蒼の国-落雷- |
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その日は明け方から雷鳴が轟き、朝になっても空は黒い雲に覆われて当りは暗かった。
時折割れるような音と共に閃光が走り、瞬間真っ白な空間を映し出すその様はまさにこれからの
運命を映し出す、予兆ともとれるかのようだった。
周瑜は出陣に向けての会議で今朝は早くから出ていた。
倫周が執務に出ようと周瑜より遅れて周瑜の室を後にしたその時。
雷鳴の中、此方に向かって歩いて来る人影にひとたび足を止めた。
轟音と共に 閃光が走る。
映し出されたその人影を確認して、倫周は頭を下げた。
「おはようございます、殿。」
返事は、無い。
「あの、周都督でしたら今朝方から館の方で会議に出られるとの事で、、、あの、殿、、?」
よく通る綺麗な声だ。 若い頃の周瑜を思わせるような佇まい。その様はすぐ側で見ると
目を奪われる程 美しかった。
まだ無言のまま、ゆっくりと近付いて来る、ときの君主 孫権の瞳を今ひとたびの閃光が
真っ白に映し出し。
射るような瞳で倫周を見つめながら、孫権の心はぐらぐらと煮え立つような思いに駆られていた。
行き届いた仕草。どれひとつをとっても。時折、閃光に映し出される白い肌。美しい顔立ち。
こいつが、、、
こんな何も知らないような顔をして、あんなことを、、、
孫権は倫周の目前まで近寄ると、いきなりその襟元をつかみあげて側にあった樹木の幹に
叩き付けた。
「と、殿、、!?」
倫周は何が起こったのかわけがわからずに・・・
何故?と訪ねようとした瞬間、孫権の手はつかんでいた倫周の襟元を引き裂いた。
「やっ・・・・殿っ、何をっ・・・・・」
あまりの突然の出来事に抵抗の声も びくびくと怯えていて。
孫権は倫周の細い身体を引き寄せると引き裂いた衣を更に引き剥がしてその白い肩を露にした。
「とっ・・殿っ!?」
現れる、白い肌。 そのところどころに散った紅い印、、、
それらを怒りに蒼白く燃えている瞳に映し出したとき、孫権の中から完全に理性が失われた。
「この、色情狂めっ!」
信じられない言葉が轟いて。
倫周はその全身から孫権の自分に対する憎しみを感じ取った。
孫権は倫周の右手を捻り上げもう片方の手を横に押さえつけると耳元までぐいと顔を近付けて
怒りに震える声音で囁いた。
「綺麗な顔をして、何にも知らないような顔をして、、、兄上にあんなに恩を受けておきながら、
あんなに寵愛を受けておきながら、兄上が居なくなったらもう公瑾を抱き込んで、、、
私が何も知らないと思っているのか?お前は、兄上と、、、兄上だけじゃなく、父上とも、、、!
そして今度は公瑾と!
許せぬ、、、!!」
「なっ・・・何のことをっ・・誤解ですっ・・・・」
とっさにそう言った言葉が更に軋むような怒りを生み出して。
孫権の顔が苦渋に歪んだ。
孫権は痣になる位の強い力でつかんでいた倫周の肩から手を放すと、そのまま白い肌を
弄るように指を這わせた。
それと同時に蒼白く色を失くした唇が胸元へ運ばれて。
「やっ・・・やめて下さい、殿っ、何を・・!?」
発せられた倫周の抵抗の言葉が孫権の心に更なる憎悪の感情を生み出して。
すさまじいまでの激情が雷鳴と共に炸裂した。
「お前はこうして欲しいのだろう!?相手なんて、誰だっていいんだっ、そうだろう!?
だから兄上を、、父上も、、公瑾もっ、、、だから!
望み通りにしてやるっ、お前の望み通りに!」
孫権は倫周に襲い掛かるとまるで強姦をするかのようにその細い身体を弄った。
「待ってっ、待ってください・・・殿っ やめて下さいっ・・・・」
「煩いっ!私に逆らおうっていうのか?兄上や父上や、公瑾ならよくって私なら嫌だとでもいうのかっ!?
好きもののくせにっ、お前など抱いてやるのだ、有難いと思えっ!」
最早 押しとどめようの無い程に荒れ狂う激情と共に孫権の手が倫周の熱いものに伸ばされて、、、
「やっ・・ぁああ・・っ・・・」
何で・・・何でこんな・・・こんなことって・・・・
「や・・嫌・・・っ・・殿っ、殿っ・・!」
「うるさいっ!何が、、、嫌だと、、?
もうこんなになっているくせに?
いいのだろう?正直に いいって言えよ? このっ、、、淫乱めがっ!」
何で・・・? 何で こんな・・・
孫権にその熱いものを掻き乱されながら、その言われている言葉も、されている行為でさえ
何もかもが信じがたく、理由も解らずに頭の中に靄がかかっていくようだった。
次第に倫周の意識が遠ざかる・・・
轟く雷鳴も。 激しい怒りの込もった孫権の声も。
すべてが現実のものではなくなっていくようで。
霞んでゆく景色。 失われてゆく感覚。
倫周の瞳は開いたまま、もう何も映してはいなかった。
ぽつり、ぽつり、と雨粒が落ちてきて、当りは大雨になったが倫周はその場を動くことが出来なかった。
あまりに衝撃的な出来事。
激しい怒り。
哀しい憎しみ。
突然の 臓腑を引き裂かれるような感覚。
何も考えられない。何も考えたくない。
倫周はこの後自分に降りかかる憎悪の嵐を予感出来ずにいた。ただ、先程起こったことが信じられなくて。
それさえ現実のものとして映っていなくて、、、
夕刻の迫った頃、雨も上がり あたりは眩しいばかりの夕陽が照らしていた。
あのまま眠ってしまったのか、意識を失ってしまったのか、ごろごろと身体中を転がされるような感覚で
倫周は意識を取り戻した。
人の気配がする。
数人の、気配。
意識が戻ると全身を引き裂くような痛みが襲ってきて、とっさには自身に起こっていることが
把握さえ出来なくて。
「お!気がついたようだぜ。」
うすら笑う 男の声に倫周は顔を上げた。
と同時に突然、飛んできた拳に張り倒された。
気付くと数人の男に押さえられていて。
先程の体を転がされるような感覚、それは男達の蹴りによるものだった。
「なっ、、、何だ!?お前達は、、、!?」
ふふふふふ・・・・・
「あんた、自分の置かれてる状況わかってねえなあ。」
誰かが言ったそのひと言に にやにやとまわりの男達が釣られて笑い出した。
まるで獲物を狩るハンターのように、ぎらぎらと汚い微笑み。倫周はやっと事態に気付いたが、、!
「やっ、、、止めっ ろっ、、!!」
だかすぐさま男達の手によって倫周の衣はずたずたに引き裂かれ。
白い肌を這う手、汚い手が全身を這い回って。
「いやあっ・・ぁっ・・止めろ!!放・・せよっ・・」
必死に逃れようとするが相手が多すぎて身動きが取れない。
それでも何とか抵抗しようとする倫周の意思を粉々に砕いたその一言。
「だっておめえ、こうしてほしいんだろう? そうやって俺達ぁ 孫権様に直々に頼まれたんだぜ?」
なっ・・・? 何て・・・・・
強張っていた全身から、がくがくと力が奪われて。
これは悪夢か?こんなことって・・・
今朝方の記憶が蘇る。
ああ、あの方はこれほどまでに俺を憎んでいる・・・
記憶が遠くなる。目の前が霞んで。
倫周の瞳にはもう 何ものをも映らなくなっていた・・・
嫌なことさえ、辛いことさえ、すべてが映らない・・・
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