蒼の国-代償-
郭嘉を誘って、俺が。 俺以外には無理だ。

そう言った自らの言葉通り、倫周は郭嘉奉考を誘惑することに成功し、その隙をついて遼二らは

曹操の部屋への侵入を果たした。

この二日間の倫周の行動の全ては郭嘉を陥れる為の演技であったのだからそういったことから

するならばやはり幼い頃から培われてきた特殊な環境は紛れもなくその身に付いていたと言って

過言ではないだろう。

「この顔の美しさで一体どれだけの人間を狂わせてきたんだ?」

いつかの山賊の男が言った言葉はそう言った意味では的を得ていたかも知れない。

だが人を狂わせる、陥れるといったことからするならば倫周にとっては恐らくこの郭嘉が初めてで

あったろう。だがどう言いつくろったところで郭嘉を騙して陥れたことに変わりはなかったわけで、

だから倫周にとっても耐えなければいけないことも皆無とは言えなかった。

郭嘉との逢瀬は当然といっていい程、その一回限りでは終わるはずはなかった。

それが郭嘉を陥れた倫周の代償だったとも言い切れなかったが 事実はそうであったのだ。



「一体いつまで倫にあんなことをやらせて置くつもりだっ!」

狭い小屋に遼二の怒りに満ちた怒鳴り声が響く。

「もう手筈は整ったんだ!何をぐずぐずしてるんだ?おい粟津!聞いてんのか!?」

帝斗は辛そうな表情で瞳を閉じていた。

「わかってます。わかっているんですが、、、」



あの新月の夜からもう何日になるだろう、空には下弦の月が浮かんでいた。

あれから郭嘉は殆んど毎晩のように倫周を自室に呼んではそのまま朝を迎えるという生活を

繰り返していた。蒼国側では当初からの計画通りに事は順調に進んでおり、あとは決行の機会を

待つだけとなっていたが。

遼二が又、帝斗ににじり寄る。

「あの夜一回きりのはずだったじゃないか、それをこんなに長い間ずるずると、、、!

作戦の成功の為なら倫はどうなったっていいって言うのか!?あいつが、

あいつが毎晩どんな気持ちで郭嘉の所へ行ってるかわかってんのか?

大体、この作戦を一番反対してたのはあんたじゃないか?

おい、粟津!何とか言えよ!」

遼二が帝斗の胸倉をつかんで。

荒がる遼二をとっさに京が止めに入ったが、帝斗も又何かに耐えるように必死に瞳を閉じていた。



「帝斗っ!」



ばたん、と扉が開かれて慌てた様子で倫周が飛び込んで来た。

「倫っ・・!大丈夫だったか倫っ・・・どうしたんだお前、この格好・・・」

余程慌てて走ってきたのか、或いはこんな昼間からまさかとも思ったが倫周の衣服はずるずるに

崩れて帯びも解け掛かっているようだった。

少々蒼白な顔色をしながらも倫周はうれしそうに苦笑いをすると帝斗に向かって言った。

「待たせたな 帝斗、、、これで 決行、できる、、、!」



決行できるって、どういうことだ?

一同が顔を見合わせたとき。

「たった今、郭嘉から依頼が取れた。これで曹操にも怪しまれずに、呉の入り口まで案内出来る、、、

郭嘉がじきじきに軍を出す、、、俺たちが読んでいたよりも数は多そうだ。」

どういうことだ?曹操にも怪しまれずに、というのは一体・・・?

皆が倫周と帝斗を見合わせた。

「実はこれは賭けだったんです。いかに怪しまれずに魏軍を呉の入り口まで

おびき出すか考えあぐねていたところだったのですが、、、全て倫周の努力のお陰です」