蒼の国-春宵の疑惑- |
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春の早い花々が咲き始めた頃、倫周は一日の任務を終えて孫堅の室に向かっていた。
伝えたいことがあるとかで夕刻に室を訪ねるように言われていたのだ。
「孫堅様。倫周、只今参りました。」
そう声を掛けて室に入ると孫堅はいつもの穏やかな眼差しで迎えてくれた。
倫周に椅子を勧めるとゆっくりと話し出した。
「実はな、倫周。しばらく留守にすることになったのだ。所用があってな、
少々隣国を回らねばならぬことになってしまった。」
倫周は目をぱちぱちとさせながら聞いていたが、すぐに微笑むと旅の支度をしておきますと答えた。
すると孫堅は少々すまなそうに意外なことを言ってきた。
「倫周、此度は私だけで行こうと思うのだ。実は権(孫権)を連れて行こうと思っておってな。
それでここには策(孫策)だけになってしまうから少々心配なのだよ、お前が残って留守を守ってくれたら
安心して行くことが出来る。それに策はお前が気に入っておるようだしな、どうだ、頼まれてはくれぬか?」
そう言うと穏やかに微笑んだ。
倫周は少し寂しそうな顔をすると小さい声で尋ねた。
「どのくらい行って来られるのですか?」
不安そうに尋ねる倫周ににこりと微笑うと満月を2度見るくらいだろうと答えが返ってきた。
「そんなに・・・・」
寂しそうにぽつりと呟くと倫周はうつむいた。その様子がかわいらしく思えたのか
孫堅は益々目を細くしながらやさしく声を掛けた。
「なに、すぐだよ。その代わり今日は何でもお前の望む通りにしてやるぞ。」
そう言うと孫堅は両手を広げて倫周を見つめた。
「おいで。」
倫周は切なそうな表情を孫堅に向けると広げられた両の手に飛び込んだ。
「文台さま、、、!」
夕闇が降りた頃、孫策は父、孫堅の室に向かっていた。
近々の父親の旅の件とその留守を守る段取りについて話しながら一緒に飲もうなどと思っていたのである。
珍しく孫堅の室の周りに護衛の姿が見当たらない様子に孫策は不思議に思いながらも室に入っていった。
「親父、いないのか?」
声を掛けたが返事はない。
だが部屋の灯りは煌々と点されていたので孫策は中庭につながる回廊へ出ると当りを探した。
ゆらゆらと薄明りがもれる寝所の方から人の気配がするようで孫策はそちらへ向かった。
親父、と声を掛けようとして孫策は慌てて口を塞いだ。
ああそうだった、長旅の前でもしかしたら今宵はお楽しみなのかも知れないととっさに気付いたのだ。
それならばあまり無粋をしてもと思い、又出直そうと思ったときであった。
「どうした?まだ何もしていないぞ、それなのにもうこんなになって。今日はそんなに反応じるのか?」
孫策は一瞬心が凍りつく思いがした。
一国の主たるものの、妾のことなど深く追求するつもりはなかったが、
発せられたその言葉が妙にいやらしさを感じさせ、なんとなく不快になったのである。
親父はいつも妾にあんなことを言っているのか?
そう思ったらなんだか気分を削がれたような気がしてならなかった。
孫策はしばらくその場を動けなくなってしまったのである。
無論、そんなことを知る由もない孫堅は長旅の前の逢瀬にあふれる熱情を注いでやっていた。
そう、この長旅に連れていけない倫周との逢瀬のときを。
倫周の穏やかな日々はこの孫堅の理解ある抱擁によってもたらされたところが大きかった。
まだ幼い時分に両親を亡くし、いろいろと複雑な心境を抱えていた倫周にどことなく影のようなものを
感じたのか、孫堅は何も言わずに倫周を包んでくれたのであった。
何も聞かず、何も言わず、只温かい大きな存在で自分を受け止めてくれた孫堅を倫周は心から慕っていた。
この仕事で三国志の時代へ来てから何かと慌しくて遼二とも会っていなかった倫周にとって
この孫堅の存在は非常に大きかったのである。
温かい大きな存在に包まれて倫周はしばし、幸福の中にいた。
そう、孫策に見つかってしまう今、このときまでは。
しばらく離れる寂しさからか、いつもよりも快楽に呑み込まれるのが早かった。
次第に襲ってくる大きな波に倫周は思いのままにすべてを預けていた。
寂しさを紛らわせようと、すればする程切なさが増して身体も敏感になるようで。
どこに触れられても何をされても切なさが付き纏う。
それらを振り払おうと自身の意識を目の前の快楽の渦の中に没頭させようとする。
いつもよりも激しさを増して・・・
「あっ・・・・」
耐え切れずに嬌声が漏れる。
そんな倫周の心を見抜いているように孫堅から発せられる言葉が更に高みへと誘って。
「どうして欲しいのだ?今日はお前の言うとおりに愛してやるから、そう申したはずだぞ?」
いや、文台さま、行かないでっ・・!
寂しい、、2ヶ月も一人で待つのはいやだ。一緒に行きたいけど・・・
わがままは言えない。でもやっぱり1人は寂しいっ・・・・
声にならない嬌声と共に、倫周はいつもよりも激しく求めた。孫堅もそれをわかっているから受け止める。
そんなときに孫策と遭遇してしまったのは運命だったのか。
薄明りの中に浮かび上がったその姿に、孫策は絶句した。
あの髪、、、?あの髪の色は、、、まさか、、、
全部がはっきり見てとれたわけではなかった。が、しかし孫策の瞳にははっきりと焼きついた、
その特別な色をした髪が。亜麻色の、長い綸子の髪が淫らに揺れていた。
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