蒼の国-至福-
その日以来、あれほど執拗だった暴徒たちの訪れがぱたりと止んだ。

あれ以来周瑜は室に訪れることもなくなり顔も見てはいなかった。

公瑾・・どうしてるだろう・・・

すっかり傷も治って倫周はいつものようにひとり執務室でぼうっと考え事をしていた。

何故あれ程までに自分にしつこく付き纏っていた暴徒たちが止んだのか不可思議ではあったが、

その理由は何となくわかっていた。

恐らく周瑜が自分の元を去ったからだと、倫周は確信していた。

きっと周瑜は帝斗を訪ねたであろう。そうして自分と別れて生きる事を帝斗に告げたであろう。



、、、もうすぐ、帝斗がやって来る、俺のところへ。きっと心配したような表情で俺を見つめるだろう。

そうしたら俺はきっと配属を変えられて、公瑾とは離れた部隊に行くんだろう。もしかしたら

この世界からも脱退させられるかも知れないな。蒼の国へ連れ戻されて、全然違った仕事に就いて。

それならそれで、いい。 楽になれる。 又 昔に戻って、好きなように、気のむくままに。

誰を愛することも無く、誰からも愛されることも無く、昔に戻って。俺にはそれが似合ってる。

その方が自然なんだ。

もうすぐ帝斗がやって来る、、、

ほら・・・足音が、だんだん近付いて来る・・・あしおとは、

もうすぐそこまで・・・・・





がちゃり、と扉の開く音が響く。

ああ、帝斗がやって来た。俺を迎えに。

解っているよ、今、行くから。 怒らないで、話を聞いてよ。

ねえ、帝斗、、、、

ふいと、倫周が振り向いた瞬間。



身体に鈍い衝撃が走った。何かが自分に入り込んでくるような、鈍い痛み。



自分の身体に何かが入り込んでくるような鈍い違和感が短刀だと認識した瞬間に倫周は目の前の、

恐らく自分を刺したであろう存在にしがみ付いた。

ああ、さっきの鈍い感覚は。これだったのか。だけど何で、帝斗が俺を?

もしかして、怒ってるのかな?

いつもいつも問題ばかり起こすから。 又 示しが付かないって儀式でもするつもりなのかな?

倫周はそんな事を考えながら帝斗の方を見上げようと顔をあげた。



・・・・・・・・・・・・・・・!

こ、この服・・・?この、香り・・・

公瑾・・・?

まさか・・・何で公瑾、が・・・・?

倫周は腹部を押さえながらその顔を見上げた。やはりそれは

「公瑾・・・」

何で 何で? 俺を・・・



周瑜の手には短刀が握られていてそれはそのまま倫周の腹部に刺されていた。

とっさの、思いもしない出来事に倫周は事態が考えられなかった。

不思議と痛みも感じられない程。只、不思議だった。

周瑜の行動が、只、只、不思議に思えて。 

たった数日会っていなかっただけなのにその香りがすごく懐かしく感じられて。そして倫周は

頭上に降りそそぐ夢のような言葉を聞いた。



「倫周、お前は私のものだ。私は、お前を誰にも渡さない。お前を絶対に離さない。

たとえお前がそれを望まなくても。絶対に離さない。離れることは許さないからそう思え。

そう、誰にも渡さない・・・・

たとえそれが誰であろうと。誰にも、

そう、伯符にも!渡さない。 離れることは、許さない。

もしもお前が私の元を離れたいというのであれば、

行かせない。たとえお前を、殺してでも・・・・!」

倫周にとってそれはとっさには信じられない夢の中のような言葉であった。

うれしくて、こんなに想ってもらえる自分が只うれしくて、幸せで、どうしようもなかった。

このまま本当に周瑜の手に係って死んでしまえたらどんなに幸せか、そう思った。

心は温かくて、ものすごく満たされて。



、、、けれど、けれど、だめなんだ公瑾、俺たちが愛し合えば、俺たちが又一緒に生きれば、

あいつらがやって来る。あいつらの手から逃れることは出来ないんだ。

俺は、どうなったって、いい。でも・・・

公瑾を、あいつらの手にかけるのだけは、この目で見たくない。絶対に嫌だ。

でも俺達が一緒に生きればあいつらは必ず又やって来る・・・

許してくれ、公瑾・・・

俺たちはこういう運命なんだ。だから俺は、あえて自分の心に無いことをあなたに告げるよ・・・



「俺は、あなたを、愛せない、、だから、一緒には、いられ、ない、、許してく、れ、公瑾、、、」



倫周は腹部に力を入れると刺さった短刀を抜き取るように身体を離した。

鮮血が、溢れ出る。

倫周は続けた。

心にも無い事を云わなければならない、こうするしかこの愛する人を守ることはできない、

身を引き裂かれるような想いを抱えながら、周瑜を突き放す最後の言葉を。





周都督が蒼国の誰かを刺した!という情報が津波の如く館中に広がって。

この騒ぎに何事が起こったかと皆が集まって来た。呉軍の武将達はじめ、兵士やら軍師やら

もちろん蒼国の帝斗たちも騒ぎを聴いて駆けつけて来て、この場は一瞬にして騒然となった。

さあ、これだけ大勢の人々の前で言えばもう公瑾に被害が及ぶこともなくなるだろう。

これは好都合だ、最後に神様が与えてくれたチャンスだ、、、倫周はそんな事を考えていた。





「公瑾、俺はあなたを愛してなど、いない、、

あんたと遊ぶのは、た、いくつ、なんだ、、他に、、、

もっと、、よく、してくれる、、奴ら、、と、自由に遊び、た、い、、

あんただけに、、縛られるのは、ごめ、ん、、だ、、、

それ、に、、、いくらあんたが、俺を、、、そんな、剣で、、、刺し、、、っ、、

刺したとしても、、俺は、死なない、、、死ねない、んだ、だから、、もう、、、諦めてくれよ、、、」



とぎれとぎれに必死の思いで囁かれたこの言葉に。

それでも周瑜は顔色一つ変えなかった。

そして、もう一度勢いよく短刀を振り上げると倫周の腹部に突き刺した。



「・・・・・・・・・・・・・・・っぐ・・・・っ・・・・・」



さすがに倫周は床に崩れて。

取り巻いていた者たちはもう騒然となって、血が噴出して床一面が鮮血で染まる。

見ている者たちはこのあまりの恐ろしい光景に凍り付いてしまった。

にもかかわらず、周瑜は自分から刺した短刀を抜いて取った。刃を引くときに又鮮血が走る。

あまりの衝撃に倫周は吐血し、ぼたぼたと大量の血が床一面に滴り落ちた。

見ていた者たちの中にはその場で腰を砕く者や貧血をおこしてひっくり返る者も出た。

帝斗はじめ蒼国の面々もこの異様な事態には言動を失った。

が、しかしこの事態を止めに入ろうと誰かが動こうとしたとき、、、、



「嘘をつくな!私には解っている。お前は私を愛しているっ!違うとは言わせないぞ!

もしも、

もしも本当にお前が私を愛していないとしても、云ったであろう、

私の側を離れることは許さないと。

たとえお前を殺してでも・・・・・・!」

そうして倫周の襟元をつかむと床に這いずった身体を引き上げた。

あたりは壮絶な空気に包まれて。



「、、、だ、、だか、ら、、言ってる、、だろ、、お、れは死ねない、、んだって、、、」



「死ねないのなら!死ねないのなら、何度でも殺してやる、、!

お前の傷が回復するのを待って!

何度でも、この手にかけてやる!お前が解るまで、私の気持ちを理解できるまで何度でも、だ!」



周瑜はその美しい瞳を涙に滲ませながら蒼叫ぶと、勢いよくもう一度振り上げた剣で、、、

剣で倫周の胸を、貫いた、、、



解ってくれ、倫周、素直になってくれ、どんな障害も乗り越えよう、

2人で一緒に、私はそう云ったであろう?

あの春の日に、あの木の下で、そう云ったはずだ・・・



「倫周、お前の全てを私に預けろ!苦しいのなら私にあたっていい!

哀しいのなら私の前でだけ泣けばいい!

お前の全てを受け止めてやるから、安心して、私に預けろ!」



解ってくれ、倫周、辛いことがあるのなら、苦しいことがあるのなら、

一人で抱え込まずに私に言えばいい、全てを私に見せてくれ!

そう云ったはずだ・・・

ずっと一緒だ、辛いときもうれしいときもずっと一緒だよ、

倫周・・・だって私たちはひとつなんだから、私はお前を愛しているんだから・・・・



白い細い指先が求めるように空を切り、

倫周は周瑜の胸に崩れて落ちた。

もう言葉を話す力は残っていなかったが、その顔は幸せで満ちあふれていた。

もう、いい、何もいらない、そうだね、公瑾、すなおに、なって、あなたと、いっしょに・・・・

空に漂う指先を、崩れ落ちる細い身体を周瑜は抱きとめた。

倫周は微笑んで。

ありがとう公瑾、今度生まれ変わったら、誰よりも最初にあなたに会いたい、あなただけを愛したい、

孫策よりも誰よりも、あなたに先に巡り合いたい・・・



「こう、き・・ん・・・愛・・し・・て・・・」



がくりと、倫周は意識を失った。愛し、愛されたその人の腕の中で。



お前の最期の言葉。何と言ったのか。公瑾、愛して・・・

愛して、いただったのか。それとも愛して、いるだったのか。

そう 愛して、くれてありがとう、だったのかも知れない。

お前が目覚めたら聞いてみような、倫周。

お前が目覚めるまで私はずっと、ずっとこうしていてやるよ。ずっとこうして、そう・・・

もう片時も離れはしない・・・・!

周瑜は倫周の唇に自分の唇を重ねると そっと愛しむようにその顔には笑みさえ浮かべていた。

吐血した倫周の血が周瑜の唇に移り、2人の白く綺麗な顔を紅に染めていった。

周瑜は倫周を抱きしめながら頬擦りをした。

その様はまるでまるで至福といった表情で。



皆が泣いていた。この事態に周りを取り巻いていたその場の全員が。

恐怖に涙する者、感動に涙する者、理由は様々であったが皆が一斉に涙していた。



ーーー公瑾っーーー



そう叫ばれた声に、皆が振り返った。その声の持ち主の方へ。

「すまぬ公瑾、許してくれ、、、!」

周瑜の前に出て跪き、許しを請う、その人は、、、!