蒼の国-幼馴染みの縁- |
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周瑜は自室でしばらくの間考え事をしていたが、何かを決心したように立ち上がった。
こんなことを繰り返していたのでは孫策にとっても倫周にとってもよくないと思い、
思い切って蒼国の幕舎を訪ねてみようと思ったのである。
だが、実際に訪ねようとなると果たして誰を訪ねていいものやら少々迷っていた。
うかつに話を切り出して、もし何かまずい事になったらいけないし、何より訪ねた人物が
帝斗本人であったりしたらより悪い方向へ向かってしまうのではないかと思うと
なかなか行動に出られなくて困っていたのである。
そんな折だった。 蒼国から周瑜を訪ねて面会に来た者がいた。
周瑜は一瞬戸惑ったが面会を受ける事にした。
周瑜が出て行くと、面会に来ていたのは遼二だった。 遼二は周瑜を見ると丁寧に礼をして名乗った。
「突然にすみません。私、蒼国の鐘崎遼二と言います。今日は少々お話がございまして。」
「鐘崎、遼二、さんですか、、、?」
「あ、はい。私はいつも甘興覇将軍のところでお世話になっている者ですが。」
ああ、聞いたことがあると周瑜は思った。
見た目は派手そうな感じに見えるがこうして話してみると誠実そうな青年だ。
何より名を遼二というのだから帝斗でない事は確かだ、
これなら話してみてもと思ったが遼二の方から先にそれは切り出された。
「実はこちらでお世話になっている柊倫周のことについてなのですが。
遼二がそこまで言うと周瑜は一度話を切り上げて、遼二を散歩に誘った。
そよ風の心地よい悠久の丘を歩きながら遼二は周瑜に尋ねた。
「変な事を訊いて申し訳ないのですが、あいつ 何かこちらでご迷惑をおかけしていないかと
ちょっと気になったものですから。 ああ、あいつは、その、俺の幼馴染みでして。」
「幼馴染ですか?」
「ええ、そうなんです。あの、特に変わった事がないんでしたらいいんですが、その 何ていうか
あいつはちょっと変わってる奴でして、、、」
何か言いたそうなのだがうまく説明ができない、といったふうである。
遼二のそんな困ったような様子を見て周瑜が切り出した。
「実は私の方からもお訪ねしようと思っていたところでして、只どなたに訊いていいものやら少々
迷っていたところだったんです。あなたにならご相談できそうですね。」
そう言うと周瑜は少しずつ慎重に話し始めた。
「実は倫周殿は先日少々怪我を負われまして・・・」
怪我?ですかと遼二が不安そうに訊いた。
「ええ、いえちょっとした誤解がありましてね、こちらの孫伯符と少々やってしまいまして。」
遼二は慌てた。
「孫伯符って孫堅様のご長子の、ですか?一体あいつ何をやらかしたんでしょうか?」
「ああ、悪いのは伯符の方なのですよ。彼がちょっとした誤解を致しまして倫周さんを殴ってしまったんです。
倫周さんと孫堅様の事で・・・」
周瑜はそう言うと ちらりと遼二の方を見て様子を伺った。
この先をどう話してよいものか迷ってひととき間をおいたのであったが、遼二の顔色が真っ青に
なったのを見て少々驚いた。
「あ、あいつ、まさか、、、!?そんな大それた事を!?」
遼二が周瑜の顔を見つめる。
その表情に周瑜は何かを見てとった。
「あなたはご存知なのですね?」
質問されている意味がわかります、といったように周瑜を見つめる黒曜石の瞳が揺れて。
そんな様子に周瑜は先日からの経緯を粗方話した。
遼二は非常に驚いた様子であったが、それなら自分の疑問にも合点がいったという表情をした。
「そうでしたか、、、そんな事が。俺もそんな事になってなきゃいいと心配していたんですが、、、
本当に申し訳ありません。それでこれからあいつはどうなるのでしょうか?あまりご迷惑をおかけしても、
その、軍の足を引っぱるような事では申し訳ありませんし、、、」
真剣に尋ねる その表情に周瑜はにっこりと微笑んで言った。
「もう少し、こちらで彼を預からせてくれませんか?これまで通りに。
今のお話は他の皆様にはう少々控えておいて頂いて・・・ああ、もちろん、
もうお怪我をさせる様な事は致しませんから。」
倫周の事を他人がこう真剣に考えてくれたのが遼二にはとてもうれしかった。
遼二はこれまでの倫周のことを少しずつ周瑜に話した。
むろん自分と倫周との関係も幼い頃からの話も含めて、それ故自分が彼を心配して
ここに来たこと等を話し、少々変わった奴ですがと言って頭を下げた。
「すみません、お願い致します。もし何かありましたらすぐに私に言って頂ければ飛んで参りますので。」
周瑜は遼二がいかに倫周を心配して来たかがわかる様な気がした。
そして別れ際に 一番尋ねたかった事を訊いてみる事にした。
「ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか?あなたは”帝斗”という方をご存知ですか?」
遼二は はっとした表情で周瑜を振り返った。
「ご存知なのですね。」
帝斗とは一体どなたのことです?そう尋ねたい周瑜の瞳が重ねられて・・・
遼二は少々苦しそうな表情をしていたが周瑜を見つめると思い切ったように言った。
「やはり、そうですか、、、俺、俺でお役に立てる事があったらすぐに呼んで下さい!本当に、、
何でもしますので、、、!」
帝斗・・・粟津帝斗です。
え・・・・・?
周瑜は一瞬 息を呑んだ。
遼二は もう一度深く礼をするとそれ以上は何も言わずにその場を後にした。
周瑜は館への帰り道をいぶかしげな顔で考え込みながら歩いていた。
粟津帝斗だと、、、?あの、粟津殿が?
どうにも信じがたいと言った感じであったが遼二にも実際のところは詳しくわからないと言われていたので
いろいろと想像してみたのだが。
やはりどうにもうまく繋がらない。
孫策の話では倫周は帝斗に想いを寄せているようなのだが遼二の話では帝斗の方はそうでもないらしいし。
実際、これまで自分も粟津とは何回か接する機会があったが、どう見ても端整な紳士といったところである。
そんな人間が孫策の言うように果たして倫周に何か如何わしげなことをしていたとはとても思えなかったが
さて、このことを孫策に何と話そうと考え込んでしまった。
とりあえず遼二から聞いた倫周の幼少の頃からの話等を伝えようと孫策の室へ向かった。
午後になって孫策のところへ周瑜が訪ねて来た。
「ああ、公瑾か、入れよ。」
いつものようにそう言ったが孫策はなんとなく元気がない様子だった。
具合でも悪いのかと尋ねたがそうではないらしい。只 なんとなく沈んでいる、といった様子である。
「なあ 公瑾、、、俺少し変、なんだ、、、」
珍しく自信なさげに孫策が呟いた。
変って?
どう変なのかと尋ねたがなんだかもごもごと口篭っては俯いたりしている。
「あの、実はさあ、ちょっとあいつ・・・
そう、そうなんだ!今日はさ、あいつどうしてるかなあ、いや、もうそろそろ剣の稽古でも出来っかなあと
思ってさ、ほら俺もこのところさぼってたしなあ・・・?ははは・・・」
とわけのわからない事をべらべらとしゃべっては笑ったりする。
・・・・・・?
周瑜は初め不思議そうな顔をしていたが はっと気が付いたようにすると孫策の顔をじっと見た。
「な、なんだよぅ、公瑾・・・?」
たじたじと孫策は繭を顰めて。周瑜は思わずそんな様子が可笑しくなりくすくすと笑い出した。
そして少々意地悪そうな笑みを浮かべながら
「伯符、それ、恋煩いだ!」
そう言ってじっと孫策の瞳を見つめた。周瑜の瞳が意地悪そうに微笑っている様子に
「ええー!?」
とすっとんきょうな声を出したかと思ったら孫策が怒り出した。
だがその顔は真っ赤に染まって締まりがつかない。 周瑜はそんな孫策の様子を
非常に楽しそうにからかっていたが先程の話を伝えなくてはと思い、居住まいを正して話し始めた。
今日 遼二が訪ねて来た事、倫周の幼少の頃からの話、遼二との関係やそれに至るまでの経緯など、
先程聞いた事を順を追って話した。
孫策はさすがに驚きを隠せないといった様子で表情をころころ変えて周瑜の話に聞き入っていたが、
話を聞き終えるとふーっと深くため息をついて視線を落とした。
その瞳がなんだか寂しそうに見えたが、周瑜は一番大事な事を伝えなくてはと思いそっと話し出した。
「帝斗ってな、、、」
そう言うと孫策がすぐに反応した。
真剣な瞳で周瑜を見つめる。
「”帝斗”とは”粟津帝斗”だそうだ、、、」
そう言うと周瑜も視線を落とした。
孫策がどう思うだろう、等と考えるとまともに顔が見られなかったのである。
が、しかし孫策はそれを聞くとすっくと立ち上がって、にこやかに笑うと周瑜に向かって元気よく言った。
「公瑾、すぐに馬を回せ!蒼国の幕舎に行くぞ!」
!?
おいおい、いくら何でも唐突過ぎないか?と一瞬周瑜は心配そうな表情をしたが、孫策の言葉が
自信に満ちていてその表情がきらきらと輝いて見えたので不思議な感じで立ちすくんでしまったのである。
そんな周瑜の背を押すようにして孫策が弾んだような顔をしている。
でも、でも、、、
「お、おい、伯符、、、一体どうするつもりだ?」
慌しく支度を始めた孫策にやっとの思いでそう声をかけた。孫策は支度の手を止めてくるりと
周瑜の方を向くと明るく微笑んで言った。
「あいつを貰いに行く!」
・・・・・・・・・?
え? と周瑜が不思議そうな顔をすると更に微笑んでこう言った。
「粟津に会って倫周を貰う。ちゃんと話をして倫周を俺の専属の護衛に就けてもらう様にするんだ。
これからすぐに蒼国の幕舎へ向かう!お前も付いて来い!」
周瑜はあまりに突然の事にびっくりした様子だったが、ふっと微笑むと礼を正して孫策の前に屈み、
「お供いたします。」と頭を下げた。
周瑜は感じたのである。ああ、これでこそ伯符だ、と。自分の感情に真っ直ぐにどんな障害もものともしない、
只ひたすらに前を向いて突き進む、 これでこそ孫伯符だと。
周瑜は久し振りにうれしかったのだ、こうあるべき親友の真の姿を見た感じがして。
又倫周のことも不思議とこの2人なら幸せになれる、そんな予感がしたのであった。
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