蒼の国-蒼四天剣-
少し遅れて遼二が来た頃にはもう皆が広間に集まっていた。

じろりと高宮の視線が飛んでくる。

「すみません、遅くなりました。」

少々気まずそうにそう言って遼二はちらりと倫周に目をやった。相変わらず空を漂うような瞳をして

遼二のことなどまるで眼中にないような顔をしている。

「なんでぇ、倫の奴、ちっとは何か反応しろよっ、全く誰のせいで寝坊したと思ってやがる、、」

遼二はぷいっと顔をしかめた。そんな様子が伝わったのか倫周の瞳が遼二に向けられて。

視線が合って、遼二はどきりとした。

自分の思ったことが見透かされたような瞳を向けられて瞬間にまずい、、という感情が

湧いたようだった。

蛇に睨まれた蛙のような表情をしている遼二に倫周はくすりと微笑うと得意そうな表情を

してみせた。

口元が動いて。 何か言ってる?

遼二は一生懸命その口元の動きを追った。

え?なに、、?



「ば、あ、か、、、?」



バカだとおーっ!何だよっ、誰のせいで遅くなったと思ってんだ、てめえっ!

「大体てめえがあんなに燃えっからっ、、」

大声でそう口走ってしまって、遼二はその場に固まってしまった。

皆の視線が一気に飛んでくる。

倫周は何事も無かったように前を向いていて、しかしその瞳だけは笑っていた。



「誰が何を燃やしたんですって?」

高宮の言葉に遼二は照れ笑いをしながらおずおずと席についた。丁度隣の席にいた潤が

今にも噴出しそうな顔をして目配せを送っている。遼二は再び倫周の方に目をやると、

ちぃっ、と舌打ちをした。

全く、どいつもこいつも人のこと何だと思ってやがる、ふんっだ、、、

遼二はぷいっと膨れっ面をした。

そんな様子にひとつ大きな咳払いをすると高宮は話を始めた。



「さて皆さん、今回は非常に大係りな任務となります。蒼国始まって以来の大仕事ですからね。

ことによると10年位は現地に行って頂くこととなりますので少々覚悟して下さいね。」



10年?



それを聞いて一同から喚声が上がった。

そんなに長い間、一体何処へ行くのだろう?

皆の思いは一緒だった。高宮はじろりと一同を見渡すようにしながら更に詳しく説明を始めた。

「皆さんに次に行って頂くのは1800年前の中国、いわゆる三国志の時代です。」



三国志?



一同からは又しても驚きの声が上がった。





今から1800余年の昔、現在の中国大陸に魏・呉・蜀という3つの大国が存在していた。

三国志として現代にも語り継がれているが、高宮の話では少々違った。

三国といっても実は殆んどが魏という国だったというのである。

呉・蜀は魏に比べるとかなり小さな国で広大な領土は魏一国のものだったと言っても

過言ではないという。

これにはさすがに皆が驚きの表情を見せた。

「史実ってそんなに狂って伝わるものなんですか?」

誰かが質問する声が聞こえてくる。

確かに永い年月をかけて伝わる事柄には多少の違いは出てくるにしろそんなに大幅に

違ってくるものかと皆が不思議に思っていた。



実はこの三国志の時代の史実の調整は蒼の国の昔からの目標であった。

アジア地区を治める代表の蒼の国はこの時代を調整する為に存在したと言える程であった。

にも関わらず何故今までこの時代に手がつけられなかったかというと、

それには訳があった。

無論、人手不足だったということもあるが蒼の国にはそれらを成し遂げるには決定的に

欠けているものがあったからだ。



高宮は蒼の国を治める神の玉座から4本の剣を持ち出して来て皆の前に差し出すと

一同をぐるりと見渡しなら先程までとは違う厳かな雰囲気で話し出した。

「これは古くからここ蒼の国に伝わるものです。見ての通り4本の剣ですが、、、

これらは”四天の剣”と呼ばれ我々にとっては非常に大切な、そう守り神のようなものです。

この剣には神の力が込められていてこれを受け継ぐ者によって剣に神を宿すことが出来るのです。」

そう言うと高宮は玉座を振り返った。するとその中から2人の男が出てきて高宮の側についた。



「重山蘇芳と藤村安曇です。この2人は私と同じ時期にこの蒼の国の住人となった者です。」



重山蘇芳。その名にふさわしく遙か大和の国の色を映し出すような切れ長の瞳が印象的な

純和風の美男子であった。

反対に藤村安曇の方はまだ幼さが残る見た感じ16〜17歳くらいであろうか、大きな瞳を

きらきらと輝かせた、こちらはまるで西洋のアンティークドールのような少年であった。

何故にこの2人が紹介されたかというと。

それはこの2人が”四天の剣”を受け継ぐ者だったからである。

4本の剣のうち2本はこの2人によって受け継がれていた。  

が、残り2本には未だにこれを受け継ぐ者が決まっておらず、そういった意味で

”四天の剣”は完全ではなかったのである。

もちろん各々の剣自体に神の宿る力はあったが4本揃ってこそ偉大なる力を生み出せるのだと、

高宮は言った。



今まで最大の目標とされていた仕事のうちのひとつ、三国志の時代の調整に未だ手付かずだったのは

ここに原因があった。想像を絶するような大係りな仕事を成し遂げる為には神の力を持つ

この”四天の剣”が絶対不可欠だったのである。

未だ受け継ぐ者を持たない剣が。



「鐘崎と柊はここへ来なさい。」

そう言って2人を前へ呼ぶと、高宮は2本の剣を差し出した。



「この”玄武の剣”を鐘崎が、”朱雀の剣”を柊が受け継ぎます。どうぞ運命を受け入れて下さい。」



突然に何の前触れもなく、当たり前のように言われた高宮の言葉に遼二と倫周はもちろんのこと、

皆が一瞬言葉を失った。

各々目を丸くしながら呆然とお互いを見詰め合って。

そんな一同に高宮はにっこりと微笑むとひとこと、これは運命なのですよと言った。

「あなた方が此処に来た時からの運命なのです。無論この蘇芳と安曇にも同じことが言えますがね、

これでやっと”四天の剣”はその力を発揮できるようになるのです。」



これでやっと三国志の時代へ行くことが出来るのだと高宮は言った。

突然の信じ難い出来事にぼうっとなりながら遼二と倫周はお互いの顔を見合わせた。



遼二と倫周。

香港生まれの香港育ち。2人の両親は同じ仕事をしていて幼い頃からずっと一緒だった。

決して表に出てはならない仕事。

それは常に危険を伴うもので通常の道理では通らないことを裏から手を回して方付ける、

当然表ざたには出来得ないことにも手を染めなくてはならず、わかりやすく言うなれば

それは殺し屋家業のようなものだった。

2人の両親はその業界でも殊更に腕がよかったことで当時香港で大係りな仕事に取り組んでいた。

だからそんな環境の中にあって当然の如く自分の身を守るために子供たちにも武芸の稽古を

させていた。

別に将来その仕事に就くとかそういったわけではなかったが2人の両親は共に男の子だった

遼二と倫周に武芸の稽古だけはさせていたのだった。こういった環境の中で生きていく為にそれは

必要不可欠だったのである。

それ故2人は武芸に秀で、ましてやそんな環境の中で育ったことでそれらは只の稽古事では

無いほどに幼い彼らの身に付いていった。

常に誰かを追いかけて、誰かに付け狙われるような環境の中で知らず知らずに身に付いた

通常とは懸け離れたその感覚は常に神経を研ぎ澄まし、彼らが中学生になる頃には揺ぎ無い

ものとして彼らの中に存在したのであった。

それだけの理由で四天の剣がこの2人に受け継がれたというわけではなさそうだったが、やはり

それ程の剣を受け継ぐのだからある程度武術は必要であったろう、蘇芳や安曇にしても又同じ

ことがいえた。



「これは運命なのですよ。」



それだけの言葉で大した説明も無いままに四天の内の玄武と朱雀の剣は持ち主へと引き渡された。

持ち主を得た剣は呪文によってこれに神を宿らせることが出来る、その力は想像を遙かに超える程

壮大なもので今で言う核兵器くらいの破壊力をも持つという。だがこれらには只破壊する力だけでは

なく逆に何かを生み出すことも可能であってそれは時々によって使い分けられるがその判断を

するのも又これらを受け継ぐ者に託されるというものだった。



「そんな大それたものを何で俺が、、、?」

遼二はまだ言われていることが信じられないといった不思議そうな顔をした。

倫周も又同じようではあったが遼二程実感が無さそうで、というよりは何だか無関心といった

ふうだった。こんな大事なことをまかされたに関わらず、さして響いていないような倫周の表情に

”蒼竜の剣”を持つ藤村安曇はいぶかし気な表情をして見せた。



何だってんだ?こいつは、、、こんな大事なことなのにまるで驚いた様子も無いし、、、

第一これがどういうことか分かってんのか?あんな平気な顔をして。何だか面白くないっ、、、



剣を手にしながらあれこれと表情を変えて見せる遼二に対して、渡された剣に特に興味の無さそうな

倫周の無関心な様子に安曇は何だか無性に腹が立っていた。

だがそんな倫周の様子にも他のメンバーらはやさしく話し掛け楽しそうに剣を囲みながら会話していた。

安曇にとってはそれさえも苛々とする程だった。



何で皆はこんな奴のこと囲んであんなに楽しそうに話なんて出来るんだ?ああやって誰かに

話しかけられたってあいつときたらまるでろくに返事なんかしないじゃないか、どうしてあんな奴に

四天剣が?



どう考えても納得がいかずにこの時から安曇はこの倫周に対していい印象は持っていなかった。

しばらくわいわいと賑やかだった一同を静めると高宮は実際の段取りについての説明に入って

いった。

「それでは明朝に皆さんを1800年前の中国、三国志の時代へ転送致します。入国に関しては

呉国の君主、孫堅文台殿に既に手を回しておきましたので皆さんは呉の発展の為の助太刀と

いう形で訪ねていただきます。ちゃんと手配してありますからきっと喜んで盛大に迎えてくれる

ことでしょう。皆さんは武術の腕がそうとう達つということになっておりますから、ことによっては

あちらの武将さんと剣を交えることもあるかもしれませんよ!まあそれはいいとして、皆さんは

呉国よりは遙か東方の”蒼”という国から来たということにしてあります。一同を代表して粟津さんが

皆さんをまとめて下さい。孫堅殿にもそう言ってありますので。

ああ、それから、、、ひとつ大事なことを申し上げておきますね。

当然の如く皆さんは不老不死ですから死ぬということは無いんですが、只 怪我をすれば人間

だった頃と同じように痛みは多少伴いますので覚えておいて下さい。

只、治癒力に関しては普通の人間よりは格段に優れておりますのである程度で回復はしますので。

だからといって呉々も無茶はしないように。特にビル、京、遼二さん、

あなたがたは少々突っ走る傾向がありますのでね。

いいですか?それから常にこちらから状況を見て作戦等を指示させていただきます、

それと必要な物資も送りますので。

私との連絡は主に蘇芳を通してお伝えする予定でおりますが、

潤さん、あなたにはコンピューターを持たせますので活躍させて下さいね。

では質問があったら明日の朝までに私に聞いて下さい、無ければ今日はこれで解散致します、

各自、この後は自由行動に致しますので心置きなくどうぞ、三国志の時代へ行ったら見られない

映画とか、楽しんでおくのも結構ですし好きなように過ごして下さい。それでは解散。」

そう言われてばらばらと皆が一斉に散り散りになって行った。

確かにそんな昔の文明の遅れた時代へ行くのだからTVなどあるはずがなく

皆はそれぞれ気に入りの音楽をMDに撮ったりと1800年前へ行く準備に忙しそうに気は急いていた。

そんな中、倫周が遼二に駆け寄って。



「遼・・・」

何も言葉にしなかったが遼二にはそれがどういうことかが直ぐに分かったようで

俯き加減の倫周の肩にそっと手を回すと2人寄り添うように歩いて何処へも寄らずに真っ直ぐに

シュミレーションルームに向かって行った。

そんな様子をじっと追いかける視線があって、、、



何だ、あいつら、、、?男同士だってのにあんなふうに寄り添って?変なのっ、、、



2人の後ろ姿を見つめながら安曇はぷいっと頬を膨らませた。





シュミレーションルームの”夜の大草原”で降り注ぐ星空を仰ぎながら遼二と倫周は抱き合った。

「遼、あっちに行ったらしばらくこうして会えないかもね・・・だから今だけは忘れさせて・・・

遼と会えないこと。すべて忘れるくらい抱いて・・・」

縋るような瞳でそんなことを言ってくる倫周の細い肩を抱き締めながら遼二は言った。

「何言ってんだよ、ちょっとすりゃあ慣れてきて又すぐ会えるってよ。大丈夫、俺はいつでもお前の

側に居っからよっ!なっ、、、!」

そう言ってやさしく微笑んでくれる笑顔に倫周は縋りついた。

「遼、遼・・・遼っ・・・!」

「何だよ、甘えん坊だなあ、倫は。ガキの頃と全然変わんねえじゃねえか?」

くすくすと遼二は微笑って。

空には満天の星が輝いていた。