衝動の果てに |
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それから一週間もした頃、洸一は意を決して絢葉のマンションを訪れると部屋へは行かずに
木蓮が出て来るのを待っていた。
ひっそりと物陰に隠れるようにして待ち伏せするのは犯罪者のような感じがして気が引けたが、
もうこうするより他に方法が思い浮かばなかった。
夜遅くなって木蓮がマンションから出て来たのを確認し、しばらくそのまま後をつけて
マンションから遠ざかった所で洸一は木蓮を呼び止めた。
木蓮は一瞬驚いた顔をしたがこの前ほどきつい表情はしていなかった。
「あなた・・確かこの前の・・絢のところで会ったよね?」
そんなふうに自分から話し掛けてきた。洸一は少しほっとしながら木蓮と肩を並べて歩き出した。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ。」
そう言うと木蓮は意外にも明るい感じで「いいよ」と言った。
「家、すぐそこだから。寄ってけば?何も買ってないから酒とか無いけどいい?」
そんなふうに言われて洸一は一瞬言葉を失いそうになった。
こうしているとまるで普通の明るい少年だ。確かにそこら辺の息子たちとは一首違った雰囲気は
あるものの、だがそれは単に木蓮の並外れた容姿のせいだと洸一は思っていた。
顔立ちがまるで人形のように綺麗だという以外はこうしていると普通の少年と何ら変わりなく
見えるのに、ではあの日見たものは何だったんだろうと思ってしまう程、今日の木蓮は明るい
普通の少年だった。
木蓮の家はこじんまりとした北欧風の外観が洒落たアパートだった。
真っ暗な部屋に鍵を開けて入る姿に洸一はついうっかりと言葉が口をついて出てしまった。
「お家の人は?ご家族は一緒じゃないのか?」
木蓮は黙って部屋へ上がっていったが部屋の灯りを点けると洸一を振り返って言った。
「ひとりなんだ、俺。親は死んじまってさ。だから今一人暮らしってわけ。」
洸一は はっとなった。
「そ、そうか、ごめん、悪いこと言ってしまったな、、、」
とっさにそう謝ったが、しかし不思議だった。まだ高校生位なのにこんなところに一人暮らしだなんて?
一体どうやって生計を立てているんだろう?
そんなことが頭に浮かんだ。アパートは決して豪華という程ではなかったが、それでも一人暮らしを
始めたOLたちに人気のありそうな、いかにも洒落た感じの造りだった。
これなら家賃だってばかにならないはず、、、しかも都内のこんな一等地に?
洸一はきょろきょろと部屋中を見渡してしまった。
余程親の遺産でも入ったのかな?などと漠然と考えながら、でもどうしても気になって尋ねてみた。
「すごい綺麗なアパートだね、家賃とか大変じゃない?」
そう言うと木蓮はくすりと笑ってうれしそうに言った。
「だろ?俺もすごく気に入ってるんだ!でも別に大変じゃないよ。だってお金は絢が払ってくれてるんだ。
それに、俺が絢のモデルやる度にバイト代っていってたくさんこつ゛かいくれるから。」
洸一は驚いてしばらく言葉が出てこない程だった。
「じゃ、じゃあ高校は行ってるんだろ?それも絢葉さんが面倒見てるっていうのか?」
そう言うと木蓮は声をあげて可笑しそうに笑った。
「あはははっ、、、高校なんて行ってないよ、もう止めちまったもん。随分前だけどさ。」
そうしてぽんっと身軽に椅子に腰掛けると木蓮は自分のことを話し出した。
「俺ね、実は親戚の家に居たんだけどさ、何か居辛くってさ出てきちゃったんだ。そんでさ、
一人でふらふらしてたんだけどさ、そのうち金無くなってきちゃって。で、ちょっと掏ったら捕まっちゃってさ、
警察に引き渡されるとこを助けてもらったんだよね、偶然通りかかった絢に。でさ、
絢のモデルやる代わりに此処 住まわしてもらってるってわけ。
だからね絢は俺の命の恩人なんだよなあ。」
うれしそうにそう言う木蓮に洸一はあっけにとられたように言葉が出なかった。
そんな洸一におかまいなしに冷蔵庫から缶ジュースを出してくると木蓮は洸一にもそれを勧めた。
あまりにも平然と中退のことや掏りのことなどを話して聞かせる木蓮に半分苛立ちのようなものを
感じ、洸一はつい言ってはいけないことを口走ってしまった。
「君はっ、、、じゃあ君は絢葉さんに自分を売ってるとでもいうわけか?」
一瞬何を言われているのか意味がわからないといった表情の木蓮に、更に付け加えるように叫んだ。
「全部絢葉さんの面倒になって、、その代わりに自分の身体を引き換えにしてるってわけ?」
そう言われてようやく意味が通じたのか、さすがに木蓮の瞳に翳りが差した。
「関係ねえよ、そんなこと、、あんたにはさ。そんなのどうだっていいだろ?」
むっとしたように突っぱねる木蓮に我慢がならなかったのか気が付くと洸一は木蓮の腕を捻り上げていた。
「痛っ・・何すんだよ?放せよっ!」
思いっきりつかんだ手を振り解かれて、、、
知らないうちに洸一は木蓮の上に圧し掛かり、その細い身体を組み敷いていた。
・・・・・・・・・・・・・・・!?
「やっ・・やめろよっ!何すんだよっ・・!?」
どうしてそんなことになったのか、どこにそんな感情があったのか、自分の行動がよくつかめないまま、
洸一は木蓮にくちつ゛けをした。
「やっ・・・ちょっと冗談・・・・」
慌てたようにして木蓮は身を捩った。その綺麗な顔が目の前に迫っていて洸一は心臓が
高鳴るのを感じると共に理性が失われていくのも又同じに感じた。
自分でも信じられない程強引になっていくのがわかる、
目の前の木蓮が抵抗する程引き込まれていくのも又確かだった。
洸一は無意識に手元にあったスイッチで部屋の灯りを消すと勢いよく木蓮を抱き締めた。
「嫌っ・・やめろよっ・・・やめろったらっ・・!やだあっ・・・」
ぎゅうぎゅうと激しい程の力で細い身体を抱き締められて、洸一よりも背も低く 華奢な木蓮には
必死の抵抗も自身の体力を奪っていくだけだった。
抵抗の叫び声が涙声に変わる。綺麗な顔立ちが歪んで。
「やだ・・嫌・・・たすけて絢・・助けてっ絢あっ・・・」
からーんっ、と音をたてて缶ジュースが机から落ちる金属音で洸一は我に返った。
自分の下に木蓮の陶器の肌がところどころ引っかいたような傷を浮かべていて、、、
木蓮の綺麗な顔は蒼白く歪んでいた。
余程の力で押さえつけたのか細い手首にはくっきりと赤い痕が残って。洸一は真っ青になった。
とっさに自分が一体何をしたのか、どこまでしてしまったのかというように木蓮の上から飛び退いたが。
薄暗がりの中、恐る恐る目をやった先には、、、
白いシャツだけが引き裂かれて床に放り出されてある以外、後はまだ普通に衣服が身に着いていた。
洸一はそれを確認するとほっとしたように床に崩れ落ちた。
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