乱火 其の壱 |
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僕はあいつが嫌いだった、
いつもいつも冷静な顔をして動揺のひとつも見せやしない。
今日からお前の遊び相手兼護衛役だと父さんに紹介された13歳の夏からずっと、、、、
あいつは同じ瞳で僕を見る、、、、
まったりとした濃い色の、黒曜石の瞳で僕を見る、、、、、
じっと、じっと、どんなときでも僕だけを見ているあいつの瞳が嫌いだ、、、、、
僕より身分の低いくせして僕より立派なその体格も、頭ひとつ飛び出る程の背の高さも、逞しい腕も何もかも。
大嫌いだった、、、、、
だから苛めたくなる、、、、、あいつが視界を遮る度に。
意地の悪いことをしたくて仕方なくなる、、、、、この気持ちは止めようもなくて。
何がそうさせるのか?
何故にそう思うのか?
あいつのことになるとどうしようもなく騒ぎ出すこの複雑な気持ちの原因が何なのか、
このときの僕には何も解らずにいたんだ-----------
「琉っ!琉は居ないのかっ!?」
「はっ、、、緋爛さまっ、お呼びでしょうか?」
「何をしているっ!?何処をほっつき歩いていたんだっ!僕の護衛も放っておいて!」
「も、申し訳ございません、、、、、何か御用で?」
夏の風に翻った真新しい絽の羽織物の裾に膝まづくように長身の腰を屈めながら、19歳になったばかりの青年、
叶 琉は苦い思いを噛み締めるように頭を垂れた。
「これから水遊びに行くんだ。お前はボートを漕ぐんだからー・・・・早くしろよっ!」
陽に透ける褐色の瞳をしかめながら高飛車にそう言い放つのは声変わりして間もないような邸の子息で、
琉より3歳年下の少年、先川緋爛である。
貧しさゆえ、中学を卒業するとすぐに奉公に就いた貿易商の主の邸で琉に与えられた仕事、それは
少々我が侭なところのあるこの子息、緋爛の遊び相手という名の事実上は護衛役というものであった。
「お前ってほんと、気がきかないのな?必要な時にはいつも居ない」
プリプリと癪に障ったように口を尖らせながら緋爛はぷいとそっぽを向いた。
「早くっ!行くぞボート小屋!」
「はい、、、、緋爛さま、、、、すみませんでした」
そんな扱いが茶飯事なのか、琉は苦虫を潰したように瞳をしかめながらも先を歩く緋爛の後ろ姿を眺めては
ふいと苦笑いのようなものを漏らしたりもしていた。
「ああ、いい天気!ちょっと暑いけど構わないだろ?」
ボート小屋に着くと少し機嫌が直ったのか、緋爛はうれしそうに空を見上げてはそんなことを口にした。
「緋爛さま、しっかりお掴まりになってください」
ゆっくりと琉はボートを漕ぎ出し、若い2人を乗せた船は真夏の太陽が燦々と降り注ぐ河を進んで行った。
「気持ちいいー・・・・・なんていい風なんだろう?なあ琉、お前もそう思う・・・・・」
上機嫌で振り返った先に額を汗濁にした琉の姿を映し出して緋爛は言葉を留めた。
けれども返って来たのはにっこりとやさしげな笑みと共に爽やかな言葉がほんの一瞬心に突き刺さり・・・・・
「本当に、、、、気持ちのいい風ですね?」
額に流れる汗を拭いながら琉は空を仰いでいた。そんな様子に緋爛はふいと瞳を翳らせると
少々辛そうに唇を噛み締めて、だがすぐに又、いつもの勝気な言葉じりを琉に浴びせるのだった。
「ぼうっとしてないで早く漕げよ。もっと先まで行くんだからぁー・・・・・」
強い口調で、けれども語尾は弱かった。
それは緋爛にとって、琉の前ではどうしても辛く当ってしまう、そんな自身の態度を嫌悪するかのようでもあった。
そんなことをしたいわけじゃない・・・・・
こんなことを言いたいわけじゃないのに・・・・・・・
どうしても素直になれない・・・・・
いつの頃からだったろう?緋爛は次第にこの琉といつも一緒にいることが苦しく感じられるようになり、
年月を追う毎にそんな気持ちは膨れ上がってきていたのだった。
自分を見詰める黒曜石のような瞳が気になって仕方なくなって・・・・・
護衛なのだから仕方ない、
いつも目の届くところにいるのは当たり前。
何度そう言い聞かせても拭えない重荷のような感覚が緋爛を押し包むようになると、それから逃れたいとでも
いうように琉に対して辛く当たることの多くなった自分が緋爛はとても嫌だった。
けれども他にどうしようもなくて・・・・・・
まだ思春期の真っ只中にいた彼にとってそれは致し方のないことだったと言えようか?
とにかく緋爛はこの琉を目にする度に複雑な心を持て余していたのは確かであった。
「緋爛さま、、、、緋爛さま、、、、、」
ぼうっと考え事のようなものをしていたのだろうか?
ふいに顔を覗き込まれて緋爛は驚いたように我に返ると、ビクリと腰を持ち上げた。
「なっ・・・・何だよっ、急にーっ・・・・・・失礼だろっ!」
「すみません、、、、ですがそろそろ戻られた方がよろしいのではと思って、、、、」
「戻る?何で・・・・・・?」
琉の言葉に緋爛は不機嫌そうに瞳をしかめた。
「ご覧ください、雲行きが芳しくない。このままだとじき雨になります。そろそろ戻られた方が、、、、」
そう言い掛けて、
「うるさいよっ・・・・・・」
ぴしゃりと機嫌の悪いと言った感情を剥き出しの声色に言葉を留められた。
「う・・・るさいよ・・・・いちいち指図をするな・・・・・・・そんなこと・・・・どうでもいいっ・・・・・
僕はもっと先まで行きたいんだからっ・・・・・」
「ですが、、、、危険です緋爛さま。風も出てきましたし大雨にでもなったら、、、、」
「いいんだよっ・・・・指図するなって言ってるっ・・・・・・」
「緋爛さま、、、、、」
「いいから・・・・・漕げよ・・・・・・・・
お前は黙って僕に従ってればそれでいいんだ・・・・・・いちいち口出しするな・・・・・・っ」
「はい、、、、、申し訳ありません、、、、、、」
ほんの一瞬苦虫を噛み潰したような表情で瞳を歪め、だがすぐにくいと前を見上げると、
琉は言われたままに再びオールを握り締めた。
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