蒼の国-寂光- |
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予定よりも長引いた蜀との対陣から戻ってはみたものの、次の戦は既に目前に迫りつつあった。
どちらも引かない戦いに双方ともかなりの消耗を余儀なくされているそんな中、周瑜の体調が
思わしくなくなって呉軍は不安の多い日々を送っていた。
このところのどっちつかずの、ずるずると長引いた戦による心労からか特別な原因のわからない
まま衰弱の一途を辿る日々が続いていた。顔色の冴えない日が続き、食欲も落ちていく一方で
軍の皆はもちろんのこと、倫周は気が気でない日々を送っていた。
次の出陣に向けての準備が慌しくなる中で倫周は執務の傍ら、片時も離れずに様子を
見ていたのだったが。
ただの様子伺いからそれが看病に変わってしまう日はそう遠くはなかった。
朝が来ても床から起き上がるのさえ辛そうになって、倫周はしばらく執務を放り出して
周瑜の看病に追われていた。
日に日に痩せ衰えていくその姿が痛々しくて倫周は心が痛んだ、と同時に何故急にこんな、
床に臥せるほどになってしまったのかその原因を考えあぐねていた。
風が少し暖かくなってきた春まだ浅い日に、倫周は寝台に横たわる周瑜の側にぴったりと
寄り添ってその美しい顔を見下ろしながら。
痩せて更に細くなった周瑜の白い頬に自分の頬を摺り寄せるようにして倫周は縋った。
縋りたいのは周瑜の方だということを十分わかってはいたが、もしもこの人に何かあったらと
思うといてもたってもいられずに湧き上がる不安を抑えようと必死だった。
「公瑾、公瑾、、、」
その名を口にするだけで涙が滲んでくる。周瑜の前では明るくいようと思うのに、そう思えば
思う程、不安で掻き毟られるようでどうすることも出来なかった。
周瑜の方もそんな倫周の心の内を理解しているようで弱々しい腕をそっと伸ばしては茶色の髪を
やさしく撫でていた。その度に たちまち又涙が込み上げてきて心配のあまり倫周とて近頃は
大分やつれてしまっていた。
そんなことをすれば身体に障るとわかっていても2人はお互いを求めることをやめられないでいた。
まるでお互いを失えば自身の半身を失うとでもいうように2人は離れられずにいた。
それは決して恋焦がれて仕方ないという感情ではなかったけれど、何かもっと深いもので、
まるで深海の底に眠る静かな貝殻のようであった。
2枚の貝殻が一つの身を包み込んで合わさっているように周瑜と倫周はお互いを離すことを
潔しとしなかった。
瞳が合えば涙が溢れてきて止まらない倫周に、周瑜は細くなった腕を差し出して言った。
「倫周、、、お前と繋がりたい、、私は動くのが辛いから、お前が、、、願いを聞いてくれないか、、?」
倫周は驚いて首を横に振った。
「だめだよ公瑾、そんなことしたら身体に障る、安静にしててくれなきゃよくなるものもならない、、」
大きな瞳を見開いて心から心配そうにする倫周を周瑜は懇親の力を込めて抱き寄せた。
公瑾、、、?だめだっていってるじゃないか、、、
「お、願いだ倫周、、お前と一緒になりたい、わがままを、、聞いて、くれ、、、」
周瑜の瞳に涙が滲んで。
わたしにはわかるんだ、倫周、きっとこれが最期になると思うから、、わたしの願いを聞いてくれ、、、
最期にお前と繋がって逝けたら、怖くない気がするから、だってお前はわたし、なのだから、、、
自分を抱きしめながら声を殺すように泣く周瑜を感じて倫周は心が毟り取られるようだった。
嫌だ公瑾、、あなたがいなくなったら生きていけない、、、!自分が自分でなくなるようで、、
どうしていいかわからないよっ、、、逝かないで、、置いてかないでっ、、、!
「倫周、、っ、、!」
心の底から搾り出すように名前を呼ばれて倫周はぐっと拳を握った。ぎゅっと自分にしがみ付く
周瑜の腕を静かに解くと倫周は周瑜の上に身体を重ねた。
「公瑾、辛かったら言ってね」
心からそう言うとゆっくりと周瑜に重なっていった。いつも自分がしてもらっているように柔らかな
羽でその全てを包むように、精一杯の愛情を込めて愛しんだ。
ああ、、倫周、、とても心地いいよ、、お前はいつもこんな感じでわたしの腕の中にいたのだな、
本当に心地よくて幸せな気分だ、やわらかであたたかい、とても安心できるな、、こんな気持ち、
何年振りだろう、、なんか幼い頃の母上の胸の中を想い出すようなやさしい気分だ、、、
「公瑾、、つなぐよ、、、?」
うっすらと頬を染めてそう言うと倫周は周瑜を抱き締めた。
「ん、、っ、、」
少しの嬌声と溢れんばかりの愛情が溶け合って、2人はひとつになった。
2つの想いが溶け合う、2つの声が溶け合う、2つの鼓動が溶け合って、
全て2つだったものをひとつにするように溶け合って、
まるで最初からひとつだったもののように溶け合って。2人はそのまま離れずにいた。
ずっとずっと永遠に離れずにいられたら、、、!
ずっと蒼白かった周瑜の頬にうっすらと紅がさしその表情は幸せに満ちているようだった。
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