蒼の国-的射-
次の日からこの一連の事件でお流れになった蒼国の面々と呉軍の武将達との交流会のようなものが

正式に始まった。

もちろん昨日予定されていた武芸披露も含めて、行動を共にしながらお互いに相性をみつけようとの趣旨である。

蒼国側では武芸に秀でた者もいたが、そうでない者ももちろんいた訳でお互いの長所を生かしながら

組相手を決める事になっていた。

従ってこれより数日間はいろいろな趣向を凝らしながら共同生活をする事になった。

まるで本戦時のように館内に幕舎を作って見たりする者も現われて少々お祭り気分といった感が無くもなかったが、

とかく信一や剛などはキャンプ気分でうれしそうであった。



昨日の山賊戦の様子を見て安曇や倫周には是非自分の部隊に入って欲しいとの要望が多く見られたのも

確かだが、実のところ見かけは女 子供のようなこの2人があれ程いい腕をしているのだから

ビルや京、遼二などの見かけも強面の者達はさぞすごいだろうとの期待も高かった。



そんな中でこの共同生活を始める以前だというのにもう正式に組相手を申し込んで来た者がいた。

陸孫伯言、である。

彼は昨日の様子をみていて自分が組んでいくのは成田潤だと心に決めていたようであった。

陸遜は大きな瞳をきらきらとさせながら孫堅にそう申し出た。

この陸遜の希望に満ちた顔に孫堅は微笑ましそうに笑いながら、成田殿がいいと言うなら、

と交流会も始まる前から承諾を出した。

潤は突然、自分が指名を受けて驚いた様子だったがあの有名な陸伯言に認められるなんて

大変光栄な事だと喜んだ。



確かにこの2人は感じがよく似てはいた。

外見もさることながら育った環境といい、陸遜は呉の豪族 陸家の息子で、潤はやはり今の時代でいうなら

豪族といってあてはまるような家族、親戚が医者という裕福な家庭に育ったわけで

考え方や趣向が似ているのもうなずけた。中でもこの陸遜が潤をこれ程に気に入った理由としては、

やはり潤の端的なものの捉え方や的確な話術等だったようだ。

昨日のほんのひと時の出来事で陸遜はそれを見抜いたのであった。



このようにしてお互いに相性のよさそうな相手を見つけるといった趣向であった。

館のあちこちで碁を打ってみたり、馬に乗ってみたり、飲茶をしてみたり、剣を交えてみたり、と

賑やかに交流は行われた。





倫周と遼二が一緒に歩いていると何やら賑わっている団体が目に入ったので2人は寄ってみる事にした。

そこでは的射が行われていて、何とビルと京が参加していた。何だかわあわあと騒がしい様子に

2人が側まで寄ってみるとそこには何と的に向かってマグナムを構えるビルの姿があった。

皆、このビルの手に持たれた代物が珍しいのか、ちょっとした騒ぎになっていて、そんな様子に

遼二は慌ててビルを止めに入った。

「何やってんですか、ビルさん?そんな物ぶっ放したら的が壊れちゃいますよ、弁償でもする事になったら

どーすんですか!?落ち着いて下さいよ!」

そう言うとビルはくりくりと大きく目を開けてうれしそうに遼二を見た。

「おーっ、遼二!聞いてくれー」

特有のゼスチャーを交えながらビルは遼二に訴えるように話し始めた。

「いやあ、実は弓を引いていたのだが、途中から面倒くさくなってのう、つい体が反応してしまったノダー!

やっぱり俺にはこっちの方がしっくり来るぞ!弓を構えているとまるでウィリアム・テルの気分だしなあ。

しかし、やはりこれはまずいか、、、」

と少々落ち込んだ様子だったが突然何を閃いたのか悪戯な子供のような表情をして見せると

大きな声でうれしそうに叫んだ。

「そうだ遼二!お前が弓を引け!お前が打った矢を俺が打ち落とそうではないか!どうだ、

これなら的も壊さないで済むぞ!」

実にいい案だといった感じで得意そうな顔をした。

京や遼二は半分呆れ顔だったが、久し振りに射撃をしたくてうずうずしている様子のビルに付き合ってやるか、

という事で遼二はそこにあった弓を手にとると簡単にウォーミングアップして。

呉軍の人々も興味があるらしく何だかわくわくした様子であった。



遼二は坐射に構えた。的ではなく空の方向に弓を飛ばす為、低い位置から打つことにしたのだ。

ビルも愛用のマグナムを握れて生き生きとしていた。



びゅんっ、と遼二が矢を放つ。

その姿は普段の軟派な感じと違い、傍目から見てとても格好よく見えた。

弓を構えた時の真剣な目つき、そして何より流れるような立ち居振る舞いが人々の目を引き付けて。

遼二は親の職業柄、こういった武芸事に関しては一通り稽古をさせられていたので

その様は本当に綺麗であった。

もちろん遼二と幼馴染でやはり親同士が同じ職にあった倫周とてこれに同じで、

幼い頃から2人は嫌々ながら稽古をつけられていたのであった。

まあ、そのお陰で今、思いも寄らない所でそんな事が役立っているのだから親に感謝しなくてはといったところか。

その綺麗な振る舞いで放たれた遼二の矢が空に向かって飛んだ、その瞬間!

聞いたこともないような爆音が響いて、矢は一気に砕かれた。



飛び道具。

呉軍の人々にとっては初めてお目にかかる代物だ。

その音といい、威力といい、破壊力といい、皆はひとたび呆然、という様子で目をくりくりさせながら

不思議そうな顔をしてお互いの顔を見合わせたりしていた。

何よりどうして矢が破壊されたかが理解出来ない様子であった。

それはそうだ、放たれた矢でさえ肉眼で捉えるのは余程の距離等がないと難しいところにもってきて、

弾丸の速さが確認出来るわけがなく皆はものすごい不思議そうな顔をしていた。



遼二とビルは後を続けた。

矢が放たれ、ビルが打つ、爆音と共に確実に矢が打ち砕かれるのを見る度に皆が不思議そうな顔をする。

残りの矢が少なくなってきたところでビルが一旦下がると京が弓を構えた。

にっこりとビルが微笑み、一歩引いて京に場所を譲る。

その様子を見ていた遼二も2人の意図がわかったのか、にやり、と笑った。

遼二が矢を放つ、

その放たれた矢にもう一本の別の矢が当って落ちた!

京の打った矢が遼二の矢を打ち落としたのである。

この様子に一同は目を見張った。

信じられない!といった感じで。

一瞬にしてその場が水を打ったように静かになった。もう一度見たいと、真剣な雰囲気だ。

一度、京が引いて代わりにビルがマグナムを構えた。



遼二が矢を放つ、ビルのマグナムが火を噴く、矢が砕かれる、

次に京が弓を構える、遼二が矢を放つ、京の放った矢が遼二の矢を打ち落とす・・・



これを何回か繰り返した。

ようやくと、呉軍の一同はビルのマグナムが矢を破壊している様に気が付いたようで、歓声があがった。

この様子を一番真剣に見ていたのは孫策伯符であった。

孫策伯符、呉国の君主孫堅文台の長子である。

この孫策伯符こそ昨日の山賊戦で瞳をきらきらと輝かせていた張本人であった。

彼の隣りにはもちろん昨日の従臣もいた。

この従臣が周瑜公瑾である。

史実では有名な孫策の義兄弟でその右腕と呼ばれた男、江東の美周郎であった。

孫策は男気が強く、真っ直ぐな性格でその瞳はまるで太陽のようにきらきらと輝いていた。

的射が終わってから孫策はビルたちに駆け寄ると興奮した様子でやはり瞳を輝かせながら

夢中でマグナムを見たり話を聞いたりしていた。

呉軍の兵たちも皆寄ってきてあれやこれやと珍しそうに話に聞き入っている。

そして何よりもこの蒼国の面々の腕の達つ様子に心底驚いていた。遼二や京に群がって指導を請う者もいた。

このようにして呉軍の兵達と蒼国のメンバーの交流は深められていったのである。



ふと、孫策の視線が倫周に留まった。



昨日の奴だ!

孫策には昨日の倫周の剣さばきが心に焼き付いていたのであった。

これに関しては孫策に限らずといったところだったが。



「ようっ!昨日はすごかったなあ。」

孫策に声を掛けられて倫周はにこやかに挨拶をした。普段は無愛想などと言われているし、

実際そうなのだが、、、なにせ安曇が当初この倫周の無愛想な態度にかなり腹を立てていた位だから

いつでもそうなのかと思いきや、こういった外交手段は心得ていてきちんと使いこなしているようだ。

この様子に遼二は苦笑いをして。

あ〜あ、愛想のいい顔しやがって・・・



孫策は興味深そうに倫周を見つめると 昨日河原で見た感じと今のこのにこやかな感じがどうも

かみ合わないと思ったのか、不思議そうな顔をした。

遼二たちも恐らくそんなところだろうと思いながらこの様子を見ていた。

「倫の奴、こういう所では愛想、いいからなあ。皆始めは騙されんのよ、ま、ここは一応仕事先だから

気ィ使ってんだろ? 何たって相手は君主の長子様だしなあ。」

遼二は首をまわしながらそんな事を言っていた。

孫策はしばらくすると満足気に微笑みながら言った。

「へえ、こんなところまでそっくりだぜ!」

倫周は一体何を言われているのかと不思議そうな顔をしたがそんな様子を見て孫策は自分の側にいる

従臣の周瑜を紹介した。

「こいつは俺の幼馴染みで周公瑾というんだ、どうだ?お前によく似てるだろう?」

そう言われて周瑜と倫周はお互いに顔を見合わせてしまった。

お互いにきょとんとした表情をしている。

そんな様子が可笑しかったのか、孫策は大声で笑った。

その笑い声は実に爽やかな、晴れ渡った空のような感じであった。

孫策は弓を持ってきて構えると倫周にも引いてみないか?と弓を差し出した。

倫周はにこやかにすると この申し出を引き受けた。

孫策から弓を受け取ると、さすがに倫周はきちんと的に向かって構えた。

的は日本でいう霞的のようなものであったが、3つの輪からなるその的に向かって倫周は矢を放った。



矢は一番内側の的の輪の上に当った。

ほぼ中心に当てられたのを見て呉軍の兵士たちからは感嘆の声があがった。

皆、こちらも又すごいと感心している様子である。

そんな様子を孫策は黙って見つめていた。



次の矢が放たれる。

矢は先程と同じ的上に当った、しかも先程の矢のすぐ隣りの位置であった。

3本目の矢は・・・

又しても同じ的上に当てられた。しかも何と2本目の矢の隣りに。

明らかに意図的に当てているとしか思えない。が、しかしそんなことが出来るものであろうか、

皆はとたんに口数が少なくなって的に釘付けになっていた。

孫策はやはりこいつは弓を持たせてもなかなかのものだと感心していたが、ふと何気なしに目をやった先の

倫周の表情を見ると、一瞬ぎょっとしたような顔をした。

その視線の先に先程とは打って変わった表情、まるで別人かと思う程で、

それは確かに昨日の河原で見た時のような表情なのだが、何かが微妙に違って感じられた。

もちろん剣や弓を構えた時の表情と普段の表情は違って当たり前なのだが、

孫策は今一瞬の倫周の表情に背筋が寒くなるような感じを受けたのである。



なんだ、、?こいつ、ぞっとするような冷たい瞳をして、、一体?



そんな事を考えているうちに矢は残り1本になった。

倫周の放った矢は同じ的の上で綺麗に円を描いていた。

皆からため息があがる。一同は最後の矢がどこに放たれるのかに釘付けであった。

ふい、と孫策の視線が又 倫周に向けられて、、、



・・・・・・・・・?

なんだ、こいつ・・・?今、確かに笑いやがった・・・!?



孫策は一瞬見せた倫周の表情に寒気どころか、凍りつくような思いに駆られた。

誰しも的の方にばかり目がいっているようだったが孫策は はっきりと倫周の表情を見てしまったのである。



なんだ、こいつは、、、?

こいつにはこの的が何に見えてるっていうんだ?



倫周の最後の矢は的のど真ん中を打ち抜いた。

一瞬、どよめきが起こって、とたんにわあーっという歓声があがった。

一同が感激の大騒ぎで渦巻く様子を遠目に見ながら自身も又 凍りついたような表情を浮かべて・・・

孫策にはほんの一瞬、垣間見たこの倫周の表情が妙に頭に焼き付いて離れなかった。