蒼の国-蜜月の狂宴-
孫堅の出発の日取りが確定した頃、春の花々は彩を増していた。



おお 倫じゃねえか?

遠くに垣間見えた倫周の姿を追って遼二が駆け寄って行った。この時代へ来て以来

倫周とはしばらく会っていなかったので久し振りに一杯やろうと思って遼二は追いかけてきたのだ。

だいたい、ちょっとほっとくとあいつは何すっかわかんねえからな。たまに会って様子を見てやんねえと・・・

などとぶつぶつ言いながら走って来たのだが。

あたりは真っ暗で倫周の姿は見えなかった。

あれ?見間違いかなあ?だいいち、こんなところに来たって・・・

月も出ていない夜だったのであたりは真っ暗で何もないところだった。

がさがさと草を掻き分けて行ってもこの先は深い森に続いているだけであったし 諦めて戻ろうとした時、

森の方に微かな白い影が見えたような気がした。



倫か?



でもあたりは真っ暗で聞こえてくるのは風が木の葉を揺らす音だけだった。

一瞬、幽霊でも見てしまったかと思い多少気味悪くもなかったが、もしかして敵襲かもと瞬間にひらめいたので

遼二はもう少しその先まで行ってみることにした。

息を潜めて、そっと近付くとぼそぼそと人の話し声らしきものが聞こえる。

やっぱり誰かいるんだ・・・敵襲か!?と思い遼二は更に身を潜めた。



「待って・・・・まっ・・・」

突然耳に飛び込んできた、聞き覚えのある声!

・・・倫・・・・?

やっぱり倫だったのか?でも何だ今の・・・?一体誰といるんだ?

遼二は胸が早くなるのがわかった。

今の声。

それは聞き覚えのある確かに倫周の声なのだが その声がいかにも。

そう、その声がいかにもいつも自分が聞いているあの・・・

まさか・・・!?そんなことって。

遼二は胸が騒いだ。嫌な胸騒ぎ。見てはいけない。近付いてはいけない。引き返せ!でも、もし。

もし倫周が何か危ない目に遭っているんだったら・・助けなければ!

遼二は自分を正当化して。

無意識に足が運ぶ、目線は一点を追いかけたまま瞬きもできなくて。

その闇の向こうに存在する光景が黒曜石の瞳にに飛び込んできた時、遼二は動けなくなってしまった。



「ぁっ・・・・は・・・っ・・」

とぎれとぎれに・・・

掠れる声、甘く響く。

もう耐えられないといったようにとぎれとぎれに嬌声が漏れる。

相手は?

いったい誰と・・・?

一瞬、頭の整理がつかない遼二の耳に驚くべき声が飛び込んできた。

想像もつかなかったその声の持ち主は、やはり想像もつかない言葉を発した。



「倫・・・可愛いよ 倫・・・俺の・・・倫・・っ・・!」

遼二はその場に固まってしまった。

なんで どうしてこいつが・・・!?

見てはいけない・・・引き返せ、だけど・・・!

遼二の視線はもうそれ以外捉えてはいなかった。



絶え間なく続けられる、その手が倫周の白い肌を這い、抱え上げ。

「倫、どうして欲しい? お前の望むように愛してやるって言ったろう?」

だっ・・だったら、いつもみたいに・・して・・・いつもの・・・・・

「紫月、あぁ 紫月・・・」

寄り掛かるような甘い声が漏れ出して。

そこにはいつもは見たこともないような激情に身を任せる倫周がいた。

もう耐え切れないというように乱れる、自分の腕の中では見たこともない程乱れる倫周に遼二は蒼ざめた。

そのすべてを知り尽くしているかのように紫月の声が闇の中に木魂して。

その声も又、湧きあがる高まりが抑えきれないといったように熱く逸っていた。

うねるように肢体が絡み合って・・・

「ここは?倫はこれがいいだろ?ほら・・・もうこんなだよ・・・倫・・・・」

そんな言葉を惜しげもなく轟かせる、誰も見ている者などいるはずがない安心感の中で、

何に憚ることなく一之宮紫月は目の前の白い肌をなぞっていた。

紫月、紫月、もっと・・・もっとして・・・もっとだよ・・・!

倫周も又 そんな扱いに慣れているかのように自身を解放しきっていて。

「可愛いな 倫、もうこんなに溶けて・・・いい子だ。 ほら、こうするともっといいだろう?」

「あっ・・紫月、や・・、嫌・・・」

流されるままに身を任せる。

まるでむさぼり狂うとでもいうように。 こんな倫・・・

一体いつからこんなことが・・何でこいつと、一之宮と・・? しかも人目を忍んでこんなところで?

どうなってるんだ・・・倫・・?

遼二は目の前の出来事がすぐには理解できなかった。考えようとしても頭が働かない。

そんな遼二を他所に熱を増してゆく目前の光景。

「好きだよ、倫、お前だけ、お前だけ、、、あぁ 可愛い俺の倫、、、」

「ね・・紫月、だめ・・もう・・・」

狂おしい程の声で求める。こんな声、俺は聴いたことがない・・こんな倫・・・

「倫、じゃあ教えて、倫の好きな人は? お前も俺のこと好きでいてくれるだろう? なあ倫・・・」

もう、待てないんだ・・・早く・・はやく・・・お願いっ、紫月っ・・・!!

「紫月、紫月が好きっ・・大好き、だから・・っ・・」

狂ったように求める。紫月の腕の中に抱えられ、大きく背中を仰け反らせて。

紫月の細くて長い指が倫周の白い肌を捉える。

揺らされて、どこまでも高く、どこまでも遠く。

倫周が乱れて。

もう、止まらない・・・・

「綺麗だよ・・・倫・・いい子だな。 愛してるよ 倫・・・ほら いいか・・・? 一緒に・・いこう・・・・」

紫月っ、紫月・・・・っ・・・・・・

激しく、揺れて。 波が2人を呑み込んで。なのに、聞こえたその言葉。

「ああ・・っ・・・・・・・・・・・!」



狂ったように求めたのは倫。紫月はそれを満たして。なのに最後の至福の瞬間に。

決まって俺が聞く言葉、決まってお前が言う言葉。同じ言葉を、

たった一人の名をお前は叫んだ。