身体がその道を求める、紫月の待っているその道を、歩くだけで身体が震える、

どうしようもなく紫月を求めて、止まらない・・・!



何で・・?

何でなんだ、俺はっ・・・こんなの自分じゃない・・こんな・・・

俺はこんなこと望んでないのに・・・どうしてっ・・・?



来る日も来る日も繰り返される残酷なまでの逢瀬に倫周の心は限界に達していた。

紫月を見ると身体が熱くなって、終いには誰かに触れるだけでぞっと、

背筋が寒くなるのを感じた。

その身体が紫月でなくても誰でもいいから求めていることを認識してしまった時、

倫周の心は打ち砕かれた。

孫策亡き後、しばらく忘れていた感覚が、自分の奥底から湧き上がる。



誰かに抱かれずにはいられない、それを認識してしまって倫周は地獄にあった。





花の季節がやって来て、呉軍は花見の用意に賑わっていた。

館のあちこちで宴の日を心待ちに準備がなされていた。蒼国のメンバーも

その宴で是非とも歌を披露して欲しいと言われ、Fairyは久し振りに集まって

バンドの練習をしていた。

久し振りに何もかも忘れてドラムを打てたことが倫周にとってはとても救いだった。

心も身体も爽やかになっていくようだった。

音合わせが終わって一堂は久し振りに会話した。

ここに来て以来、こうして全員が一緒に集まることは珍しかったので

皆各々の部隊の話などで盛り上がっていた。

遼二も又 倫周を見つけるとうれしそうに近付いて来た。

遼二とて倫周と話すのは本当に久し振りで、孫策の葬儀以来だったかもしれない。

懐かしそうに近付いて来るとぽん、と倫周の肩を叩いた。



「よう!倫、久し振りっ・・・



そう言うはずだった。そう言って楽しい会話が始まるはずだった。

少なくとも遼二にとっては、、、



「触るなっ!」



部屋中に険しい声が轟いて。

突然の大きな声に皆の視線が一気にそちらに向けられた先には

小さく肩を震わせて倫周が蒼ざめていた。



「あ・・悪ィ・・・」



行き場を無くした遼二の手元が宙に浮いたまま、その表情は固まってしまっていた。

は、っと気が付くと倫周は恐れるような瞳で遼二の方を見て、すぐに自分の口にした言葉に

気付いたのかびくっと肩を震わせると済まなそうに謝った。



「ご、ごめん、、悪いな、俺に、触らないでくれ、、、」



小さな声でひとことだけそう言うと、倫周は逃げるようにして宴会場を後にした。

顔色は蒼ざめたまま、小さく肩を震わせて、それを押さえるように

両の腕でしっかりと自分の肩をつかんで。

遼二はそんな倫周の姿を見て はっとしたように呟いた。



「なんだ?あいつ、、、!?  あいつ、、、もしかして、、、まさか、、、」



遼二の顔色がみるみると曇って。

その様子に潤や剛、信一らが心配そうに尋ねた。

「どうしたんだ?倫周の奴、、?なあ、遼二、、、?」



遼二は少し蒼ざめながら言った。

「あいつ、辛いんだ、多分、身体が。孫策が亡くなってからあいつ、俺ともさ、

その、そういうこと、無かったしよ、きっと身体の方が・・・

あいつの意思じゃなくてもよ・・・その・・・」

遼二は言いずらそうにしていたが信一達には何が言いたいのか、すぐにわかったようだった。

「わかるよ・・・」

信一がぽつりと呟くと

「気の毒だな・・・」

剛もそう言った。

そんな様子を見ていた帝斗がすっと立ち上がって。

「ちょっと様子を見て来ます。」

そう言って宴会場を出ようとした時。





「行くなっ!」

突然の大声と共に安曇が帝斗の前に立ちはだかった。



「安曇君、、、?」

「絶対に行かせないぞ!あんたなんかに柊を心配する資格なんて無いっ!」

一同が一瞬どよめいたが、やがて水を打ったように静けさが襲ったとき。

安曇はその大きな瞳で一同をぐるりと見渡すと静かに口を開いた。



「俺が何も知らないと思ってるのか?」



ずっと気になっていたんだ。 ここに来た頃からずっと。

誰かに付け狙われるような気配。

はじめはここは戦場なのだからそんな感じを受けるのだろうって思っていた。

でも何か違っている、深い憎しみにも似たようなその気配が、

あんたのものだったって解ったのは、あの時。

そう、

孫策の前で俺たちの忠誠心を誓い その証として死の儀式をした、あの時だ。

順番にあんたが俺たちをその手にかけて。その順番が俺に来た時、解ったんだ。

ああ、ずっと感じていた深い憎しみを込めた殺気のようなもの、

それはこの人のものだったんだって。

あんたの瞳がはっきりそう語っていた。

でも理由がわからなかった。あんたと俺は出会ってそんなに過っていないのに、

でもその「理由」はすぐに解ったよ。

俺たちが回復して約束通り孫策の軍に戻ったあの晩の宴会で、

あの宴会の後に俺たちは任務に戻ったんだったよな。

あんたは例外なく柊を孫策のもとに戻した。

あの晩のあんたは珍しくそうとう酔っていて、上機嫌だった。

俺はあの殺気が気になってはいたが、

幕舎に続く回廊を抜けた林の中で俺はあんたと会ったんだ。

あんたはそうとう出来上がっていて、大丈夫ですか?と声を掛けたけど・・・



ふっと、帝斗の顔がに曇ったかのように見えた。



あんたは覚えていないだろうけど・・あの晩 あんたは俺を抱いたんだ・・・!

一同がぎょっとしたような表情になったが、かまわず安曇は続けた。

抱いたっていっても行為そのものはなかったけれど・・・!

あんたは俺を抱きしめて泣いていた、声をあげて、泣いてたよ。俺が誰だかも

わかってない風だった。そんなあんたに俺もちょっと驚いたけど

ずっと気になっていた俺の疑問も解けたんだ。あんたが俺に対して持っていた

あの憎しみにも似た感情。

行かないでって、言ったんだ。何度も何度も俺にしがみついて懇願を繰り返した。

「倫、行かないでくれって。」

俺はその時全ての合点がいった、あんたが俺を憎んでいた理由、それは、あれだろう、

ここへ来て間もなくの諸葛孔明の宴席に呼ばれた時。あの時、柊が俺をかばって・・・

そのことをあんたはずっと。

そうだろう・・・?それならそれで、あんたがこんなに柊の事を思っていたのなら

俺にも非はあるんだし憎まれても当然だ、そしてあんたもきっと辛いのだろうって

思ったよ。孔明の手から俺を守ってくれた柊に恩返し出来るのならって思って、

俺はあんたの好きなようにと思ったんだ。

けど、あんたはそのまま泣き疲れて寝ちまった。そん時まではまだ、俺にも救いがあった。



あれを見るまでは、、、!



あれって・・・何だ?

くぐもった重たい雰囲気が一同を包み込む。

帝斗は黙っていたが、皆をぐるりと見渡すと安曇は話を続けた。



つい最近だ。偶然柊を見掛けて。

葬儀以来どうしてるか気になってたから、声を掛けようとして。

あの晩・・・

幕舎の裏の林道で・・・

任務の帰りに通り掛かったあの道で・・・俺は見たんだ・・・っ・・

柊を・・柊を無理矢理自分のものにしてた・・っ・・・あんたを・・・

一之宮さんっ・・あんたをっ・・・

あんたは嫌がる柊を・・・平気で自分のものにしてた・・



安曇の怒りに満ちた視線が帝斗から紫月に移されて。だが紫月はそう言われても

顔色ひとつ変えずに只黙ったまま、平然としていた。

そんな紫月の様子に煮えたぎったような怒りの視線をぶつけると

安曇は吐き出すように叫び出した。



「あんたたちがっ、、、あんたたちが柊をあんなふうにしたんだっ、、、やさしい顔をして、、、

そんな聖者のような顔をしてっ、、影では柊にあんなことっ、、して、、、

あんたたちのせいだっ、、、あんたたち2人がっ、、、」



はあはあ、と肩をならしながら安曇は怒りの思いをぶちまけた。そして最後にもう一度

帝斗を振り返ると拳を震わせながら言った。



「柊のところには行かせない・・・二度とっ・・・二度と柊に近寄るなっ・・・!」



「・・・そうですね」

しずかにひとことだけそう言い残すと帝斗は静かにその場を後にした。

紫月も又無言のまま反対側の扉から出て行って。



安曇は息をあげたまま わなわなと肩を震わせていた。大きな瞳にはどうしようもない

怒りが込み上げていて。



誰も、言葉を発さない。

静まり返った室の中で・・・

遼二が場を取り持つように口を開いた。

「そりゃあ、お前の気持ちもわからないじゃねえけどよ、あれは、その な。ちょっと・・」

「言いすぎ!だとでも言うのか?だいたい、、、!お前らは何してたんだよ!?

あんなに近くにいてっ、、、

知らなかったとは言わせないぞ!?何で助けてやらなかったんだ?

柊があんな目に遭ってるのに、、!

なあ!?おい?知ってたんだろう!?遼二っ!

それに、、信一と剛は、そういう関係だったんだろう?その、男同士で、、、

だったら、、!気がついていたんだろう?それとも、、自分達だけ幸せだったら、

それでよかったのか? 柊が犠牲になってくれれば、自分達には危害がおよばないって?

そう思ってたのかよっ!?」

食い入るような視線で皆を見渡しながら安曇は泣き崩れた。



「もう 止めろ! 安曇、な。」

どうしようもない安曇の荒がる感情を沈めようと蘇芳は やさしく肩を抱き起こして

落ち着かせようとしたが安曇の怒りは治まらないようで、ともすれば殴りかかるのでは

ないかという勢いだった。

悪いな、こいつ、今普通じゃないから。

そう言って蘇芳が申し訳なさそうにする様子に遼二は少し辛そうに繭を顰めた後、

何かを決心したように話し始めた。



「いいんだ、蘇芳さん。なあ、安曇も、聞いてくれ。あんたたちには聞いてもらっといた方が

いいだろう。

あんたたちに出会う前の、俺とあいつの事、そう、俺と倫の子供の頃からの事をさ。」