蒼の国-四天-
倫周が久し振りに孫策の腕の中で至福に浸っている同じ頃。

その右腕として絶大なる信頼と愛情の深かった郭嘉奉考を失った曹操は言い知れぬ怒りの中にいた。

半ば遊興気味に迎え入れた帝斗ら捕虜があれだけの待遇をしてやったにも関わらず

自分を裏切りあろうことか一番大切だった優秀な軍師、郭嘉までをも陥れ、ましてや死に追いやった

その事実を許せるはずがなかった。

こうなった今、最早曹操にとって呉国は只の力を持たない小国ではなくなった。



業火の如く曹操の怒りをのせて想像を絶する程の魏の大軍が目下に迫っていることなど、

このときの孫策は知る由もなかった。

悠久の丘に涼風が吹きぬける初秋の頃、未だ目にしたこともない程の大軍はもうすぐそこに迫っていた。

秋の名月を愉しむ宴が華やかに催されていた孫策の館内に天地を裂くような絶叫でその知らせが

届いたとき、楽しいはずの宴は一瞬にして怒涛に突き落とされることとなる。



「何だって、、っ、、、!?どういうことだっ!」

「ですからっ、魏の大軍がここを取り囲んでおりましてもうどうすることも出来ませんっ・・・

悠久の丘から向こう、肉眼で見渡せる遙か彼方まで魏軍で埋め尽くされていてっ・・・

我が軍を全て出陣させたところでもう太刀打ちは出来ませぬ・・・!」

床に頭を擦り付け、泣き叫びながら言われた老齢の軍師の言葉に孫策は呆然となった。

「何でこんなになるまで気が付かなかったんだっ、、、俺たちはもう終いだっていうのか、、、?

誰がっ、、誰が終わらせるものかっ、、!親父が懸命に築いてきたこの国を、、、

江東平定の俺達の夢をっ、、、こんなところで誰がっ、、、!」

拳を握り締め打ち震える孫策の傍らで周瑜も又美しい細い眉を顰めた。

それらの様子を黙って見ていた倫周の手が僅かに震えながら腰に携えられた朱色の剣に触れた・・・



その瞬間、けたたましい馬のひずめの音と共にビルが駆け込んで来た。

丘下に広がる魏軍の様子を見に行って戻って来たのだった。

ビルは帝斗に駆け寄り何か耳打ちをした。

帝斗はビルから戦況を聞くと蒼国のメンバーを一堂に集めて孫策の前に跪いた。

「殿、最早事態は最悪を極めましてございます。ここはどうか何も訊かずに我々にお任せして

いただけますでしょうか。この事態を切り抜けるにはひとつしか方法はございません。

どうかこれから目にされますことを黙って見守っていただけるよう、お願い申し上げます。

臣下の皆様にもどうぞその旨御触れ頂きますよう。何卒、、、」

今までに無く丁寧に頭を下げる帝斗に震える声で孫策は訊いた。

「ま、まさか又こいつをどうかしようってえのか・・?こいつを、倫周を、俺の下から又連れ出そうってのか?

おいっ、粟津っ・・んな丁寧な言葉使いなんかいらねえっ、ちゃんと・・・

ちゃんと分かるように説明しろよっ、なあっ!」

その言葉に深々と下げていた頭を持ち上げてゆっくりと立ち上がると、静かに帝斗は言った。

「では申し上げましょう。これより我々は丘下に広がる魏軍を一瞬にして壊滅させて見せましょう。

孫策さま、そのままの御井出達で結構でございます、どうぞ我々と一緒に

悠久の丘までいらして下さいませ。」

静かに孫策を見つめた暗褐色の瞳が決意を讃えている、何物にも動じない、そんな瞳で帝斗は

真っ直ぐに孫策を見つめた。



一瞬にして壊滅させて見せましょう、そう言われた言葉の意味も解らぬまま、孫策は周瑜はじめ

臣下を伴って帝斗ら蒼国のメンバーの後を追うように悠久の丘へ出た。

そこには秋の名月に照らされた魏軍の群れがまるで壮大に見事に輝いていた。



「な、、んて数だ、、、」



その光景を目の当たりにして孫策はじめ、呉の人々は思わず言葉を失ってしまう程だった。

幾百千もの魏の旗が月光に照らされてたなびく様子は敵といえども壮観というより他無かった。

帝斗は倫周らを集めて何やら耳打ちをすると静かに孫策に歩み寄った。

「殿、どうぞこちらへ。これから起こりますことをどうぞ心を落ち着けてご覧下さい。」

そう言うと倫周らを振り返って頷いた。それを合図といったように蘇芳、安曇、遼二、倫周が

四方に分かれて円を描くように向き合うとそれぞれ腰に携えた剣を引き抜いて

胸元の位置にまで引き上げた。



月光に照らされた悠久の丘で。



先ずは東の位置に立った安曇が胸元の剣を鞘から抜いて剣先を天に向けて高々と抱え上げた。

次に西に立った蘇芳が同じようにすると今度は南の倫周が同じように剣を抜いた。

最後に北を背にした遼二の剣が同じように鞘から抜かれたとき、4人の声が一斉に響き渡って・・・







「蒼の神の名に於いて我らに与えられし蒼竜の剣よ、その蒼き稲妻の怒りをもってこれを讃えん」


白虎の剣よ、その鋭き牙をもってすべてのものを打ち砕かん・・・


朱雀の剣よ、その朱き業火によりてすべてのものを燃やしつくさん・・・


玄武の剣よ、その固き甲羅の如く決意を我らに与えよ・・・!








四天の剣を使え、

この事態を報告した潤のコンピューターに高宮から指示が入ったのは間もなくのことであった。

絶大なる曹操の怒りを伴って送られたこの大軍に放っておけば呉国が呑み込まれるのは

目に見えていた。

基より曹操もそのつもりでこれだけの大軍を送り込んだのであって、

この戦いですべてを終わらせるつもりでいたはずだ。

だが魏国を縮小させる任務にあった帝斗らにとってこの最悪ともいえる事態を逆手にとって

ここで一気に魏軍を壊滅させるには又と無い機会であった。

その為に四天の力を使えとの高宮からの指示であった。






倫周ら4人の呪文の言葉と共に天に向けられた四天の剣はそれぞれの剣先から僅かに光を放ち、

それが次第に明るさを増して目にも眩いばかりに輝きだしたとき、東の空より蒼い竜の姿が

浮かび上がった。

次に西の空に白い虎が、南の空に赤い鳳凰が、そして最後に北の空より黒い玄武が姿を現した。

秋の名月を囲むように四方から浮かび上がった4つの神の姿に孫策はじめ呉の人々はもとより

魏軍からも感嘆の声があがった。

秋の心地よい涼風に吹かれた悠久の丘に一瞬にして閃光が走ると耳をつんざくような轟音と共に

空が真っ白に染まった。



あまりの音と閃光に一瞬すべてのものが止まってしまったような感覚に襲われたその直後。



空一杯に広がった白い閃光が薄れ辺りに闇色が戻ったとき。



まるで何日にも渡った壮大な規模の戦が終わった後のようにひっそりと静けさが包んだ。

その光景に人々は目を疑った、あれだけの数の魏軍が一瞬にしてすべて消滅していたのである。

輝いていた壮大な数の魏軍の旗はぼろぼろに燃やし尽くされ絶大な数の兵士たちは

すさまじいまでに死体となって丘下に横たわっていた。

目の前で起こったことが誰も信じられずに、その真っ青な顔で孫策がようやく口を開いたとき、

悠久の丘に現実が戻って来た。

涼風が身体に心地よく吹き付けて、、、



「何てこった・・・粟津・・・?お前、一体何を・・・何をしたというのだ・・・」



静かに孫策の前に跪くと帝斗は言った、普通の人間にはおよそ理解するのが困難なことを。

「我が国に古くから伝わる四天の神の力です。我々はこの為にここに来ました。」

そう言われたって・・・



そんなこと直ぐには誰もが信じられるはずも無く、だが目の前に広がる光景は紛れも無い事実あった。

真っ青な顔を歪めながら孫策は震える身体を抑えるように眼下を見渡した。