蒼の国-白- |
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お前がいなくなったら俺は生きていけねえっ、俺が死ぬ最後の瞬間までお前は俺の側にいろよっ、、、
愛しているよ、倫周、、、
そんな言葉を温かい腕の中で聴いた日は何時だった・・・?
白い雪が江東の広い大地を埋め尽くす頃。
静かにその瞬間はやって来た、広い大地が真っ白な雪を音もなく穏やかに受け入れるその季節、
倫周にとっても又受け入れなければならない運命は音もなく忍び寄って来て・・・
「倫周っ!倫周はいるかっ!?」
執務中の倫周のもとに必死の形相で周瑜が飛び込んできたのは寒い雪の降る午後だった。
「周瑜さま・・?」
「ああ、倫、、、早く、早くっ、、、伯符さまがっ、、、!」
真っ青な顔でそう言ったけれどもう後は言葉にならない周瑜に引きずられるように手を取られて
向かった先に、横たわる誰かの姿を映して倫周の瞳は不思議そうに揺れた。
「周瑜さま?あれは・・・誰・・・?」
誰・・・?だれ、・・・?
周瑜に手を引かれたまま立ち尽くした倫周の足元に、寒い寒い雪の日の冷たい空気にさらされて、
落ちていった温かな滴、ぽとり、ぽとり、と冷たい床に落ちていった滴が倫周の瞳から溢れ出た
涙だとわかったとき、周瑜も又、似た面差しの瞳に大粒の涙を湛えていた。
「こっち、、来い、、よ、、、倫周、、俺の、、、、」
白い息があがっている、冷たい冷たい床に横たわるあの人の口元から・・・温かな吐息と共に
発せられた言葉、は・・・
「お前の誕生日に贈ってやろうと思って、、、ざまあ、ねえな、、、こんなことになるんなら黙って
狩りなんか行くんじゃなかったぜ、、、せめて最期にお前と一緒に狩りが出来たら、、よかった
のにな、、、倫周、、、、」
はあ、はあ、と荒い吐息を吐きながら苦しそうに言われた、その瞳には涙が溢れていた。
そっと、冷たい掌で倫周の細い指先を愛しむように包み込むと涙に震える声で孫策は言った。
何時の日か、青い闇の中で幸せに包まれながら言った同じ言葉を。
それが本当に最期の言葉だなんてわかりたくもなかったけれど。
「倫周、、、側にいるか、、?倫周、、、俺の、、、
側にいてくれ、、もっとこっち来て、、なあ、俺が死ぬ最期の瞬間までお前はずっと俺の側にいてくれ、、、
お前は俺のもん、、だからな、、、愛していたよ、お前だけ、、、お前だけを心から、、、
愛して、、、た、、、なあ倫周、俺を忘れないでくれ、、、そして出来れば、、、呉を、、、
仲謀や公瑾を助けて、、呉の未来を、、、見届けてくれ、、、」
ぱったりと、握られた掌が冷たい床に落ちて・・・
どっ・・何でっ・・・どうしてっ・・・握ってくれよ・・っ・・・もっと、もっと・・強くっ・・・この手を・・・
もっと、ずっとっ・・・握っててくれよぉっ・・・!
その日、倫周の誕生日を祝ってやろうと内緒で狩りに出掛けた孫策は立派な土産を手に
愛する者を驚かせてやるつもりだった。
いつもは側に倫周を従えて片時も側から放さずにいた孫策のそれは運命だったのか、
数人の共だけを連れて行ったいつもの狩場で、その太陽の如く輝きを快く思わない刺客の手によって
放たれた一本の矢によってその輝きは色を失くしていった。
温厚だった父、孫堅と同じようにして孫策も又心無い敵の罠に嵌められてその若き命を落としたのだった。
孫策ぅっ・・・!
怒涛の如く哀しみの声は音を無くして・・・言葉にならなかった・・・・
降りしきる雪は優しくて、音も無くて、しっとりと静かにすべてのものを包み込んでしまうかのように
穏やかで。
包んでくれよ、哀しみを、、信じられないこの哀しみを、辛さを・・・
引き裂かれる程のこの想いを・・っ・・・!
みんなみんな包んでくれよぉっ・・・・
「仲謀や公瑾を助けて呉の未来を見届けてくれ」
そう言って、、、
あの人は逝ってしまった。
いやだ、やだ、やだ、こんなの・・・
嫌だ・・・
倫周は掌をぼんやりと見つめながらふらふらと立ち上がるとそのまま当ても無く歩き出した。
「倫っ、何処へ行くんだ?外は雪が、、、」
遼二が声を掛けたが。
当然の如く、倫周の耳にはもう何も聴こえてなどいなかった。
倫周はふらふらと歩き出す。
外は真っ白い雪が大地を包み込んで、静かに、静かに、まるでこの世の全ての音を
のみこんでしまうかのように降り積もる。
氷のように冷たい大地に裸足の足元が速度を伴ったとき、、、
辺りに音が戻ってきて、ひゅうひゅうと風を切りながら吹きすさぶ冷たい白いものが頬を掠めて。
倫周は駆け出した、ただひたすらに真っ白な世界へ向かって無我夢中で駆けた。
一枚一枚、衣服を脱ぎ捨てて、ひたすらに走る。
その白い大地に足を取られながらも必死に走り続けた。
肌着を脱ぎ捨てて、舞い落ちる雪と同じ白い肌をその冷たさにさらして。
腰にあった剣を引き抜いた。
涙が溢れて。
白い大地に真っ赤な花が咲く。
次々と紅い花束をつくっていく。
倫周は剣を首筋に当てて引き下ろした。
「お前の誕生日に贈ってやろうと思って、、、」
どうして、、、1人で行ったんだ、、どうして、、、贈り物なんか、いらないっ、、、
あなたより大切なものなんか無いのに、、、何でひとりで、、、
誕生日なんかがあるから、、、俺が生まれた日なんかがあるからあなたは死んだ、、、
死んでしまった、、、俺は、呪うよ、、誕生日なんてっ、、生まれた日なんて、おぞましいだけだっ、、、!
嫌だ、いやだ、逝かないで、、、逝かないで、おいてかないで、、、
一人にしないで、、、っ、、、
連れてって、一緒に俺を、あなたの元へ連れてって、、、!
でも・・・俺は死なない、どうやったって死ぬことができない・・・どんなにこの身体を傷付けても、
どんなにこの肌を切り刻んでもっ!俺は死なない・・・死ねないんだっ・・・
孫策、孫策、孫、策・・そん・・・さ・・・く・・・・・・・
「倫周っ!!やめろーっ!倫周ーっっ・・・!」
仲間の声も、何もかも、届かない、倫周には孫策しか見えない。真っ白な世界の中で、、、
産まれて初めて愛してくれた人、あなたが、俺を、孫伯符・・・!
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