蒼の国-魏(曹操軍の捕虜となって)-
約500から成る尋常を遙かに通り越した弓隊を征して予定通り迂回した帝斗らと合流した

倫周ら蒼国の一同は呉から遠く離れた曹操の城にいた。

蒼国の高宮からの指示によりわざと捕虜になった一同は曹操の本拠地の一つであるこの城の内部構造を

詳しく探り綿密な地図を作成し、一気に城に攻め入る為の計画を進めつつあった。

最初、孫策に内緒でその下に戻りもしない内にそんなことをするのは気が引けてならなかったが

やはり魏の本拠地を把握する又とないチャンスに一同は各々の持ち前を生かしてこの計画の実行を進めていた。



弓隊を指示する敵大将を討ち取ったところで帝斗は自ら曹操軍の中枢へ赴き、魏に寝返ることを提示した。

自分たちは呉国の発展の為に尽力をして来たがまるで将来の見えない様子にほとほと疲れ果てていて

出来れば新しい君主に付きたいと思っていたところだと自己紹介をした。

試してくれれば直ぐにわかるものの自分たちは武芸にも秀で戦況を窺うことにも長けているので

どうかその力を評価して欲しいと自らを売り込んだのだった。



ことの次第を聞いた曹操はさすがに呆れかえった感がなかったでもないが、そんなふうに自信に満ち溢れた態度の

帝斗らを一目見てみたいと興味を示したのも又確かで、軍師の中にはそんな明らかに罠のような話を

受け入れることに反対した者もいたが曹操の好奇心は抑制出来なかった。



「何、例え罠だったとしてもよ。たった11人に何が出来るというものよ。おもしろいではないか。

その自信に満ち溢れた大胆不敵な態度こそ、案外我が人生に相応しいかも知れぬぞ?」



既に帝斗らを迎え入れる気になっている曹操に取り巻きの者たちは心配な暗色を示したが

そんな様子に曹操の右腕、氷の心を持つ男として讃えられた軍師、郭嘉奉考が意見を述べた。

「では先ずは彼らを捕虜として迎え入れるのでは如何でしょう?少々様子見をしてからでも

遅くはないと思います。一度城へ連行して彼らと実際に会った上で殿がご判断を下されれば

よろしいかと存じますが。」

これには曹操も好色を示した。そう言われてみれば確かにこの目で見もしない内からそんなことを

決定する、しないで揉めるのも馬鹿馬鹿しく思え、とりあえず帝斗らを城に連れて来る運びとなったのだった。

折りしも戦と名のつく状況の中で曹操程の切れ者がそんな些細なことで臣下の意見を伺っているなどということから

してみれば、やはりこれらの戦は曹操にとっては単なる遊興のひとつだったといえるだろう。

このときはまだ曹操にとってこれらの戦いは只の小競り合いに過ぎなかった。

帝斗らのことにしても只の遊びの駒のようにしか思っておらず、珍しいものが手に入ったから使ってみたい位にしか

思っていなかったのである。一つの戦がまるでゲームのようであったこの頃、魏とて又平和であった。

そうして曹操は帝斗らが城に連行されて来るのを心待ちにしていたのであった。





帝斗らが曹操の本拠地の城に到着したのはそれから20日余り経ってからのことであった。

曹操は機嫌よく、これらの遊びの駒が手元に届くのを待ちくたびれていたというふうだった。

曹操は部隊長に連れられて来た帝斗らを見るなりその鋭い目を細めては歓迎の言葉を口にした。

「おおっ、何と美しい者揃いよのう。そんなに固くならずにもっと、ほら側へ寄ってその姿をよく見せてくれぞ。」

そう言って自ら椅子を立つと眼下に跪く帝斗らのところへ歩み寄り、一人一人を確認していった。

それが曹操の好みだったのか、或いは只この時代には珍しかっただけなのか、曹操は帝斗の前で足を留めると

その眩いばかりの黄金色の髪に手をやった。

ゆっくりと掻き雑ぜるようにその黄金色の髪を撫でるとひとこと

「ううむ、見事だ実に美しい色だ。」

そう言って堪能した。

そんな中で曹操と一緒に帝斗らを迎えた郭嘉奉考はこの新しき捕虜らの様子見に余念が無かった。

鋭い視線を巡らせては時折光る闇色の瞳は正に氷のように冷たかった。曹操の掛け声で

一気に顔を上げたこの一同を郭嘉の氷の瞳が貫いた。半ば遊興事に浮かれ気味の君主に代わって

郭嘉の冷ややかな視線は帝斗らを警戒するように張り巡らされたのだった。

そんな中でふとその闇色の視線がある一人を捉えて一瞬、とまった。



色白のまるで創りもののようなその顔立ちとまるで儚げなくらいの細い身体つきが郭嘉の氷の瞳を

ほんの一瞬緩ませた、娼館の女たちよりも美しい倫周の姿は正にその地に咲き乱れる狂花の如くであった。

郭嘉はほんの一瞬、倫周に目を奪われたが直ぐに厳しい視線で彼を射抜いた。

そんな様子に倫周は深く丁寧に頭を下げて忠誠の意を示したが、ほんの一瞬自分を捉えた

郭嘉の動揺の色を見逃さなかった。そんなところも恐らくは幼少の頃から鍛え抜かれた特殊な環境が

育て上げた才能の賜物だったといえようか、特に倫周の場合、人の好意が織り成す自身への興味の念には

敏感なところがあった。それは無意識的なものではあったがやはりこれだけの美しさを兼ね備えながら

生きてきた者にとってそれが人の心にどういった影響を与えるかといったことにはさすがに敏感にならざるを得なかった。

ともすれば自分の美しさに目が眩んだ不特定多数のものによってその生命をも危険にさらす、

そんな事態を避ける為の、無意識の虚勢だったといえよう。だからこのとき郭嘉が自分を美しいと思い

興味を引かれた事実を倫周は一瞬にして捉えたのだった。

それがこの後どれ程役に立つかなどとはさすがにこの時は思いもしなかったが、、、



こうして帝斗らは曹操の興味の下に捕虜という形ではあったが大分待遇のいい新たなる生活に身を投じていた。

帝斗が始めに言った通り、その武術や戦略の見方は大したもので曹操の御前試合などでも倫周らは

その腕を存分に振るった。

予想以上に腕の達つその様子に初めは彼らを敬遠していた曹操の取り巻きの者なども日が経つ毎に

感心から信頼へと心が動かされつつあった。

特に四天の剣を持つ4人とビルや京らの剣裁きや射的の腕前は余興というには艶やか過ぎる程で

これらは曹操を心から喜ばせ、その見事さには郭嘉とてさすがに認めざるを得ない程だった。

このようにして帝斗らは曹操の前では忠義心と絶対服従の意を見せながら眼下ではこの城の

内部詳細までの見取り図の作成に余念がなかった。



帝斗らがこの城へ来てから早や3月が過ぎようとしていた。

大方の城の構成を把握出来たところで馴染みになった若き兵士らなどとのたわいのない会話から

更にその細かい抜け穴の存在まで聞き出すことに成功していた蒼国の面々にとって残る砦はもう曹操の自室のみであった。

そして今、その最後の砦に繋がる一つの難所を前にして一同は顔を見合わせていた。