蒼の国-GATE XX-
「まったく!少しは気を付けて下さいよ!僕達はまがりなりにも芸能人なんですからっ」

ぷりぷりと頬を膨らませながら成田潤は言った。今を誇る超人気バンドFairyのキーボーディスト

若干19歳である。

生真面目な性格からか、あるいは彼の他のバンドのメンバーがおちゃらけすぎているせいか、

いつも些細な事に気を揉んでいる。実年齢よりははるかに若く見えるがこういう環境のせいか

発する言葉は若年寄のようである、傍目気の毒とも見えないこともないが但しキーボードの腕前は

大人顔負けの超一級品であった。

まあ、他のメンバーとて演奏の腕は右に同じ、といったところか。



この超人気バンドFairyは今や業界では憧れの的、社長の粟津帝斗率いる音楽プロダクション[T-Sプロ]の

ロックバンドであって2年前にデビューして以来、オリコンのトップを飾り続けてひた走っている。

今回は初の海外レコーディングの為、成田空港のゲートをくぐった所であった。



「聞いてるんですか!?倫周さんっ!こんな所をそんなサングラスも帽子もしないで歩くのは

追いかけて下さいって言ってるようなもんですよ!ちょっと!倫周さんってば、もおっ!ああ、苛々するーっ」

潤がまだぶつぶつと文句を並べている。その横からいかにもお気軽なお調子者の声がしては通り過ぎて行った。



「無駄よ、無駄無駄。気を揉むだけ損よ〜潤ちゃん!あいつには何言ってもさあ〜!」

膨れっ面の潤の肩をぽん!と叩いて脇を通り抜けていく男。引き締まった体格、長身の黒髪で

ワイルドな男前、といったところか。彼の名は鐘崎遼二。ベース担当である。潤とは同じ19歳だが、

こちらはまだ幼く見える潤と違ってかなりな雰囲気の持ち主、ちょっと軟派な遊び人風に見える。

その遼二が追いかけて走って行く先には細身の茶髪ロングヘアーの超美男子、その様はまるで

創られた人形のようで側に寄って見た者は体外は息を呑む程綺麗な顔立ちであった。

これが先程からの潤の苛々の原因でドラムスの柊倫周、20歳だ。



「倫周」ドコノ クニノ ヒト?と思うような名前だがれっきとした純日本人である。実はこの倫周と遼二、

香港生まれの香港育ちで両親達が一緒に仕事をしていたこともあって幼い頃から兄弟のように育った、

いわゆる幼なじみ、本人達に言わせれば「腐れ縁」である。大陸贔屓の倫周の両親が香港で生まれた息子に

つけた名前のようだが、まあ、香港と日本、どちらに行ってもしっくりこない様な変わった名前だと潤は思っていた。

そんな事はどうでもいいとして、この倫周が何の変装道具も付けずに空港内を歩いていたものだから

たちまち人々に見つかってしまい、ファンだのやじ馬だのに揉みくちゃにされてやっとの思いでゲートを

抜けてきたのである。まあ、潤が言うことは正論であろう。



「だいだい!マネージャーとボディーガードさんは何をしてんでしょうか?」



まだぷりぷりとしながら潤は隣を歩く社長の粟津帝斗に話し掛けた。

今回、Fairy初の海外レコーディングという事で同行しているのだった。

その隣にもう一人、潤も尊敬しているプロデューサーの一之宮紫月が歩いていた。2人は先程から

この潤の様子を微笑ましそうに見てはくすくすと笑っていた。

「潤の気持ちもわかりますが、まあ、彼らの性質は簡単には治りませんからねえ、諦めることですね」

ふふふ、と楽しそうに笑う。

そこへ遙か後方からまたしても、浮かれた声が聴こえてきた。



「おーい!待ってくれー!」

何処に行っていたのか、マネージャーのビルである。この男、アメリカ人と日本人のハーフで元米国陸軍の

特殊部隊にいた傭兵だとかで元々は帝斗の護衛役だったが、Fairyのデビューに当り帝斗の希望もあって

専属のマネージャーになったのである。

まあ陸軍の特殊部隊にいるよりは音楽業界の方が確かにジャスフィットな雰囲気だが、そんな経歴に似合わず

軟派なところが何ともである。

そのビルが息を切らしながら走って来た。

「ほら!見てくれよ〜。ファンクラブNo.1の美女、れいちゃんのメルアドだぜぃ〜。

さっき見送りに来てたから教えてもらっちゃった〜!!」

と、はしゃいでいる。馬鹿か!と思う潤であったが、その更に後ろからもっと軽薄な浮かれ声が聴こえてきた。

ボディーガードの橘 京である。さすがにボディーガード、鍛え上げられた体格と風貌は立派!

腕前も折り紙付き、なのであるがどうもお頭の方が軟やかく出来ているらしく、女にだらしないのが玉に傷である。

(と常々 潤は思っていた。)



「ああ!もう!!何でうちの人たちは揃いも揃ってこうなんでしょうねえ!?ああ、もうやだやだ!」

潤が又膨れ始まった。とはいえ この成田潤、両親と親戚中が医者、という良家の息子で

音楽活動の傍らに受けた医大にストレートで合格した程の才能の持ち主、故に小さい頃からの

育ちの良さも一流で、決して心底彼らを嫌悪しているわけではない。只 もう少し常人にも理解できる行動を、

と思っているだけであったが。


かくしてこんなメンバー達と一緒に初めての海外レコーディングであった。