蒼の国-初戦3(山賊戦の行方)- |
|
心地よい風がふわりと倫周の長い茶色の髪を揺らして。
雲間から輝き出した太陽の光のもとに静かに対峙した。
山賊頭の男が、振り下ろしたら腕のひとつくらい容易に飛びそうな程のごつい鉄剣を真正面に構えると、
倫周は未だ鞘から抜きもしないまま、まるで木刀のような長ドスの剣を右手に持った。
「おいおい、そんなもんで俺に勝つつもりかい?随分と又舐められたもんだよなあ?まあいい、
俺様が勝ちゃあ、お前は俺のもんってことだ。楽に勝たせてもらって礼を言わなきゃならねえなあ。」
剣を構えてじりじりとお互いの様子見をしながら山賊頭の男は余裕の表情で薄ら笑いを浮かべた。
倫周は右手に持っていた剣を胸元の位置に平行に持ってくると未だ鞘を抜かずにひとこと呟いた。
「さあ?どうかな、、、」
余裕さえ見られるような平然とした倫周の態度にくっと繭を顰めると男の方から仕掛けてきた。
かーん、っと振り下ろされた厳つい鉄拳を受けめた音が響いて、見ている者たちに一瞬緊張の色が走った。
しばらくはかーん、かーん、と厳つい剣を受け止める音だけが響き渡って。
攻撃のひとつも仕掛けずに、未だ剣を鞘に収めたままで、倫周はひたすらに受身だけをとっていた。
相手の目をじっと見つめて、その動きを探るかのように冷やかに対峙していたが、、、
たんっ、と受身をとった瞬間に今までしっかりと踏みしめられていた足元がぐらりと揺らいだ。
がくん、と膝をついて、、、
わあああっ、、、と辺りから驚愕の叫び声があがった。
山賊頭の男はその様子ににやりと笑うとすかさずに一撃を加えてきた。とっさに身を翻して
それから逃れたものの、倫周の袖は切りとられ中からは真っ白な細い腕がのぞいた。
はっとした様子で細い腕に手をやると、ひらひらと切れた衣が風に舞った。
「あいつ、、、痺れがとれてねえんだ、、、」
蒼白い顔で遼二が呟いた。
周りにいた蒼国のメンバーはじめ、使者や軍の者たちも心配そうな表情を色濃くしている。
唯一人、うれしそうな顔をした山賊頭の男は更なる技で倫周を追い込みながらその心も又、
目の前の綺麗な男のことで一杯になっていた。
もうすぐこいつは俺のもんになる、この勝負に勝って、山に帰って、そうしたらこいつを俺の自由にできる。
そう、こいつをこの腕に抱いて、、、
男はそんな想像で頭の中を一杯にしていた。
自分の腕の中で涙を流しながら抵抗するこの美しい男の姿を、思い浮かべてはぞわぞわとした
悦びの震えが湧いてくるようだった。
そんな想像に比例するように山賊頭の男の攻撃も激しさを増していって。
それでも倫周は何とかそれらの攻撃をかわしながら、未だ鞘に収められたままの剣でひたすら
受身だけをとっていた。
痺れの残る身体をそれでも機敏に動かして、只ひたすらに受身だけをとり続けていた。
かん、かん、っと剣のぶつかる音が響く。只ひたすらにそれだけが繰り返されて。
「何だ、、、あいつ?あれだけのこと言ったわりには攻撃のひとつも出来ねえじゃねえか?
このままだとやばいぜ、、、だがまあ、よく避けてると言やあそうだが、、、なあ公瑾、お前どう思う?」
繭を顰めながらぶつぶつと呟く、先程の呉軍の男だ。
あまり戦況の思わしくない様子に隣りにいる従臣の男に話しかけているのだった。
公瑾、と呼ばれたこの従臣の男は半ば蒼白い顔でこの様子を伺っていた。
ふいに隣りに目をやってその様子が気になったのか先程の呉軍の男が又話し掛けた。
「何だ公瑾?そんな蒼い顔してよぉ、、、やっぱあれか?自分に似てると我が身のように感じられるのか?」
そんなことを聞いてくる隣りの男に、しばらくすると震える声で答えた。
「違うんだ、、、只 受身をとってるんじゃない、、、あれは、、あれは、、、」
僅かに震えながら又しばらくの間をおくと、公瑾という男が今度はしっかりと確信したかのような感じで
隣りの男に言った。
「違うんだ伯符、、!あいつは只 受身をとってるんじゃない、、視てるんだ、、、相手の技を、、、
ひとつひとつ仕掛けられる技のすべてを、、見切ろうとしてる、、っ、、、」
「何だと、、っ、、?」
伯符、と呼ばれたその男もより真剣に打ち合いに目を向けた。
「やっぱりそうだ、、、だから抜かないんだ、、、あいつが鞘を抜くときは、、、
恐らくは最期だ、、、」
辺りは水を打ったように静まり返って、剣を受け止める音と吹きぬける風の音ととがより一層の緊迫を生んで、、、
いやらしい想像で頭を一杯にしていた山賊頭の男もこの事態にさすがに剛を煮やしたように思うことは
一つになっていた。
何故決まらない、、、?これだけの技を全部弾かれただと、、、?
どう考えたってこっちの方が歩があるってのに何で最期の一撃が決まらないってんだ、、、!?
畜生、、、
手間とらせやがってよぉ、、、
「おい、小僧っ!何で抜かねえんだ!?馬鹿にしてやがるのかっ!?」
何度仕掛けても決まらない技に、全て弾かれてしまうこの事態に、次第に男の瞳に苛立ちの念が
浮かび上がってきていた。目の前の綺麗な男を抱き締める甘い想像は何処へやら、
男の頭の中はいつまでたっても見えない勝利に彷彿となっていった。
「くそう、、っ、、こけにしやがってよぉ、、いい加減にしやがれっ、、、!」
全く、、、傷物にしないでやろうと手加減してやりゃあいい気になりやがって、、、これでどうだっ!
最期のとっておきの技でお前のその白い肌を鮮血で染めてやろうじゃねえか、、っ、、!
そんな思いで男が剣を振り下ろした瞬間。
倫周も又、それが最期の技だと見切ったかのように瞳がきらりと輝いた。
その瞬間・・・
倫周の鞘から剣が抜かれて・・・・
鮮やかに剣が舞う、
流れるように剣が靡く、
時が止まったように全ての視線が剣を追って、
全員がはっと我に返ったとき。
倫周の剣は既に鞘に収められていた。まるで一度も鞘から抜かれなかったかのように。
そう、抜かれなかったんじゃないのか?これは本当は木刀で、鞘なんかないんじゃないのか?
誰もがそう錯覚する程。いや実際どうだったのかと言われると考え込んでしまう程。
「変わってねえな、、、あいつ、、、」
苦笑いをしながら遼二は呟いたが、その表情はほっと胸を撫で下ろした、といったふうだった。
安曇は初めて見る倫周のその姿に時が止まってしまう程、衝撃を受けた。
なんて華麗な剣捌き、流れるような、まるで見るもの全てがスローモーションになってしまうような、
そんな瞬間でさえも捉えどころの無いこの人の瞳、こんな時でも空を漂うような瞳をして・・・
この人は一体・・!
安曇は瞬きも忘れてしまう程、呆然となってしまった。
山賊頭の男は、その場に剣を振り上げたまま硬直したように動かなくなってしまった。
ざわざわとまわりが騒ぎ出して。山賊側は蒼白となりしばらくは只、呆然としていたが、そのうちに
手下の男共が騒ぎ出した。
「てめえっ、一体頭に何しやがった!?まさか、、、?殺したのか、、、?おい!?答えろよっ!」
そう荒ぶれる手下の男に倫周は振り返って言った。
「別に、、、俺は只、そいつの防具の紐を切っただけだ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?
紐を切っただけだと、、、?
これには一同が騒然となった。紐を切っただけで大の男が動かなくなってしまったのである。
そんな事があるものかと、山賊はわめくし、呉、蜀の軍の者とて信じられないといった様子であった。
潤がすっと山賊頭のもとに駆け寄り何やらペンループのようなものを出して瞼やら脈やら
そういったところを検査し始まった。
しばらくすると山賊頭はがっくりと腰を落とした。
一同がわあーっと騒いだが・・・・・
そんな山賊たちの方をゆっくりと振り返ると潤は落ち着いた感じで説明をし始めた。
「ご心配なく皆さん。外傷はありませんから。」
そう言うと山賊の連中に向かってにっこりと微笑んだ。
「外傷はねえって、だって頭は動かねえじゃねえか、、、?目だって開けたまんまだしよ、、、
おい、どうなっちまったんだよお?」
と困惑する。
「恐らく、精神的衝撃による一時の記憶障害です。」
そう言われたとて山賊側はまるでわけが解らないといった様子で恐る恐る潤を振り返ると震える声で尋ねた。
「じゃ、じゃあ、頭はこのままもとに戻んねえのか?俺達の事も思い出さねえってのか?」
まるで泣きべそをかきながら尋ねる手下の男に潤はにっこりと微笑むと最後にひとこと言った。
「さあ、記憶が戻るかどうかは私には何とも言えません。すぐに思い出すかもしれませんし、
一生思い出さないかもしれません。 只、一瞬にして記憶が飛んでしまう程の衝撃を受けたわけですから。
もし記憶が戻ったとしたらこれから先、この方にとっては、そう、まさに、、、
地獄、でしょうね。思い出さない方が幸せな事もあります。では、どうぞお大事になさってあげて下さいね。」
潤のこの様子を見ていた呉軍の1人の青年が頬を紅潮させてうれしそうに叫んだ。
「私はこの方と一緒に組ませて頂きたい。殿にそのようにお願いにあがりましょう!」
きらきらと瞳を輝かせながらそう話す、この青年。歳の頃は潤と同じくらいであった。
彼の名は陸伯言。
|
 |
|
|