蒼の国-ベイブリッジで- |
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柔らかな春の日差しの夕暮れの時、倫周はいつも散歩に来る近くの河原を歩いていた。
傷もすっかり癒えて。川には春の夕陽が眩しい位に反射していた。
川面をオレンジ色に染めている。
ああ、あの日もこんな眩しい夕陽が河に反射してた。同じ色で。同じ春で。あの日、、、!
「見てっ!ねえ帝斗、夕陽がすごいっ・・・」
もうすぐデビューする記念にといって新しいドラムのスティックを選びに行った帰り道で、
いつもの助手席から身を乗り出すようにして倫周は叫んだ。横浜ベイブリッジの真ん中で
帝斗は車を留めた。
「ほんとにすごいなあ、おいで倫周!ちょっと降りて来てごらん!」
「いいの?」
うれしそうに助手席のドアを閉めて駆け寄って来る倫周をやさしげな瞳で帝斗は見つめた。
近頃ではほんのたわいの無い用事でもこうして倫周を連れて歩くことが多くなった。
帝斗にとっては素直にうれしそうな表情で付いてくるこの倫周がとても可愛くて仕方なかった。
「ねえねえ、こんなとこに車を留めてもいいのぉ?」
くすくすとうれしそうに笑いながら倫周は帝斗の腕にしがみ付いた。
「いいの。」
そう言いながら帝斗はメンソールの煙草に火を点けると気持ちよさそうにふうっと煙を吹き出した。
黄金色の髪が夕陽に溶け込んで眩しいばかりに輝きを増していた。倫周はそんな帝斗の仕草を
ひとつひとつ大事そうに観察してはどきどきと胸を高鳴らせていた。
「ね、帝斗はメンソールなんだ、煙草。なら俺もそうしよっかなあ?」
うれしそうに肩をぴったりと寄せながらそんなことを言った倫周に目を丸くしながら帝斗は言った。
「なんだ、倫周はもう煙草吸ってるの?まったく・・・いけない子だ。じゃあ遼二や信一もなのか?」
「うふ・・信一はノースモーカーだよ。吸ってるの見たことないもん。でも遼二は吸う・・・それに・・・
俺も・・・たまに・・・遼二程じゃないけどね・・・!」
ちょっと肩をすくめてみせる倫周の頭に手をやると軽くげんこつをくれた。
「悪い子だ!そういう子は此処に置いてっちゃうぞ!」
帝斗はきゅっと繭をしかめた振りをすると直ぐにくすりと微笑んだ。やさしい瞳が倫周を見つめて。
「吸う?」
そう言って自分の吸いかけの煙草を差し出して見せた。そんなことを言われただけで倫周の心は
もうどきどきと鼓動が早くなる。じっと帝斗の品のいい指に挟まれたメンソールを見つめて・・・
帝斗の煙草・・・帝斗の唇が触れた・・・煙草・・・・
引き寄せられるようにこくりと頷いたけれど。
「嘘だよ、冗談。まだ未成年はだめなのー。」
得意そうに微笑むと帝斗はぐいと火を消してしまった。
「ああ・・、ん!もったいない・・・!」
帝斗の唇が触れた煙草を一生懸命奪い取ろうと勢いよく手を伸ばしたところで欄干の突起に
つまずいてそのまますぐ側の大きな胸に倒れこんでしまった。
「帝斗・・・」
好き・・・帝斗・・大好きっ・・・!
しがみ付いたまま、ずっとそのまま動かない倫周の頬に目をやると夕陽に照らされたのとは明らかに
違う感じでその頬が真っ赤に染まって瞳を閉じている。そんな様子からは倫周の心の内が
はっきりと見て取れるようで帝斗は緩やかに微笑んだ。
「もう少しこのまま見ていくか?ちょっと寒いけどもう少ししたら街中に灯りが灯ってそれも又綺麗だよ?」
「ほんとっ?うんうん、見てく・・・も少しここにいたい・・・」
返事をしながら帝斗を見上げた拍子にしがみ付いていた身体が離れてしまったのが惜しいというような
表情をしてみせた倫周の様子にくすりと微笑むと帝斗は車の中から自分の上着を取り出して
倫周に羽織らせた。
「少し寒いだろう?」
「あっ・・ありがと・・・・」
ちょっとのことでも頬を真っ赤にしながら倫周は大事そうに帝斗の上着に包まった、まるで
帝斗本人に抱き締められているかのような表情をして。
そんな様子も帝斗にとってはとても可愛くて暗褐色の瞳はますます細くなっていくようで。
眼下にはもうぽつりぽつりと灯りが灯り始めていた。
「帝斗っ!ほら、ねえあそこ!この前いったとこだよねっ?わあ、あんなに小さい・・・」
「ね、結構綺麗だろう?ああ、けど倫周は香港育ちだったっけ、なら敵わないなあ・・・」
そう言って少々照れ笑いをした帝斗だったが、そのまま倫周は黙り込んでしまった。
何もしゃべらずにずっと遠くの景色に目をやっているだけで・・・
「どうした?寒いのか?」
急に黙り込んでしまった倫周にそう尋ねた。
小さな声で返事が返ってきたとき、帝斗ははっとして瞳を見開いた。
「俺、俺はここの方がいい・・・帝斗と一緒に見られるここの夜景の方が好きだよ・・・香港には
あんまりいい思い出ないんだ・・・」
そうだった、この子は香港で早くに両親を亡くしてたんだ・・・ああ、迂闊だった・・・
「ごめん、、、悪かった、、」
そう言って倫周の細い身体を覆うように後ろから抱き締めた。
ごめん、本当に。お前がどんな思いで香港を後にしてきたか何にも考えなかった、僕は・・・
本当に悪かったよ倫周。許しておくれ・・・
そんな思いを込めてしっかりと抱き締めた帝斗の腕が震えているようで。
倫周は思わず帝斗を振り返った。
「違うのっ・・俺は帝斗と一緒に見られる夜景の方がいいからっ・・そう思っただけで・・・
ここでなくても、、いいんだ・・・帝斗と一緒なら・・・何処でも・・・・」
お互いを見つめた瞳に煌く街の闇色が映り込んで。
「そろそろ帰ろうか。」
そう言って帝斗は視線をずらした。ゆっくりと車に戻ろうとしたとき、倫周の手が帝斗のシャツの
裾をつかんで・・・
「まだここにいたい・・・もう少しでいいから・・ここで見てたい・・・帝斗・・・・」
俯きながら小さな声でそう言う倫周がとても可愛くて、あんなことの後だから切なさが身体中に
漂ってそれが余計に抱き締めたい衝動を駆り立てて・・・
帝斗は無意識に腕を伸ばした、その腕が俯く倫周の肩に触れた瞬間・・・
帝斗はぐいと倫周の細い身体を抱き寄せると迷わずに唇を重ねた。強く、まるで奪い取るような
感じで、くちつ゛けた。
「んっ、、帝斗、、、」
そっと開いた唇に帝斗は少しずつ舌を絡ませた。頬を真っ赤に染めた倫周の頭を動けないように
押さえながら、茶色の細い髪を掻き乱すようにして深く絡めていった。
帝斗の想いが溢れ出る程に次第に激しくなっていって・・・
「んっ・・・」
突然の強く激しいくちつ゛けに奪われた倫周の想いも漏れ出して、2人は固く抱き合った。
「帝斗・・・あ・・・ん・・帝斗・・・・」
広い胸元に恥ずかしそうに顔を埋めてしがみ付いてくる倫周の頬をもう一度引き寄せると又も
激しいくちつ゛けをした。
通り過ぎる車の音と、夜風が強い春のベイブリッジで帝斗は倫周を抱き締めた。
帝斗、、、ああ帝斗、、っ、、!
好きだなんて云われたわけじゃない、ましてや愛しているなんて、、、!
でも、でも俺は本気だったんだ、本気であなたを、、、!
愛されてると思ってた、帝斗も俺を好きでいてくれてると思ってた、ずっと、そう信じて、、、
なのに、なのにあなたは来てくれなかった、いくら呼んでも、魂の限り叫んでも、
あなたは来てくれなかった、、、そして俺は紫月と、、、それでもあなたは助けてくれなかった、、、
待っていたんだ、ずっと、ずっと、あなたが助けに来てくれるのを、待っていたんだ、俺は1人で、、、
なのにあなたは俺の事なんか何とも思ってなかったんだ、だけど、、、!
じゃあ、あのくちつ゛けは何だったんだ、、、?
あの、燃えるようなくちつ゛け、、、俺の、初めての、、、!
帝斗、あなたが好き、、、今も、忘れられない、あなたが、あのくちつ゛けが消えないんだ!
俺の中から、、、どんなに誰かに抱かれても、どんなに誰かに乱されても、消えないんだ、
あなたのあの日のくちつ゛けがっ、、、
誰かに愛されれば消えるのか?誰かに愛されれば忘れられるのか?帝斗、、、
苦しいんだ帝斗!俺はもう苦しくて耐えられないよ、、、だから、助けて、、、!
誰でもいいから教えてくれよ、誰でもいいから愛してくれよ、誰でもいいから消してくれっ!
俺の中から帝斗の記憶を、消して、、、
ああ、助けて、、、
もう真っ暗になった河原に座り込み、地面にその頬をこすりつけるようにして倫周は泣いていた。
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