蒼の国-哀欲の果てに- |
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次の日、孫堅の館に向かう倫周を遼二が待ち伏せしていた。倫周は遼二に気が付くといつもと
なんら変わりなく声を掛けた。
「よお、遼二。珍しいな、こんな所で、、、お前、任務はいいのかよ?」
何事もなかったように普通である。 遼二はふかしていた煙草を握り潰すと倫周に近付いた。
「お前、昨日何してた?」
え、、、?
いきなりの質問に何を聞かれているかぴんと来ないといった様子の倫周は格別構えもせずに聞き返した。
「何って?」
遼二はじっと倫周の瞳を見つめると吐き出すように話し出した。
「だから、昨日何していたって訊いたんだ。昨日、昨日の夜、、、!」
・・・・・・・・・・・!
倫周ははっとしたようになって黙り込むとしばらくは何も言葉に出来ないでいるようだった。
「知ってたのか、、、?」
やがて小さな声が尋ねて、、、遼二はかっとなって倫周にくらいついた。
「知ってたかだって!?知るわけねえだろ!?俺はっ、俺は昨日、初めて見たんだ、、、!あんな、、、
お前、一体何やってんだ?お前、約束したよなあ?ああいうことはもう他の奴とはしないって!
俺だけだって、ずーっと前にそう約束したじゃねえか!なのに、、、」
倫周は只 黙って遠くを見ているだけで何も答えなかった。
「いつからなんだ。いつから、あいつと、、一之宮と、、、初めてじゃないんだろ?なあ、こっちに
来てからなのか!?こっちに来てちょっと忙しくて、、俺と会えなくて、、、!だからか?
一之宮とは偶然なのか!?おい、何とか言えよっ!」
声が荒がる。 怒りが込み上げて、、、
「結局!お前は止められないのか?抱いてくれるなら、、、誰だっていいのかよっ!?」
止まらない、言ってはいけない言葉なのに、自分がこれまで倫周の為を思ってしてきた全てを
そんな気持ちを踏みにじられたようで遼二は抑えることが出来なかった。悔しくて、
どんなに親身に思っても倫周にはその気持ちがまるで届いていないのが悔しくて、どうしようもなかった。
ふっと、小さな声で倫周は言った。
「紫月は、いいんだ、紫月は特別、、、だって、紫月は俺の初めて、、の、、、」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
紫月は初めての、、、だと?
遼二は耳を疑った。
それじゃあ一之宮なのか、、、!?倫をあんなふうにしたのは。あんな、誰とでも平気で寝るような行為。
しかも男相手に抱かれる行為。そんなきっかけを作ったのが一之宮だと?
遼二は突然の事態に困惑した。頭の中がぐるぐると まわる。
初めての相手が一之宮だと、、?じゃあ、お前は一之宮が好きなのか?それじゃ何で一之宮は
今まで何も言わなかったんだ。倫がいろいろな奴と遊んでいたあの頃のことを知らないっていうのか?
そんなはずない。それに俺との関係だってバンドのメンバーは皆知っているんだ、
粟津でさえ知っているのに、、、
一之宮だけが知らないわけがない。なら知ってて黙認しているっていうのか?どうして?
それに。
それにどうしてもわからない。倫には好きな奴がいるはずだ。倫の心を独占してやまない奴、
俺はてっきりそいつが倫の初めての相手だと思っていた。昔からそう思っていた。
だからお前がいつも言う言葉。そう、最後の瞬間 お前はいつも決まった名を呼ぶ。
唯ひとつの名前を。昨夜だって一之宮の腕の中で同じ言葉を叫んだじゃねえか?
一之宮は気付いてないのか?そんな、、、でも、、、!?
遼二は言葉を失った。
「じゃ、じゃあ、もう行かないと、、、」
そう言って倫周がその場を去ろうとした瞬間、引き寄せられるように遼二の手が倫周の腕をつかんだ。
「待てよ、待てよ倫、、、」
俺にはどうしてもわからねえ、、、だってお前、、、
困惑する遼二の表情にもう逃げられないと思ったのか、倫周はふうーっと深くため息をつくと静かに話し出した。
「紫月、なんだ、、、紫月が俺の、初めての。もう、ずっと前から、、、」
そう言う目線に諦めの表情が浮かんでいるのがわかる。
目線はぼんやりとどこか定まらない所を見つめたまま、寂しそうに瞳を閉じた。
「だって、じゃあ、お前は一之宮が好きなのか?だからあいつと、、、」
そう問うと倫周は静かに首を横に振った。
「そういうんじゃ、ない、、、」
「なっ、お前っ、好きじゃないって、、、好きじゃないってどういう事だよ!?好きじゃないのに
あんな事すんのか!?ずっと前からって?どういうことだよっ!ちゃんとっ、ちゃんと、わかるように説明しろよっ、、、!」
そう言って問い詰める遼二の手を力一杯振りほどくと倫周は叫んだ。
「好きじゃなきゃ、、、好きじゃなきゃいけないのかっ?だったら遼だって同じだ!遼だって好きじゃないのに
俺を抱いてるじゃないか、、、同じだっ、遼だって、紫月だって、、、!」
「な、、んだよ、、それどういう意味だよ、、、そんなふうに、、、俺、、、」
遼二は真っ青になった。血の気が引いていくのがわかる。そんな事を口走る倫周に、信じられないという気持ちと
悔しさとが入り混じってその場に立ち竦んでしまった。
悔しくて情けなくてどうしようもなくて。遼二の瞳には涙さえ滲み出ていた。
「俺は、、、俺とお前は幼馴染で、ずっと。お前の事は誰よりもわかってやってるつもりで、好きとか
嫌いとか、そんなもんじゃなくて。そんなもんじゃなくたって解り合えると思ってた、解り合えてると思ってた、、、!
好きとか嫌いとか通りこして、俺とお前なら、、、なのにっ、、、!」
遼二はかみ締めるように言った。悔し涙がこぼれる。それを倫周に見られまいとして後ろを向いた。
なだらかな丘の上にそよそよと風が心地よくて、、、、
「いいんだ、解ってる。遼の気持ちはよく解ってるよ。遼は俺のことを大切に思ってくれて、うれしかったし、
俺も遼のことが大切だし。だから俺は遼と、、、
でも、それだけだろう、、、それ以上、どうにもならない。
ごめん、今まで迷惑、かけた、、、本当はおかしいよな、男を、抱くなんて。
遼だって好きな女の子とかいただろうに、俺のせいで、迷惑かけちまって、、、
ごめん、だから、もういいんだ。これからは、遼の好きなように、遼の本当に好きな人と、、、」
しずかにそう言って倫周は瞳を閉じた。
その顔は一瞬寂しそうにも見えたが、くるりと遼二の方を振り返るとふっと微笑って明るく言った。
「大丈夫、俺のことはもう心配しないで。だって今は俺にもやさしくしてくれる人、いるんだ。」
じゃあ・・・そう言って倫周は館の中へ走って行った。
小さくなっていくその姿を見送りながら遼二は何とも言えない気持ちに駆られていた。
小さい頃から泣き虫で、いつも自分に寄り掛かり、狂おしいくらい自分を求めて自分の腕の中に
すっぽりと包まっていた倫周が急に大人びた事を言って明るく微笑んだ顔まで見せて去って行った。
遼二は一抹の寂しさのようなものを感じたが深くため息をつくと、まあしばらく遠くから見守ってやるか、
などと思ったのである。そう思うとなんだか心が落ち着いてきて、笑みがこぼれた。
「まあ、あんな事言っててもあいつのことだからいつ又不幸の極み、みたいな顔して俺のとこに戻ってくるか
わかんねえしな。あいつはそういうとこわがままだから、人の気持ちなんておかまいねえし、
すぐ、お願〜い遼!なんて言ってなあ、戻って来んだろうなあ、ま、覚悟しとくか、、、!」
歩きながら楽しそうにそんなひとり言を言った。
、、、、、
だが一瞬、倫周の言った言葉が遼二の耳に蘇る。
そういえばあいつ、何て言ったか?
別れ際に、確か何か、、今はやさしくしてくれる人がどうとか言わなかったか、、、?
遼二は はっと我に返ると来た道を振り返った。
まさか!?あいつ、この孫軍の中でもそんなこと、、、!?
嫌な予感が遼二の胸をよぎる。
そうだ、あいつがそんなに簡単にああいった関係を絶てるわけがないし、現に昨夜だって紫月と。
だから俺がそれを確かめに来て。どういうつもりなんだって、訊きに来たのだから。
遼二はさっと顔が蒼ざめた。
胸が速い。
何か又問題を起こさなきゃいいが、、、
そう思った。
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