寒    風
それからしばらく経っても結局は絢葉にそのことを告げられないまま黙々と時間だけが過ぎていた。

あれから一度も絢葉とは会っていないし勿論マンションへも訪ねてなどいるはずもなかった。

洸一は足早に過ぎ行く毎日を暗い表情で過ごしていた。

木蓮はどうしているだろうか、

このことを知らされた絢葉が自分をどう思っているだろうかなどと考え出したら切がなかった。



溜息の多い重苦しい日々に疲れ切った頃、洸一は銀座で偶然絢葉に会った。

絢葉の姿を映した瞬間にぎくりとし、全身が硬直して微動だにできなかった。

とっさに思ったのはどうしよう!ということだけで後はもうわけがわからずぎゅっと目を瞑った。






「やあ、お久し振りですね!お元気でしたか?すっかりご無沙汰しちゃって。」

明るい感じのハスキーボイスが耳に入ってきて洸一は驚きのあまりとっさに顔をあげた。

目の前に絢葉がにっこりと微笑んでいる。相変わらず端整な顔立ちで珍しいヘーゼル色の瞳に

思わず見とれてしまう程の美男子であった。

そんな絢葉の様子に半ば呆然としていた洸一を覗き込むようにして絢葉は話し掛けてきた。



「冬崎さん?どうかしましたか?もしよかったらそこらでお茶でも如何ですか?ああ、私は今

画廊に立ち寄った帰りでしてね。冬崎さん?」

「え?ああ、あ、いいですよ。はい、大丈夫です。」

絢葉に連れられて何処かの喫茶店へ入ったが洸一にはもう話の内容などおよそ耳に入っては

いなかった。以前と何ら変わらぬ絢葉の様子にかえってそれが不気味に思える程だった。



まさか木蓮は何も言ってないっていうのか?まさかそんな、、、だがもし本当に知らないのなら、、

何故木蓮は黙っているんだろう?あのあとすぐにでも絢葉に云ったと思っていたのに、、、



洸一にはそれがどう考えてもわからなかった。

話に上の空の洸一に感つ゛く様子もなく絢葉はにこやかに会話していた。



「そういえばいつぞやはすみませんでしたね。ほら、うちのモデルの子が失礼をしてしまって。」



そんな言葉にぎくり、としたがどうやら絢葉の言っているのは初めて洸一が絢葉のマンションを

訪ねた時のことのようだった。

あのとき何の挨拶もせずにリビングにも顔を出さない木蓮をたしなめていたっけ、

そう、そういえば絢葉と会うのはそれ以来だった。

2度目にマンションを訪れたときは絢葉と木蓮の情事を除き見てしまい、何も声を掛けずに

逃げるように出てきたんだっけ。そうしてその後、

あのことが、、、あって、、、



恐る恐る消極的な声で洸一は尋ねた。

「あ、あの、、モデルさんはお元気ですか、、、?」と。

すると明るい社交辞令的な答えが直ぐに返ってきた。

「ああ、もう元気ですよ。相変わらず愛想はないんですけれどね。」

そう言うと微笑みながらコーヒーを口にした。



たわいのない世間話をして絢葉と別れたのはそれから20分位してからだった。

「又お出掛けになって下さい、お待ちしてますから。」

そう言って絢葉は並木通りに留めてあった愛車に乗り込んだ。

新しいスタンディングショップの立ち並ぶこの通りを歩きながら洸一は唯一つのことを考えていた。



何も云っていないのか?だがどうして、、、?



考えた所でそんなこと分かるはずも無かった。