蒼の国-炎の別れ- |
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こうして少々浅はかとも思えたが作戦が決定したところで決行の準備が慌しく行われた。
ことは急いだ方がいいだろうとのことで早速に火を仕掛けるメンバーが指名された。
なだらかな丘を下った盆地のような平坦な地に置かれた壮大な数の幕舎に対し、円を描くような感じで
四方から一人ずつ忍び寄り火をかけていくという全くの正攻法であったがいきなり呉軍を
なだれ込ませるよりは遙かに安全な方法と考えて蒼国側はあえてこういった方法をとることにした。
やはり武術に長けたビルや京、蘇芳、安曇、遼二、倫周らがその役割に当てられたが
孫策はこれを聞いて倫周を行かせることを快しとしなかった。倫周は孫策を説得したが何が何でも
自分の側を離すわけにはいかないという孫策の固い決意から倫周に代わって剛が行くことになった。
非常の場合に備え潤が丘上から戦況を見渡し各々に持たせたマイクロチップから情報を集めて
コンピューターで管理するといったことですぐさま応援を送れるように体制を整えた。
三日月の風が速い夜に作戦は決行された。四方の丘の上から忍び寄った蒼国の面々によって
速やかに火は仕掛けられたのだが、、、
やはりといっていい程それは罠であった。幕舎には人影は無く全ては呉軍をおびき寄せる為の罠であった。
幕舎から一気に火の手が上がったのを合図のようにどこからともなく現われた尋常でない数の弓隊が
一斉攻撃を仕掛けてきたのである。
やはりっ、、!思ったとおりであったか、、、
呉軍の将たちはこの様に苦薬を口にしたような面持ちになった。
火計を仕掛けに行った蒼国のメンバーたちはすぐさま引き上げて潤の所へ戻って来た。
孫策の側で控えていた帝斗らにビルが近寄って状況を報告し、この緊急事態を切り抜ける
一つの方法を提示した。
それを聞いた帝斗は一瞬瞳を見開いたがやがてゆっくりと孫策に歩み寄ると静かに口を開いた。
ビルが提示した方法は潤がコンピューターから送信した現状に対して蒼国の高宮から
新たに指示された作戦であった。
「孫策様、、、事態はあまり好ましくございません。このままでは大変な痛手を負うことになりかねません、、、
申し上げ難いことでございますが、、、倫周をお戻し頂きたい、、、」
それを聞いて孫策は大きな意思の強い瞳を見開いた。
ぐっと拳に力を込めて帝斗を見つめると、、、
「どういうことだ?何故倫周が必要なのだっ、こいつは俺の護衛だぞ?離れてもらっては困ると言った筈だっ!」
語尾が荒がる孫策に対して帝斗は静かに説明を足した。
「間もなく多勢の弓隊による攻撃がここにも押し寄せて来るでしょう、それを潰してしまわないことには
この戦は見えております。先ずは弓隊を征してその後で進軍の形を整えませんことには話になりません。
それにはどうしても倫周の力が必要なのでございます、、、」
落ち着いて現状を説明する帝斗に孫策は蒼白となった。
そんなことは言われなくたってわかってるっ!だが、、、
大勢の前にも関わらず孫策は自分の側で跪く倫周を引き上げると懇親の力を込めて抱き締めた。
周りに居た者は一瞬驚いて目を白黒させてしまった。
「何でこいつなんだ、、っ、、!?何で、、他の奴ではだめだというのか、、!?」
嫌だ、倫周っ!お前を俺の下から離せるものかっ!こいつにもしものことがあったら俺は、、俺はっ、、
「断るっ!倫周は此処から離すわけにはいかぬっ!」
断固としてそう言い張る孫策に対して帝斗はその前に跪くと深く礼をして言った。
「恐れながら孫策様、、、此処は戦場なのでございます。あなたと呉のお役に立つ為に我々は
ここに参ったのですから。これは私たちに課せられた任務なのでございます。どうかご理解の程。」
その様子を見ていた周りの者たちも水を打ったように静まり返ってしまった。
わなわなと孫策の拳が震えて。
すっと、倫周は孫策の腕から抜けると帝斗の隣に跪いた。
「孫策様、行かせて下さい。必ず、必ず戻って参ります故、どうか今は行かせて下さい。」
丁寧な言葉で深く跪く倫周に孫策は言葉を失った。蒼白のまま立ち尽くす孫策に周瑜がそっと
側へ歩み寄ると。
「伯符さま、、、」
周瑜は特別何も言葉にはしなかったがその言わんとしていることは手に取るように分かった。
孫策はぎゅっと唇を噛み締めると倫周に向かって声を震わせながら叫んだ。
「分かったっ、、、お前の気持ちはよくわかった、、その代わり、、、生きて戻れ、、、
必ずっ!生きて此処へっ、俺の下へ戻れっ、、、!」
倫周と帝斗は一緒に深く礼をした。
孫策が倫周を前線に出すことを許可したことで一刻の猶予もならないと早速にビルが作戦を
説明し始めた。
「いいか倫周、お前は真正面から弓隊に切り込むんだ。自分の通る道だけを確保しながら雑魚は
相手にせずに敵の大将だけを狙え。弓隊を指揮する大将が必ず先端にいるはずだ、そいつの首だけを狙え。
お前の切り込んだ後は俺と京で援護する。マシンガンとライフルの使用許可が出たんだ、
必ず援護してやるからお前は迷わずに真っ直ぐ敵将だけを狙え、いいなっ!?
それから遼二、蘇芳、安曇は倫周の切り開いた敵大将までの最短距離を取り囲む方向から
その周りを援護するように!弓隊の目を少しでも倫周から反らすんだ、いいか?」
大まかに地図に作戦を描いて説明すると帝斗がそれに付け加えるように言った。
「残りの者は僕と一緒に弓隊のいる丘下を避けて回り込むように倫周の目指す敵大将の後ろ側へ
先回りします。怪我などに備えて潤は救命措置をすぐ出来るように支度して、いいですね?」
慌しく動く雰囲気に孫策は気が気でなかった。いつもなら戦が楽しくて仕方ないという程の心意気の持ち主が、
たった一人に気を取られてその胸は潰れそうなくらい痛んでいた。
「嫁を戦場に連れて行かない気持ちがわかるな、、、」
そんなことを言って気を紛らわしてはみたものの目の前で手際よく行われていく出陣の準備に
がたがたと身体の奥から震えが来るのがわかってどうしようもない気持ちに駆られた。
「倫周、いくらお前の腕を持ってしても、だ。今回ばかりは少しの怪我は覚悟しろ、急激な致命傷
さえ避ければ必ず突破できる、いいな?」
低い声でそう耳打ちしたビルの声が耳に入った瞬間に孫策は居てもたっても居られずに倫周を
再び抱き締めた。きつくきつく抱き締めて、、、皆の目前だというのに何に憚ることなくくちつ゛けをした。
「倫周っ、倫周っ、俺の、、、っ、、、」
強い力で抱き締めて茶色の細い髪を掻き乱し頬刷りをして孫策は何度もくちつ゛けを繰り返した。
「伯符さま、、、」
倫周が初めて呼んだその名、、、今まで一度も字(あざな)で呼んだことはなかった。いつも孫策さまと
そう呼びなれていたから。自分と孫策の間ではそれがごく自然だったから。
突然に字で呼ばれて孫策は不思議な気持ちに陥った。焦る心が落ち着いていくような不思議な感覚。
それは若き日にいつも聴きなれていたような感じの声色で。
孫策は不思議とそのまま落ち着きを取り戻していくようだった。
丘の上に立ち尽くしたまま、小さくなってゆく蒼国のメンバーを見下ろしながら半ば呆然となった策の傍らに
そっと周瑜は歩み寄って同じ方向を見下ろした。
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