蒼の国-初戦2(広大な河原で山賊との初対峙)-
「なるほど、、、背筋が寒くなる程綺麗な顔してやがる。あいつの言った事は嘘じゃねえな。

そこらの女なんか問題じゃねえ。」

そう言うと先程の幹部の男と同じように倫周の顎をぐいっと持ち上げた。

そうされて ふいと上を向いたまま、それでも倫周は何も言わなかった。

それどころかその手を払いのけようともせずに只 されるがままにしていた。

男はしばらくそうしていたが自分から手を離すと苦々しそうにしながら言った。

「お前、魔がとり憑いてやがるぜ。恐ろしい野郎だ。こんなのに魅入られたら身の破滅だなあ、

けどよ、だからこそ我がものにしたいって思うんだろうな、人間ってのは欲深な生き物だからな。

この顔の美しさで今までどれだけの人間を狂わせてきたんだ? え?

手が届かないから憧れるってな、生きてるうちに一度でもこんなのを抱いてみたいもんだぜ、、、」

男はべらべらとひとり言のようにしゃべっていたが再び倫周の顎をくいっと持ち上げると下卑た笑みを浮かべながら

低い声で言った。



「武器はいらねえ、、、お前をめちゃくちゃにしてみたい、、、この腕に抱いて、な、、、」



そう言って2、3歩さがると大きな声で孫堅の方を見ながら宣言をした。

「この男と勝負する。相手はこの俺だ。これが最後だ、後はない!」

そう言って倫周を指さした。

しかもとんでもない条件を差し出してきた。

「俺が勝ったら、俺のものになれ。その代わり武器はいらねえ、賞金はおまえだ!お前自身の身体をかけて勝負しろ。」

どすのきいた声で下卑た笑いを見せる。さすがに頭と名乗るだけあって腕は達ちそうに見えるが。

そのとき後方から又しても怒りに満ちた安曇の声が響いてきた。

「いい加減にしろっ!どいつもこいつもそんな事ばっかり言いやがってっ、、そんなに相手が欲しいのなら

お前も俺が相手してやる!叩き切ってやるっ、さあっ、、!」

もうすべてが我慢ならないと言ったように安曇の瞳は燃え滾るように男を睨み付けた。

先程の血の付いた剣を男の顔に向けて、その全身からは怒りが滲み出ていた。

慌ててビルが止めに入ったが安曇はビルを振り払うように大声で叫んだ。

「放してくれっ!俺はこういう奴らが許せないんだっ!!」

瞼を閉じて怒りに震えながらそう言うときっと、蜀軍の方を見て唇を噛み締めた。

瞳には悔し涙が浮かんでいる。

「俺はこういう奴が許せない、、、ふざけやがって、、」

そう呟くと再び剣を握り締めて叫んだ。

「許せるもんかっ!!こいつらもっ、あいつらもっ、、、!」

そうして蜀軍の方を睨み付けると同時に男に剣を突きつけた。

安曇のこの行動に呉、蜀の者達は何を意味しているのか当然わからない様子で互いに顔を見合わせながら

首をひねったりしている者もいた。

そう、たった一人を除いては、、、



この一瞬の出来事に、帝斗としてもあまり事を大きくしない方がよいと考えたのか 安曇をなだめたが、

安曇は怒りに震えながら男に剣を突きつけたまま微動だにしなかった。

だが男はなんとその突き出された剣を手で押さえると静かに下に下げたのである。

一同に驚愕が走った。安曇もあまりの事に言葉が出なくなってしまった。

静かに男が口を開いた。

「もう後はねえって言ったよな。こっちだって本気なんだぜ、その辺を解ってもらわなきゃなあ。

言っただろう、俺はこいつと勝負するんだって。こいつ自身を賭けて、な。」

低い声が不気味に響く。

辺りは又 水を打ったように静まり返り ひとしきり重たい沈黙が続いた後。



「いいぜ」



「いいぜ、勝負しよう。俺が負けたらおまえのもんになってやる、好きにさせてやるよ。」

あまりあっけなくこう言ったものだから一同は呆然となった。

男がうれしそうに下卑た笑いを浮かべた時、倫周はふっと笑いながら付け足した。



「その代わり、、、」



「そのかわり、あんたが負けたら。ここで切腹してもらうぜ。」



・・・・・・・・・・・?・・・・・・・・・・・・・・



切腹だと?

「知らねえの?切腹。じぶんで腹を切るんだよ。あんたが負けたらこの場でその腹、切ってもらうぜ。」

無表情のまま平然と言われたこの倫周の言葉に呉軍、蜀軍はもちろんのこと、この場にいた全員が騒然となった。

山賊頭の男はさすがにかっとなったらしく剣を抜いてわなわなと震えだした。

恐怖に震えているのではない、怒りに震えているのだ。先程は自分の手下が子供のような安曇にこけにされ、

今度はこんな女のような華奢な男にこんな事を言われて面子が丸潰れになったのである。

「言わせておけばっ、、いい気になりやがってこの小僧がっ!ふざけるのもいい加減にしやがれっ!」

そう言って大げさに剣を振り下ろして威嚇して見せた。

すぐ側にいた呉軍の使者などはもうがたがたと怯えきって、帝斗らの後ろに尻込みしてしまった。

そんな様子にも倫周は平然とした感じでさらりと言った。

「何で?だってそうだろう?さっきから聞いてりゃ、女だの子供だのと、いい気になってるのはそっちじゃねえか。

それに、、、この身体を、懸けるんだろ? だったらあんたにも切腹 くらい賭けてもらわなきゃ割が合わねえよ、、、」

そう言うとちらっと男の方を見て微笑んだ。

「自信がないの?だったら止める?でも、、、欲しいんだろ?この身体、、、抱きたいんだろ?俺を、、、」

そう言って男を見つめた。

軽く首を傾げながらふわりと微笑んでそう言われた倫周の言葉にさすがにぞっとしたような表情になったが

そこまで言われて最早引き下がれる状況では無いこと位男にも重々解ってはいた。

いかつい自慢の体格からして、どう見たってこんな華奢な小僧よりは自分の方に歩があると踏んだのだろう、

にやりと笑うと堂々とした態度でこう言った。

「いいだろう、そのかわり、、、後悔するなよ。」

倫周も又にっこりと微笑むとひとこと囁くように言った。

「and you・・・!」





さあ、この異様な事態に全員が騒然となってわあわあと騒ぎ出した。

あちらこちらで歓声やら驚愕やらといった感じの大騒ぎになったのである。

蒼国の側でもやはり皆が倫周の事を心配した。何分、倫周は昨夜の今日といったことでまだ体が完全ではなく

痺れが残っているのではないかと皆、同じことを思ったのである。

帝斗は心配そうな表情で倫周を見つめ、皆も又同じであった。

特に安曇はいてもたってもいられないといった様子であった。

医者の息子で多少の心得がある潤が倫周の側について手や腕などを触って具合を確かめている。

潤も又不安そうではあったが的確に倫周の状態を診て足などに湿布のようなものをしたり暖めたりしていた。

そうこうして互いの準備を整えるといよいよ山賊頭と倫周が中央に対峙した。



風が吹き抜けて呉、蜀の旗をぱたぱたと揺らす。その影から太陽がきらきらと輝きを放つ。

この雄大ともいえる対決を一同は固唾を呑んで見守った。

「倫周、大丈夫かな、、、」

心配そうに呟かれた信一の言葉に、自分に言い聞かすように遼二は返事をしたけれど。

「なあに、あいつだって自信が無きゃあ、あんなことは言わねえさ、、、ま、普段のあいつなら何ら心配はねえけどな、

今日は体調をどうコントロールするかってとこだな、、、」

そう言った言葉もやはり頼りなくて。

何かあった時の為に備えて潤が救急道具をかかえて一番前で構えていた。

その隣りに安曇もいる、潤はひとり言のように言った。



「大丈夫ですよ、倫周さんならきっと、、、!」