苦悩の再会
又ひとたびの時を置いて洸一は木蓮をその瞳に映すことになる。

春の陽がやわらかに降り注ぐ賑やかな展覧会場で、正に木蓮の花が満開の頃であった。

「おめでとうございます、先生。」

「この度も素敵なお作品で。」

そんな言葉が飛び交う中、賑やかに春季展が催されていた。

今日は初日のパーティーということで客である洸一も画廊から招待を受けていて、

半分気は進まなかったがおずおずとやって来たのであった。

ざわざわと賑やかなパーティー会場で一際華やかな雰囲気が目を引いて。

ご婦人方が黄色い声を揚げているその場所に彼は居た。

絢葉の隣りにぴったりと寄り添うように連れられて、

あれ以来正に9ヶ月振りの再会であった。



その名の如くしっとりと吸い込まれそうな高貴な香りのその肌は初めて見た日そのままに、

過ぎ行く季節が彼を少しずつ大人にして大きな瞳はまるで憂いさえ秘めているように儚げで、

そして眩い程の綸子の髪がたっぷりとやわらかく白い頬を包み込んで。

洸一はその姿を瞳に映した瞬間に今までの全てが飛んでしまう程衝撃を受けた。



こんなにも綺麗だった、そう初めて銀座の画廊に飾られていた絵の中の彼を見た瞬間から

自分はこんなにも唯ひとりに夢中になっていたことが、明確に自覚できた。

ときが止まったように洸一の瞳は唯ひとりに釘付けになって、、、

視線を感じたのか、ふい、と彼の瞳が動いた。そんな何気ない仕草までがやわらかにまるで

スローモーションのように映し出されて。

木蓮、、、!

洸一の瞳は釘付けられたまま動かずに、、、

ほんの一瞬、射るような視線を感じて はっと我に返った先には

洸一に気が付いて絢葉と共に木蓮が近付いて来るところだった。



「こんばんは、お久し振りです。」

変わらぬ品のいいハスキーボイスが耳に飛び込んできたが、

洸一は絢葉ともまともに目を合わせられずにその視線は泳いでいた。

そして その少し後から聴こえてきた声色で恐る恐る顔をあげた。

「こんばんは・・・」

木蓮、、!

ごくんと唾を呑みこむともう後は言葉にならなかった。



「先生!如月先生っ!どうもー、この度はおめでとうございますー。」

画商のような風貌の男性に声を掛けられて絢葉はしばし席を外した。

「すみません冬崎さん、すぐに戻りますのでちょっといいですか?ああ蓮、ちょっと冬崎さんと

ここで待っててくれないか。」

そう言うと絢葉は別の輪の中に入っていった。

しばらく沈黙が続いて、洸一は何を話していいかまるでわからなくて戸惑っていたが

意外にも木蓮は丁寧に話し掛けてきた。

「お元気そうですね、冬崎さん、、、絢が戻るまで何か飲み物でももらってきましょうか?」

鮮やかににっこりと微笑みまで見せながらそう言ったその姿に洸一は心臓が鷲つ゛かみされたように

苦しくなって一番訊きたかったことをつい口にしてしまった。



「何で?何で何も云わなかった?どうして、、、」



木蓮は人気の少ない方へ歩くと振り返ってぽつりと呟いた。



「云ったらどうかなるわけ?」

え、、、?

不思議そうな表情のまま固まってしまった洸一に木蓮は口元に笑みさえ浮かべながら言った。

「云ったら何か変わるわけ?何も変わらないじゃない?だったら絢を心配させるのは嫌だ・・・

俺は絢のものだもの。誰に何されたって俺は絢だけのものだ。

それが変わらなきゃ他には何もいらない、絢さえ側にいれば俺は何も望まない、

俺が愛してるのは絢だけだもの。」

笑みを浮かべながら拳が僅かに震えていた。木蓮は無理をするようにその後を続けた。

「又、いつでも遊びに来てくださいよ。歓迎しますよ、絢のマンションで・・・

いつでもお待ちしてますから。」

そう言う唇が微かに震えて、深い怒りの色が手に取るようにわかった。それでも無理をして

社交辞令を言う姿からはまるで自分は絢葉の代わりに言っているのだから、

自分は絢葉そのものなのだからと云っているようだった。

木蓮は丁寧に礼をすると絢葉のいるパーティー会場へ消えて行った。



洸一はしばらくその場を動くことができなかった。木蓮がいかに絢葉を愛して想っているかを

痛い程刻み込まれてその心はぐらぐらに揺らいでいた。



ああどうしてこれ程までに苦しんだろう?どうしてあんなことを聞いただけでこんなにも

心が痛むんだろう?君があんまり眩しいから、

その名の如くしっとりと吸い込まれそうなマグノリアの肌が

あんまりにも眩しくて綺麗で全部この手に入れたくなる。全部僕のものにしてしまいたくなる。

ああ怖いくらいだ、僕は君が、、、



「俺は絢のものだもの。俺が愛してるのは絢だけだもの。」



綺麗な紅色の口から発せられた言葉が残酷に耳に残る。

ああ、絢葉が羨ましい、、、あんなにも慕われて、あんなにも想われて、、、ああ、、

絢葉になりたい、、、僕はっ、、、絢葉が憎い程だっ、、、

洸一の脳裏にいつかの2人の情事が蘇る。

淫らな嬌声を漏らしながら絢葉の腕に抱かれていた木蓮の恍惚の表情が、目に焼きついて、、っ、、、



そういえばあのとき、絢葉は何をさせていた?確か木蓮に何かを強いていたような、、、?

「まだいっちゃだめだよ、ここから先はほら自分でできるだろう?いい子だ蓮、綺麗だよ・・・」

そんな言葉が走馬灯のように蘇って、、、



一体何をさせていたっていうんだ、まさか、、、

いつもあんなことをやらせているのだろうか?絢葉はいつもあんな、恐らくは自分で自分を高めるような

恥辱の行為を平気で木蓮に強いているのか、、?

そう思ったら洸一は急に自分が正当化されるような感じがした。あんなことをさせている絢葉の手から

木蓮を守ってやらなければ、と思ってしまったのである。

洸一にとってこの甚だの勘違いはこの後紛れもない苦しみに自身を追い込むこととなってしまう。

このまま木蓮を諦め切れなかったのは彼にとって最大の不幸であったといえよう。