蒼の国-花の宴-
しばらくの間に及んだ交流の催しもいよいよ大詰めを迎え、今日はその最終日となった。

いよいよどの部隊に配属されるかが決まることとなって、その後には祝宴が予定されていた。

各部隊長からの希望と実際の任務の内容を合間見えて、配属が決められた。

まず帝斗は蒼国の代表として常に自分の幕舎に居り、実戦に入った場合は自分の部隊を出すこととなった。

帝斗の部隊として紫月も又 幕舎に常勤となった。

ビルと京らは先陣を切って出陣する部隊に配属され、信一、剛には執務系の軍師の部隊に決まった。

安曇や蘇芳はもちろんのこと、その武術を生かして戦闘部隊に配属された。

ただ帝斗が部隊を出す際にはそちらに出陣し、先陣を切ることとなった。

遼二は先方からの強い要望で、甘寧興覇将軍の部隊に付いた。

潤はもちろん陸遜伯言のところに既に配属されていた。

倫周には呉国の君主、孫堅文台からの要望で自分の護衛に付けたいとの有難い話があり、

殿様の護衛役となったのである。

こうして無事に配属が決まり、夕刻からは賑やかな祝宴となった。



この国の珍しい酒や食物などが振舞われ、蒼国の面々はその豪華さに驚いた。

実際、自分達が生きた時代と何ら変わりのない程の食器類や料理、それにこの国に来た時から

感じていたことだったが、剣や衣装なども1800年もの昔にさかのぼっているという感じは全く無く、

かえって目新しいものばかりだった。実際、この時代の方が技術が勝っているのではないかと思われるものも

多々あった。

そんな中で祝宴は盛り上がりをみせ、呉軍の面々ともかなり打ち解けていい雰囲気で祝宴が

進んでいった頃。



突然に、何を思ったかビルが立ち上がり京を連れて何処かへ行くと大係りな荷を抱えて戻って来た。

ビルは帝斗に耳打ちするとその大荷物を解いた。

白い布で包まれたその中からは台車に乗せられたFairyの楽器類が出てきた。

信一らFairyのメンバーはそれらを見ると瞳を輝かせた。



「うわあーっ、久し振りだあー。」

信一が声をはずませる、まだ帝斗が何も言わない内からマイクスタンドを手にとってはしゃいでいた。

他のメンバーとて皆同じ様子で各々自分の楽器を手にしてはうれしそうな表情をした。

呉の人々は見たこともないこの楽器類を珍しそうに取り巻いては不思議そうな表情をしていた。

そんな様子を見つめながらにっこりと微笑うと帝斗は孫堅のところに行ってことの次第を説明し、

演奏を披露させてもらえるように頼み込んだ。



本当に久し振りのことでFairyは皆が喜んで生き生きとした様子で。

「少々音が大きいかと思いますので最初は気を付けて下さいね。」

帝斗の説明で静かなバラードから演奏が始まると呉の人々は皆珍しそうに聞き入っていった。

今まで聞いたこともないような音曲に目をくりくりとさせながら演奏の様子に見入っていた。

バラードが終わるとビルはメンバーに目くばせで合図をし、二曲目のロックビートが始まると同時に

Fairyの頭上に照明を降り注いだ。

突然の目にも眩い明るさに呉軍の人々からは歓声と驚嘆の声があがった。

地の底から響いてくるような重低音や透き通るようなマイクを通した歌声、

激しく刻まれるドラムスのリズムに自在に音を変えるキーボード、

それらが人々の心を釘付けにし、誰もが鳥肌の立つような思いを受けた。

「すごいな。」

歌舞音曲に趣味のある周瑜公瑾は興味深げに聞き入っていた。その隣りで孫策も又その様子に目を見張り・・・

孫策の視線の先には華麗にドラムスを叩く倫周がいた。

その様子はあまりにも幸せそうな瞳をして、先日垣間見た射的場での表情とは別人のようだった。



「なんなんだ?あいつ、、変わった奴だな」



そう思いながら孫策は不思議な感情を倫周に抱いていた。



次の日から本格的に任務に入ることとなり蒼国のメンバーは各々の決められた任務に着いて

しばらくは忙しく仕事を覚える日々が続いた。

君主孫堅の護衛に付いた倫周の側には事ある毎に孫策が通ってきていた。

孫策はこの倫周に対して、その不思議な感じと時折垣間見せる、普段と相反する表情に

強く興味を引かれたようでちょくちょく顔を見せていたのである。



孫策の前では倫周は至って穏やかに振舞っていた。的射場で初めて声を掛けられたときのように

にこやかで明るい感じで何事にも嫌な顔ひとつせずによくこなしていた。

そんな倫周をもっと知りたいというように孫策は彼をよく連れて歩いた。

親の孫堅の護衛係として配属された倫周であったが、自分の用事にも付き添わせ、

近頃では狩りにも同行させるようになっていた。

外見はまるで幼馴染の周瑜の若い頃のような感じで、雰囲気もどことなく似ているのか、孫策には

倫周が身近に感じられたようであった。

そんな日々を送っているうちに孫策はだんだんと倫周に信頼を置くようになり、父、孫堅に断っては

何処へでも連れて行った。

そんな様子にまるで孫策の護衛のようだと孫堅はじめ皆が微笑ましく見守っていた。



初めて射的場で垣間見た倫周の表情さえも忘れてしまう程、孫策はこの若い護衛を気に入り、

まるで弟のように可愛がっている様子が皆にもわかった。

倫周にとってもこの呉軍の人々との暖かい交流は心が休まる、とてもいい環境であったのだ。

特に本来の護衛の任務である孫堅の人柄には不思議と心が休まるような温かな雰囲気を感じて

倫周はしばし、幸福の中にあった。







倫周が何故これ程までに孫堅に対して心休まるのか、それにはその人柄のせいだけではなく

もうひとつ理由があったのだ。

恐らくは孫堅と倫周の2人の間だけの秘め事のようなそれは、この時代へ来てからこの方、

忙しくてなかなか会う時間が取れない遼二との秘め事と同じ類のものであって・・・

倫周にとってはこの孫堅の心使いは有難く、温かく感じるものであった。

だが、これが孫堅と倫周の間のものだけであったなら穏やかな日々はもう少し続いたかも知れない。

不運は足早に近付いていた。