乱火 其の六
「りゅ、琉・・・・・っ!」

はっきりと顔が見えない程近くに にじりよられて、そこには琉の熱い息使いまでもが衝撃な程リアルに

伝わってきた。瞳を細め切なげに、或いは少々辛そうにも感じられるその表情からは、琉の複雑な心中が

ありありと感じられて緋爛は足元の浮くような感覚に襲われるのを感じていた。



「緋爛さま、、、、、」



言葉より早く、吸い寄せられるように頬が触れ合い、、、、ぎこちなく唇が重ねられる、、、

緋爛は恥ずかしさと少しの怯えに戸惑いながらもその頬は真っ赤に染まり、そして無意識に

琉を求めるように顔を上げ、くちづけを受け入れるように瞳を閉じていた。



ん・・・・・・・ふ・・・・・・・・・・・



次第に深く絡み合う唇からは濡れた音が漏れ出して小屋の低いひさしに反射していた。

いつしか互いの背に回された腕には力が込められていて、それは何も言わずとも求め合う気持ちの強さを

示唆しているようでもあった。琉と緋爛は無言のまま流されるように心のままをぶつけ合っていった。

一度唇を離して互いを見つめ合えば、真っ赤に熟れた頬がより一層求め合う気持ちを増発させた。

そうして再び重ねては見つめ合い、又離しては頬染め合って、、、、

秋風の中で2人はしばし抑え切れない想いを絡め合っていったのである。





好きだなどと、一度も口にしたことはない。

気になって仕方がないなどと、伝えたこともない。

ましてや互いを思うとき、辛いまでに心が張り裂けそうな想いに駆られているなどと。

けれどもこのときの琉と緋爛には言葉に表さなくとも互いの心の内が手にとるように伝わっていた。

それはある種 確信であった、と言っても過言ではない。

重なり合う胸板からは弾ける程の脈拍を互いに感じ取っていた。やがて2人は獣のように唇を奪い合い、

そうしていて尚その先に進めずに躊躇し合いながらも ただ黙って抱き合うしか出来ないでいた。

秋の風に吹かれ、その冷気から守るように琉の大きな腕がすっぽりと緋爛の華奢な肩を包み込んで。

緋爛も又、逞しい腕に包まれたその感覚が心地よいというように瞳を閉じ、身体を預けるように寄り添っていて。





ああ、なんて気持ちいいんだろう?

こうして琉の胸の中に包まれていると今までの苦しかったことが嘘のように安らかな気分になっていく・・・・

本当はずっとこんなふうにしたかったのかも知れない

琉と、もっと素直になってもっと仲良くしたかったんだ・・・・

だからだ・・・・

いつも琉のことが気になって仕方なかったのは

琉のすることすべて、存在自体が気になって癪に障って仕方なかったのは僕が素直になれなかったから・・・

身分だの立場だのに捉われて琉を蔑むような態度をして来たのは本当は僕が琉のことをこんなふうに

想っていたからなんだ・・・・

そしてもしも琉が同じ気持ちでなかったとしたら・・・・それを知るのは怖かったから・・・・

もしも琉が僕のそんな想いを拒否したのなら・・・・

自分だけが疎外されてしまうようで、

僕のすべてを否定されてしまうようで怖かった。

だから僕はずっと、そんなことを隠そうとしてずっと・・・・

琉に冷たく当たってしまっていたんだ・・・・

本当は・・・・大好きだったのに・・・・

こんなに・・・・

焦がれる程好きで好きで仕方なかったのに・・・・

そんな気持ちに向き合おうとしなかったから・・・・

ずっと目を背けてばかりいたから・・・・・自分が傷つくのが怖かったから・・・

ああ、琉・・・・・・・・!





「僕はっ・・・・・・・・」

緋爛の口から僅かに零れた弱々しい言葉。熟れた頬を更に紅く熱くして、蕩ける瞳がすべてを語るように

揺れていて、、、、、

「ごめんね琉・・・・・・・僕は今まで・・・・・・・お前にずっと・・・・・・・ずっと・・・・・・・・」



冷たく当たってしまって−−−−−



そう言いたかった。

けれども緋爛は一瞬躊躇するように言葉を選んでは消え入りそうな声でそれを伝えるのだった。



「ずっと・・・・・我が侭ばかり言ってきた・・・・・・・・僕を・・・・許して・・・・・・・」



そんな言葉と共に一筋の涙が頬を伝わっては落ちた。その姿からは普段の高慢さなど微塵も消え失せていて

言いづらいことを口にしたせいか頬は真っ赤に染まり、それを隠すようにしっかりと琉の胸元に

顔を埋めているのだった。

そんな様子に琉は安堵とも何とも言いようのないような表情を浮かべながらも、彼特有のプライドを守るかのように

自身も又、想いの丈を口にしたのだった。





「緋爛さま、、、謝るのは俺の方なんです、、、、」

「琉・・・・・・・?」

緋爛は不思議そうに琉を見上げた。

「謝らなければならないのは俺の方です、、、、俺はずっと、、、、、

永い間ずっと、、、、あなたを特別な想いで見てきたんです、、、、ずっと、、、

そんなこと許されることじゃないのに、、、、

俺はあなたに、、、魅かれていたんです、、、、」

「琉っ・・・それなら僕も・・・・・・・」

「違うんですっ、、、ただ好きだというならまだしもっ、、、俺は、、、、、

あなたを自分の欲望のはけ口として頭の中でずっと穢していたんだ、、、、

毎晩、、、眠る前にあなたを想って俺はっ、、、、

そんな男なんです、、、汚い、、、最低の野郎なんです、、、、

だからあのときだって、、、、」



「あのとき・・・・・・・・・・って」



「あのとき、、、此処で、、、あの雨の中でっ、、、

あなたを無理矢理自分のものにしようとしたっ、、、、そんな汚い奴なんです、、、俺はっ、、、、」

琉は顔を背け、僅かに震える睫毛が濡れているように見えたのは見間違いだったのか?

噛み締めている唇も、辛そうに閉じた瞼も、紅く染まった頬も、そのすべてが彼の切ない心情をありありと

表しているかのようだった。

緋爛はたまらなくなり思わずそれらを否定するように大声を上げた。