運命の出会い
緩やかな風が心地よく肌にやさしい季節、その通りは大輪の白い花が満開だった。

春の午後の小さな画廊のショウウィンドウに僕は君を見つけた。

外の通りに咲き誇る花の如く、陶器のような白い肌の美しい少年が描かれた一枚の絵。

絵の中の少年は一瞬で僕の心を虜にした。



昼休みで賑わう丸の内を避けてふらりと足を伸ばした銀座の定食屋からの帰り道に、通り掛かった

小さな画廊のショウウィンドウに見つけた一枚の絵。

大手商社マンの冬崎洸一は即決でその絵を手にした。

突然に立ち寄ったお客が7桁もする絵を即金で買っていったものだから画商の方もかなり驚いた

様子であった。顧客としては見ない顔だったがまだ若いこの上客を大切に扱ったのは言うまでもない。



「これを描かれた作家さんもまだお若い先生なんですよ。ちょうどお客様と同じくらいですかね。」

洸一にしてみれば作家のことなどどうでもよかったが持ち帰る絵を梱包する間に画商が親切に

カタログやら案内状やらを出してくるものだから何とはなしに話を聞き流していた。

ふと目を通したパンフレットに今自分が買った絵に描かれた同じ少年の、違う構図の絵を何枚か

見つけて洸一は はっと瞳を見開いた。

そんな様子を海千山千の紳士が見落とすわけもなく、すかさず説明を足してきた。

「この先生は今このシリーズで人気が出てきておりましてね、ええ、お客様のお求め下さったのも

そのシリーズでございますね。よろしかったらパンフレットお持ちになって下さい。」

「え、ああ、これはどうも。頂きます。」

そう答えたがうわの空だった。洸一の頭はもうその少年のことで一杯になっていて。



渡されたパンフレットを穴が開く程見つめていると、又画商が話しかけてきた。

「余程お気に入られたようですね?もしよろしかったら今度先生に御紹介致しましょうか?」

「え?」

「お若い先生ですからきっとお話が合うんじゃないでしょうか、きっと先生も喜ばれると思いますよ、

たいがいはもっとお年を召されたお客様が多くてらっしゃるものですから。」

そうなんですか?と尋ねると緩やかに微笑みながら画商は言った。

「それはやはりお値段がこういったものですから。どうしてもお客様はご年配の方が多ございます。」

ああ、まあそう言われてみれば頷ける話だった。確かにこれだけの金額を支払うのであれば

今時の若者が欲しい物など体外は手に入るわけだし、だが一瞬で洸一の心をつかんで放さなかった

この一枚の絵は彼にとっては何物にも変え難いものであった。



「作家さんて男の方なんですか?それとも、、、この名前からすると女性ですかね?」

あまりに画商が若い作家だと連呼するものでふいにそんなことを口走った。

絵には「AYAHA]とサインが入れられていた。

興味を示した洸一に、画商はにっこりと微笑むと今度は何やら経歴のようなものが

記された紙を持ち出してきて丁寧に説明を始めた。

「こちらが先生の略歴でして。如月絢葉と申しまして男性の方ですよ。お歳は、、、えーと、

今年丁度30歳になられたばっかりですね。ね、お若いでしょう?」

「はあ、確かに。僕より一つ年上ですよ。」

あんまりに熱心な画商の様子に洸一は可笑しくなりふっと笑ってしまった。

一生懸命言ってくれているのであまりそっけなくしても何だか申し訳なくなって、

「じゃあ今度機会があったら会わせて下さい。」

と言った。



丁度梱包が済んだ大きな包みを手にしながら画商の方は喜んで返事をした。

「ええ、それは勿論。又個展のご案内も差し上げますし、そう、よく先生もこちらにいらっしゃるん

ですけどねえ。そうそう、この絵のモデルの少年を連れて、、、今度は何時頃来るんだったっけ、、、」

それを聞いた洸一の瞳が一瞬にして輝いた。



「あのっ!何時ですかっ!?来るの、今度っ、何時っ!?」



「へえ?」

あまりにも慌てて訊いたものだから画商はびっくりして持っていた高価な包みを落っことしそうになった。

瞬時にそれを支えながら洸一は瞳を輝かせて尋ねた。



「今度、先生がいらっしゃる時会わせて下さい。是非お願いします。僕は勤め、大手町ですから

何時でも来れますので。」



そう言って会社の方の名刺まで差し出した。

洸一の豹変振りに画商の方もあたふたとした様子だったが、彼を見送る頃には丁寧に

頭を下げながら言った。

「それでは日取りがわかりましたらご連絡差し上げます。きっと先生もお喜びになりますよ。」



やわらかに傾きかけた春の日差しが心地よく、洸一は弾む心でこの小さな画廊を後にした。