乱火 其の四
「緋爛っ、、、、、緋爛さまっ、、、、こうしたかった、、、、、俺はずっとっ、、、、、、、、、

いつもあなたを見てた、、、、あなただけをっ、、、、ずっと、、、陰からずっと、、、、、」

信じられない言葉が耳元を掠めて・・・・・・

緋爛は無意識に溢れ出た涙で潤んだ瞳を硬直させた。

絡み合う舌先の熱さが心拍数を増加する・・・・・

引き裂かれた着物から零れ出た桃色の花びらに長い指先が触れればビクリと背筋が仰け反って・・・・・

それはまだ若い緋爛にとって学生間でのお遊びのような触れ合いとは全くといっていい程異なっていて、

当然の如く経験したことも無いような淫らな感覚に身体はもとより神経さえもが追いついていけるはずはなかった。

「あっ・・・・・・嫌っ・・・・・琉・・・・・やめ・・・て・・・・・・」

「緋爛、、、、、緋爛、、、、、ああっ、、、、、」

熱い吐息混じりに興奮した声が首筋を掠め鎖骨を撫でる・・・・・

綻んだ胸元の花びらを舌先が絡め取った瞬間に、重なり合った腹のあたりに感じた生温かい感覚に

2人はビクリと我に返った。



「あ・・・・・・・・」



じわじわと広がるようなその感覚。

雨に濡れて冷たくなっていた着物の上から湯を浴びせられたような感覚が、緋爛の放った夢精の痕だと

気付いたとき、まるでときが止まったように若い2人は硬直してしまった。

互いを見合わす瞳は驚愕に揺れていて。





「な・・・・・んで・・・・・・・・?なんでこんなことす・・・んだ・・・・・・・・」

「緋爛、、、、、、」

「どうしてっ・・・・・・・・!」

緋爛は気が違ったように怒鳴ると、恥ずかしさと驚きで涙をボロボロと零しながら後退りするように立ち上がった。

「無礼者っ・・・・・・!お前なんか二度と見たくないっ・・・・・・・」

「緋爛さまっ、、、、、、」

未だに降り止まない豪雨をものともせずに、逆に言うなればその雨の勢いでたった今 琉から受けた

愛欲の痕を洗い流してしまいたいとでもいうように緋爛は夢中で走り去って行った。

小さくなってゆく後ろ姿を琉は呆然と見送るしかなかった。





夏の暑さと悪戯な通り雨がもたらしたその出来事は、若き2人にとって一生忘れ得ぬ想いを刻み付けた

衝撃の一日であった。





その日以来2人は互いを見ようとはしなくなった。

護衛役として側にいてもひと言の会話などあるはずもなく、特に緋爛の方はあからさまに琉を避けるようになっており、

琉も又、苦い想いを抱えながらもその胸は潰れそうに重苦しい日々が続いていた。

時折ちらりと目をやる緋爛の横顔はいつも繭がしかめられているようで、緊張した面持ちが解けることはない。

琉は眠れない夜を過ごし、だがそれ以上に深い苦しみを抱えてしまったのは実は緋爛の方であったのだった。

あのときのことが頭から離れずに、酷い嫌悪感に苛まれながら、それ以上に緋爛を苦しめて止まなかったのは

身体の奥底からこみあげてげてくる言いようもない感覚であった。

否が応でも頭の中を駆け巡るあのときの記憶は、そのすべてが鮮明に思い出された。

熱く熟れた頬、

自分の肌を見て恥ずかしそうに俯いた横顔、

突然に奪われた唇の感覚、

荒い息使い、、、、、

そんなものが交互交互に頭の中を駆け巡る度に身体の中心から湧き上がるような無情なる感覚が、

自身の性欲によるものだと気付いたとき、それらはどうしようもない罪悪感となって若き緋爛を苦しめた。

琉を思い出す度に腹の奥から掬われるようなもぞもぞとした感覚が溢れ出る、

と同時に身体の方も無意識に興奮し、その変化の有様が目に痛かった。

その度に何度自室で自己解放の行為を行ったことだろう?

不本意だった。

衝撃でもあった。

琉とのあの出来事を思い出す度に日に何度も自室に逃げ込んでは高潮した自身の欲望を解放しなければ

ならなくて。



嫌だっ・・・・・こんな・・・ことっ・・・・・・・

こんなっ・・・・・・・淫らな行為・・・・・・・・・



マスターベーションという、年頃の男子ならば誰もが経験しているだろうその行為が格別に汚いものに

思えて緋爛は苦しんだ。

今までだって経験が無かったわけじゃない。ごくごく普通のこととして受け止めていられたそれが

何故にこんなにも罪悪感を伴うのか?緋爛にはその訳が解らなかった。

けれどもそれは今まで行ってきた興味本位の淡白なものとは明らかに感じが違っていて、それは無情にも

経験したことのない程に気持ちのよい到達感をもたらすもので、だから余計に酷い戸惑いの中にあったのだった。

琉を思うとき、決まって自身を押し包むその感覚に耐えられずに何度も自身の性器を弄った。

罪悪感と悦びに引き裂かれそうになりながらも、緋爛はどちらを捨て去ることも出来ずに苦しい想いが

限界に達する頃、緋爛と琉にとっての忘れ得ぬ日は再びその激情をぶつけ合おうとしていた。





真夏の厳しい暑さが僅かに緩み始めた初秋−−−−−





緋爛の両親が予期せぬ仕事の為突然に家を空けることになったのだ。

それは大よそひと月にも及ぶというもので、広大な邸には使用人を除いて若い2人のみになってしまった。

お守り役として、兄のような存在として、緋爛のことを頼むと主に念を押された琉は生真面目に頭を下げて

見せたが、そんな様子を陰から除き見ながら緋爛の方は複雑な思いに揺れていた。

まるで心臓が抉り取られるように不安な気持ちが押し包みながらも胸が高鳴ることに酷い嫌悪感を伴って

仕方なかった。

2人きりで過ごさざるを得ない環境が怖くもあり、だが決してそれだけはない気持ちをはっきりと確認出来ていて、

そんなことも緋爛はとても嫌だった。

もしかしたらあの夏の日の再来ともいうべきようなことが起こり得る可能性だってあるんだ・・・・・・

そんなことを考えればあの大雨の中で重ね合わされた唇の熱い感覚は生々しく思い出され、緋爛を襲い包んだ。

もしもそんなことになったら非常に嫌だし恐怖感だってある。

けれどもそれらの気持ちの中に僅かにでもその先を想像する自分がいて、緋爛にはそれがすごく怖くも感じられて

ならなかった。自分は何て卑猥なことを想像し、又は期待しているのだろうか?

いや、違う・・・・・・

期待などしてはいない。





「断じてない・・・・・・・・・!」





振り払うようにそう言って拳で机上を叩けども湧き上がってしまう欲望の感覚に苦しんだ。

あの先・・・・・・・・

唇を重ね合わせて・・・・・・・舌先が触れ合って・・・・・・・・・

琉は僕の着物を脱がせようとしたんだっ・・・・・・・・

あの後・・・・・・・

どうするつもりだったんだろう・・・・・・・・

ここ・・・・・・・この胸元・・・・・に・・・・・・・

ほんの少し唇が掠めて・・・・・・・それから・・・・・・・・

それから・・・・・・・・っ