蒼の国-隔絶のとき-
どうしても倫周のことが頭から離れずに周瑜は早めに仕事を切り上げて倫周の室へ向かっていた。

不安な気持ちを重くかかえながら入り口の柵を開けようとしたところで

中から出てくる数人の気配に気付き、周瑜は とっさに身を潜めた。

見知らぬ顔の男が3人ほど倫周の室から出来ると何やら楽しそうに

品のない笑みを浮かべながら去って行くその姿に。



・・・・・・・・・・・・・・・?



周瑜は不安で掻き乱れそうな気持ちを何とか抑えながら室の扉を開けると

しばらくして奥の方から倫周の声が聞こえてきた。。



「誰れ?まだいたの?」



まるで感情の見えない乾いた声。

周瑜は湧き上げる暗黒の渦を必死で掻き消すように中に入って行った。が、

そこに広がる光景に周瑜は我が目を疑った。



床いっぱいに無造作に脱ぎ捨てられた衣服や寝具、卓の上には札びらが散乱し、

床にまで散らばっている。寝台の上には一糸纏わぬ姿の倫周が漂って手招きしていて。



「いいよ、来いよ」



あまりのことに周瑜は気を失いそうになった。呆然とその場に立ち尽くしたまま、身体が硬直してしまい。

「なに、、してんの、、?やるんなら早くしてよ。」

そう言った。

周瑜は身動ぎ出来ずに、その顔は蒼を通り越して真っ白だった。

何も反応のない様子に倫周は少々いぶかしげに後ろを振り返った、そのとき。

虚ろな瞳が周瑜を捉えて。

瞬間が、止まる。出逢った瞳と瞳が交叉して。

どのくらいそうしていたのか、ほんの一瞬だったかもしれない。



震える声で周瑜の唇が動いた。

「りん、しゅう、、?おま、え、何を、しているのだ、、、?これは?い、ったい、、、」

倫周は、、、視線も外せずに、瞬きもできずに、只、周瑜を見つめるだけで。



現実が、戻る。

外された視線と視線が離脱して。

2人は、怒涛に落とされる。



「倫、しゅ、、、?おまえ、これ、、、?これはいったい何だ、、ここで、何して、いた、、?

これ、こんな、、、おまえはっ、、、!

金でっ、金で身体を売っていたとでもいうのか、、、!?な、何で、、何でだ?どうしてお前はっっ、、、!」

無意識に、倫周の身体をつかみあげ、何かに突き動かされるようにその細い身体を突き飛ばして。

周瑜はその激情を抑える事が出来なかった。火が点いた様に倫周の顔を叩き、その全身をも

叩き続けた。叩いては突き飛ばし、又引き上げては叩き付け。どれくらい、そんなことをしていたの

だろう。気が付いた時には倫周は腕の中にはいなくって。



はっと、周瑜は我に返ると身体中を真っ赤に腫らした倫周が床に横たわっていた。

「り、、、倫しゅう、、、?」

周瑜はがたがたと震える手で細い身体を抱き起こした。

乱れた茶色の長い髪の下からは顔も真っ赤に腫れあがり、目元と口元が切れて血が滲み出していた。

その全てが腫れて、熱をもっているようだ。周瑜はそのからだをを抱え込むと 

その場に泣き崩れた。

私は何という事をしてしまったんだろう、こんなになるまで叩いたというのか?身体中がこんなに

腫れあがって、こんな姿にしてしまうまで私の怒りは治まらなかったというのか?

だって、だって、

押さえられなかったんだ自分が、我慢できなかったんだこいつが、どうして解ってくれない?

こんなに愛しているのに、心から愛しんでいるのに、どうしてお前には伝わらないんだ?

私ではだめなのか?私ではお前を受け止められないのか?

教えてくれよ!伯符、、、!答えてくれ、伯符、、、!私はどうすればいいんだ、、、!?



周瑜は声をあげて泣いた。わんわんとまるで子供のように。その涙が枯れるまで、泣き続けた。



一頻り泣くと周瑜の顔も真っ赤に腫れあがり倫周と同じような面差しで倫周を見つめていた。

静かに倫周を抱え上げ、寝台に寝かせるとその腫れた身体を冷やしてやり、薬をあてがった。

倫周が寝付いたのを見届けると周瑜は静かに室を後にした。



すぐ側にあった気配が離れていくのを倫周は感じていた。

怒涛の如く周瑜が泣いていた事も愛しむように手当てをしてくれた事も倫周には解っていた。

どれ程の思いで自分を愛し、愛しんでくれたかも、全て感じ取る事が出来た。

そして、今その存在が自分の元を離れていく事も。

倫周は感じていた。

周瑜は自分の元を去るのだと。俺たちは一緒には居られないのだと。

どんなに愛していても、どんなに求め合っていても、運命がそれを許さないのだと。



だから公瑾は俺と離れるのだ。

愛してくれた、

その全てを俺に注ぐように、やさしく愛しんでくれた。

孫策を亡くして途方にくれていた俺を包んでくれた。あなたの側にいると安心できた、俺は

初めて安堵のようなものを覚えた。

公瑾、感謝している。そして愛している、こんなにも・・・・・

あなたを求めたことは無い、こんなにもあなたに焦がれたことは無い、別れを前にして

気が付くなんて。

あなたと離れたらまるで自分の心と身体が離れてしまうような変な感じだ。

どんなに一緒に居たくても。これは運命なんだね。

俺たちは一つになれない運命なんだね。