蒼の国-蒼の国2-
誰も皆、しばらくの時間が必要だった。ゆっくり考えて返事をするものと誰もがそう思っていた。

しかしことは意外な方向へ展開を見せた。

「俺はいいけど、、、皆は?」

最初に一之宮紫月が口を開いたのである。

紫月は確かにディレクターで才能もあったし、皆に尊敬されていたのだけれど、

体外こういった場合は粟津帝斗のほうが先に決断する事が多かったので一同は少々

驚いた様子であった。するとすぐに帝斗が言った。

「紫月さんがいいのでしたら、僕もいいですよ。」と。

この2人が揃ってそう言うのであれば従うしかないかもしれない。格別反対する理由もないし、

なんとなく高宮の依頼を受ける雰囲気になった時、

ボディガードの橘 京が半ば照れながら口を開いた。



「此処って女、いるの?」



はあ?

突飛な質問に皆が目を丸くした様子に恥ずかしそうにして京が言う。

「あ、だって、その不老不死、なわけでしょ?そんな長い間女の子、いないと俺やだなあ。」

ああああっ!又始まった!!!と苛々したのは潤だけであったか。

「いい加減にして下さいよぉー!!全くどうしてあなた方はそっちの方にしか頭が働かないんで

しょうねえ!?今はもっと、こう、真剣な話なんですからあー!!少しは真面目に、、、」

と潤が顔を真っ赤にして騒ぎ始めると、今度は京の方が大真面目に切り出した。

「馬鹿だなあ、俺は真面目よー?だってお前、よく考えてみ!不老不死よー。このまま歳、

とらないんだろ?俺だってまだばりばりの現役なんだし、永遠に女、居ないとこなんて

耐えられっこねえぜぇ?お前だって、ほら、一応男なんだからわかるでしょうー?なあ。」

と言って周りを見渡す。

調子よくその通りだ!と相つちをしたのはビルであった。

「それはそうだ!京が正しい」

と、気取った低い声なんぞを出して見せた。

「ですから僕が言いたいのはそういう事ではなくってー・・・」

今度は潤が反撃し一同は、あれやこれやと騒ぎを始めた様子に慌てて高宮が皆をなだめに入った。

「皆さん、落ち着いて下さい。すみません、私の説明不足です。此処に残って頂けるかを先走って

しまって、私がよくご説明しなかったもので。本当にすみません。落ち着いてよく聞いて下さい。」

と言うと、なにやらスクリーンの進化したようなものが投影され、高宮は説明を始めた。

「実は先程、橘さんがおっしゃられた事は本当に大切な話なんです。

結論から申しますと此処には女性は居りません。ですがたまたま此処に居ないというだけで

他の6つの国には女性がいるところもあります。此処でもいずれ女性が招かれることもあるかも

知れまんが今のところは予定しておりません。

私たちの仕事は過去に行って事実と史実をある程度修正し、それが終われば又此処へ帰って来る、

という生活をしています。

ここで一つ大事なことを申し上げておきます、いいですか?

当然のことですが過去へ行きますと、その時代によってはあなた方の顔見知りだった人間と

出会う事が想定されます。家族であったり友人であったり、でも彼らの記憶の中にあなた方は

残っていないんです。”蒼の国”に入国した時点であなた方の存在した事実は抹消されるのです。

つまり最初から居なかった人間という事になります。ですからあなた方は自分の家族や友人等に

会う事はあっても、相手からすれば初対面という事になります。

ここで先程の橘さんのお話に戻りますが、私達は過去の時代の”仕事先”へ行って様々な人と

巡り合います。当然、恋愛をする事も考えられます。恋愛する行為自体はかまいません。

むしろ自然な事ですし、何よりその恋愛相手が亡くなった時点で私達の事はその記憶から

消えてしまいますし、なんら差し支えは無いんですが、、、。

只、子孫を残すことは出来ません。

なぜならもしも子孫を残したとするならばとんでもない問題が生じてくることになるからです。

その子孫がごく普通の人生を送るなら問題ないのですが、まかり間違って偉大な人物に

なってしまいますと、歴史の修正どころではなくなるわけでして、、、。

例えば、エジソンとかナポレオンといったように史実に残るような人物になってしまう可能性も

ないとはいえませんから。

そこで、私達には子孫を残すことは許されていないんです。」



高宮がそこまで言うとすかさず京が口をはさんだ。

「じゃあいろんな時代で彼女!作れるってわけねぇ!!」

大乗り気ではしゃぎだした、そんな京を見て高宮はくすりと笑うと少々うれしそうに言った。



「もちろんです。それにあなたは歳をとらないわけですし、いつまでもその色男のままですから、

さぞたくさんの女性達におモテになるでしょうね。ですが、結構大変ですよ!相手はちゃんと

歳をとっていくんですから、寿命の永い女性だっておりますし、、、。」

ふふふ、、、と楽しそうに笑っている。想像しただけで、がっくり、と肩を落とした京を見て、

潤がそれみたことか!と得意そうな表情をした。そして高宮は居住まいを正すとこう続けた。

「まあ、今のはいい例なのですが先程も申し上げた通り”不老不死”というのは良い事ばかりでは

ありません。私たちには記憶というものが残ってしまいますから。

幸せな記憶ばかりでしたらいいでしょうが、当然辛い、苦しい記憶も存在します。たかが恋愛などと

思っていても実際にはそれがものすごく苦しいことになることだってあり得ます。まして私たちには

子孫も残せないわけですから。

苦しい記憶が圧倒的に多い場合、不死というのは限りなく辛いものになります。大げさに言って

しまえば生き地獄ともなり得るわけです。

確かに人手は必要ですし、この仕事は大事なことなのですが、その辺をよくお考えに

なられてからお返事を下さい。もし皆さんが”透の国”つまり天国へ入国されたいというのであれば

決して強要は致しません。天国では痛みや苦しみは存在しませんし。」

と言われると、またしても京が高宮に質問した。

「なあ、その、なんだ、、、天国には女はいるのかな、、、?」

ちょっと恥ずかしそうであったが。そんな様子に

こいつの頭の中はそれしか無いんかい?と潤はほとほと呆れ果てた表情をしてみせた。



「ええ、おりますよ。天国には女性もたくさん。ですが天国に行くと人間の煩悩が

消えてしまうんです。ですから、そうですね、多分あなたでも”女性を追い求める”事自体を

考え付かなくなる、といったところでしょうか?」

京はまたしてもがっくり、と肩を落として。

「だから言ってるんですよ、もっと真面目に考えて下さいってね。」

潤がすまし顔でそう言った。

すると京は覚悟を決めた!という感じで

「オッケー!俺、ここに残るぜ!煩悩をなくしちまうってのは嫌だからな、それに俺でも

何んかの役に立つんならね、喜んで、、、。」

珍しく真面目な感じで。続けてビルも同じようにここに残ると言った。

「ソウデスネー、人の役に立つのは良い事です!私でよければ使ってやってクダサーイ!」

こちらは相変わらずお調子者な感じだなーと思いながら、潤も口を開いた。

「僕も残ります。こうして選んで頂いたのも何かのご縁ですし、お役に立てるのであれば

僕もうれしいです。」

にっこりと、やはりこんな時でも若年寄りのような話し方であったが。



これらの様子を大きな瞳をきょろきょろさせながら見ていた信一が剛の方を見つめると

「俺、俺も天国へ行って剛のこと忘れんの、やだ、な。俺、けど、あんま役、立たないかも

しんないけど、、、それでもいいなら、俺も残りたい、、、。」

そう言うと恐る恐る剛の様子を伺った。

剛はやさしそうに微笑んで

「んな顔すんなって。お前と俺の行くとこはずっと一緒だぜ。」



残すはあと2人。当然、皆の視線の先はその2人に集まった。遼二と倫周の2人であった。

遼二は皆の視線を受けてきょろきょろと視線が泳いでいたが、先に口を開けたのは倫周の方

であった。

倫周は ふっと静かに瞳を閉じると こんなことを言った。

「なあ、”天国”には俺達より前に亡くなった人間がいるってことだろう?じゃあ、俺はこっちがいいな。

だって”天国”には、、、」



少しの間をおいて、でもすぐに続けた。

「だって天国には、親父がいるからな。又親父に怒られんの、やだし。」

そういうと、又微かに微笑んだ。そして今度は少々、明るい感じで

「あと、ここならドラム、できるだろ?皆もいるし、ずっと音楽、できるじゃん!」

倫周はそう言うと そうだよなっ、と言った感じで遼二の方を向いた。

遼二はすぐにうなずいて、もちろん!俺もここに残るよと言った。

この時の遼二の瞳がほんの一瞬だがものすごく大人に感じられて、潤は普段の遼二の感じからして

想像のつかない様子に少々驚くと、こんな一面もあるのだろうかと不思議な感じがしたのだった。

遠くに瞳をやって、その表情はやさしさにあふれているようでもあり、とても寂しそう、というか翳りが

感じられるようでもあった。

本当に一瞬の出来事であったが。

潤はこの感覚がとても不思儀に感じられてならなかった。



こうして全員が ”不老不死”の 蒼の国 に残ることとなり・・・

やがて誰しもが想像のつかないような様々な運命が一同を待ち受けることとなる。