蒼の国-奈落決壊-
夜半近くになって倫周は意識を取り戻した。

ふと目覚めれば、身体中を掬われるような恐怖感が全身を包み込み、少しときが経つにつれて

次第に蘇ってくる最悪の記憶に、気が違う程の嫌悪感が襲った。

「、、、っは、、っ、、、ぁああ、、っ、、、

ああ、、や、、、いや、、あああああああっ、、、、」

両肩を包み込むように自身の腕で力の限り抱き締めながら、

気だるさを伴うほどに冷たくなった足元に手をやろうと下を向いた瞬間に、一糸纏わぬ自身の肌が

大きな瞳に飛び込んできて、倫周は 又しても狂気に駆られた。

「やぁ・・・や・・やだやだっ・・やめて・・・・やめてよぉっ・・・・・」

狂ったように辺りのものに触れては逃げて、又 触れては放す。

床に落ちていた自分の着物を見つけると探るように、縋るように、一目散にそれを手に取った。

あ・・あっ・・・・着物・・・俺の・・・・・

震える手でどうにかしてそれを纏い、やっとの思いで帯を締めると 突然に悪寒が襲ってきた。

「、、うっ、、、」

や、、、気持ち悪い、、、頭が、、、割れるように、痛い、、、

「あ・・ぁ・・たすけて・・・誰か・・・だれ・・」

意識がはっきりするごとに 身体の芯がひりひりと疼くような痛みに襲われて、慣れない強い酒を

大量に流し込まれたせいで気分は悪く最悪だった。

辛くて、苦しくて、ともすれば死んでしまった方が楽なんじゃないかというくらい惨い状態に

たまらずに倫周は床に横たわってしまった。



真っ暗な闇の中に、ひとり横たわって。

左程 広くもない室の中には酒の臭いが充満して余計に気分が悪かった。

戸を開ければ、少しは楽になれるのに、、、ああ、あそこまで行く、、、気力が、な、、、い、、、


しばらくそのままじっとしていたが、ほんの少し息通りが楽に感じられるようで、倫周は

うっすらと目を開けた。

側に人の気配を感じて。

次の瞬間、眩しい感覚に一瞬瞼を霞めるとそこには周瑜が蝋燭に火を点して立っていた。

「倫周っ、、、、!?」

ぼんやりと照らし出された室の床に倫周は横たわっていた。

「周瑜・・・さま・・」

弱々しい声が、そう呼んで倫周は再び床にうな垂れて落ちた。

「倫周っ!倫周っ、、、

何があったというのだ、、どうしたんだおま、、、え、、、」

周瑜は慌てた様子で倫周を抱き起こそうとして驚いた。

真っ青な顔、乱れた襟元からは身体のあちこちにどす黒い痣がうかんでいて。

いったい、、どうしたというのだ、、、?

昨日一晩ここを訪れなかった間に、何があったというのだ?

周瑜は驚愕した。



「馬に、、馬から落ちて、、、」

やっとの思いでそれだけ言った、倫周の唇は色を失くして真っ白だった。



馬から落ちた、だと、、、?あんなに機敏なお前が、、、?信じられない、でもこの体中の痣は?

本当なのか?本当に落馬したというのか?

「倫周お前、、、酒の匂いがする。酒など飲んだのか?そんな体で、、、」

周瑜はとっさに浮かんだ得体の知れないぞっとするような予感に恐る恐る探るように尋ねた。

「あ、あぁ・・あんまり、辛かったから・・・少しだけ・・・・・」

周瑜はこの短い間のやりとりでは理解ができなくて困惑していた。



落馬したというのならわからないではない、けれど何で落馬なんか?

周瑜には目に見えない、何かに心を裂かれる様などす黒い感情が浮かんでいた。

恐怖とも何ともつかない様な感情が。

とにかく倫周を寝かせて傷の手当てをしてやった。

薬を飲ませるとしばらくして身体の方は大分様子が落ち着いてきたようだったが

周瑜は倫周の寝顔を見ながら見えない不安に刈られていた。

翌朝、本来ならずっと側に付いていたかったが、このところの出陣を控えた会議が

どうしても抜けられず、致し方なく周瑜は室を後にした。

「今日は早めに戻るから、安静にしているのだぞ。」

そう言って。後ろ髪を引かれる思いで出て来たのだが。



悪夢はまだ幕を開けたばかりであった。



周瑜が仕事に向かったのを見届けて、ほっと寝台の上で少し眠ろうとした。

昨夜よりは少し楽になって、このまま少し眠りたいと瞳を閉じたときだった。

がたがたと戸口をこじ開ける音がして。

昨日の男達が倫周の室へ入って来た。

、、、、、、、、、!!

「なっ、、、お前たち、、」

倫周は愕然とした。

男たちの姿を見た瞬間に頭に杭を打ち込まれたかのように呆然となったまま、

もう言葉を発する気もしなかった。

男達は倫周に近付くとその身体を拘束し、昨日と同じようにするつもりだった。が、

倫周の身体が本能で動かされ。幼い頃から狂気のように身に付けた感覚はたとえ具合が悪くても

とっさに反応して、一気に男たちを捻り飛ばした。



「俺に近寄るなっ!今度この身体に触れたら、、、お前ら全員生きては帰れないと思えっ!」

倫周のその姿はさすがに迫力はあったが。

だがそんなことは次の瞬間にはまるで紙切れのように吹っ飛んでしまった。

「あ、痛てて、、、っ畜生!だからこいつは油断するなって言っただろうよ、、、っく、、、っ」

男はようやくと立ち上がると舌打ちをしながら苦々しく笑って信じられないような事を言った。

「よくわかった。おめえにはもう手を出さねえよ。だが、、、代わりに周都督にお相手願おうってもんだ!

まあ、どっちにしろ似たような綺麗な立ち顔だしな、こっちとしちゃあ、どっちだって構わねえんだ。

じゃあな、兄ちゃん 明日からはもう来ねえよっ 安心して眠れよ。、、、へっ、、」



、、、今、何て言った、、、こいつら、、、?代わりに、だと、、?



周瑜を代わりに、、、?だと、、、

とっさに浮かんだ地獄のような光景に倫周の頭の中は真っ白になって。

「待っ・・て・・・・待ってくれ・・」

男たちが室を出て行こうとした時、倫周の押し殺したような声が聴こえて。

「もう何も言わない、好きなようにしていいから、この俺を、おまえらの好きなように、、、

何でもさせてやるから、、、都督にだけは、手を出すな、、、手を出さないでくれ、、、」

男たちは互いの顔を見合わせると倫周に向かって戻って来た。

倫周にはもう何も見えない、何も聞こえない、考える事もない、望むものもない、

全てを諦めなければならなかった。

「そんなに都督が大切なんだ?、、、っくっくっく、、しかし都督様もお人が悪いなあ、何も知らないとは言え、

お前一人にこんな思いさせるんだものなあ?」

そう言って男は又 下品に笑った。



腕をつかまれて。

又 拘束されて。

昨日と同じように。

侵蝕されていく。



こんな思い、今まで無かった、、、紫月にこの身体を奪われたときもこんな感覚ではなかった。

暴漢に襲われた時でさえ、こんな屈辱はなかった。

身体を開かれて、全てを取り上げられて、心の奥底まで抉り出されるような、

こんな辱めを受けるなんて、思わなかった、

身体だけでは飽き足らず、その心までも侵蝕されていくようで、自分が自分でなくなるようで、、、



最早、倫周には気を確かに持っている事など不可能であった。ともすれば気が狂ってしまう寸前のところまで

精神は追い込まれていった。