一夜の章 其の四 |
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闇が深くなる−−−−−
音も無く降りしきる雪の冷たさが次第に燃え滾る炎のように身体中を押し包む−−−−−
どれ程のときが過ぎたのだろう?
そんなことは解らなかった。
酷く永いようにも感じられ、だが実際にはほんの僅かだったのかも知れない。
堪らずに溢れ出る涙の如く朱華は声を振り絞って許しを請った。
「一夜さま・・・・・・・一夜さまっ・・・・・お願いっ・・・・・
中に入れてっ・・・・・・・もう・・・・許してっ・・・・・・・
でないと凍えてしまうっ・・・・・・
せめて・・・・せめてっ・・・・・・着物だけでも羽織らせてください・・・・・っ・・・・・・
お願い・・・・・・お願いだよー・・・・・・っ・・・・・このままじゃ・・・・・・・」
死んでしまうっ−−−−−
枯れ逝く華が最後の力を振り絞るように朱華は叫んだ。
「あ・・・・・ぁっ・・・・・・・・・嫌っ・・・・・・・・一夜・・・・・一夜ー・・・・・・っ
寒い・・・・・・・寒いよぅ・・・・・っ・・・・・・身体がっ・・・・痛いっ・・・・
お・・・・・願い・・・・・・・助け・・て・・・・・・・中に・・・・・
入れて・・・・・・・・・・・もう・・・・・・・」
許して・・・・・・・っ!
「えっ・・・・・え・・・っ・・・・・んっ・・・・んんっ・・・・んーっ・・・・・・っ」
泣くことでしか最早その痛みから逃れることは出来得なかった。
それは本能なのか? 朱華に許された最後の安らぎを求めるように溢れ出る涙が頬を伝わっては
真っ白な雪の上に僅かな蒸気が立ち込めては消えた。
「いっそ本当に死んでしまえばいい、、、、、」
すすり泣く声を出すのも疲れ果て、がっくりとうなだれしゃがみ込んでいる細い身体をを見下ろしながら
一夜はそう言って瞳をしかめた。
そんな言葉が耳を掠めると共に僅かな温もりを側に感じて、朱華は虚ろに顔を持ち上げた。
「お前など、、、、、っ、、、このまま雪に埋もれて消えてしまえばいいんだ、、、、、」
「一・・・夜さま・・・・・・・」
見上げた先に自分を見下ろす一夜の姿を確認して朱華は朧げに瞳を揺らした。
あまりの冷たさと拘束された身体、凍るような世界の中で朱華の神経は既に朦朧となっており、
咄嗟には何事にも反応出来るような状態ではなかったが、
だが一夜は朱華の肩先や頭に降り積もった雪を払い除けると、ふいとしゃがみ込んで信じられないことに
そのまま彼を抱き締めた。
軽く、まるでやわらかく儚げな真綿の束を抱え込むように丁寧に、
そして酷く大切そうに細い身体を包み込むように抱き締めた。
「寒かったろう? こんなに、、、、冷たくなって、、、、、、
待っていろ、、、、今、、、温めてやる、、、、、、、
この俺の、、、、体温で、、、、、、お前を、、、、、、、」
そう言うと一夜は自らも帯を緩め着物を肩から滑らせて、体温を差し出すかのように肌を露にした。
そうして再び大事そうに凍えた朱華の身体を包み込み・・・・・・・
「可哀そうにな朱華? こんなに冷たく凍えて、、、、さぞ辛かっただろう、、、、?
綺麗なお前の白い肌もこんなに真っ赤に腫らして痕まで作って、、、、、痛かっただろう?
痛くて、苦しくて、、、、辛くて、、、、、、どうしようもなくてっ、、、、、」
一夜は朱華の凍えた頬や唇を溶かすように自身の唇を押し当てた。
囁き、そして叫び出し、まるで思いを吐き出すかのように絶叫しながらくちづけて・・・・・・
荒く乱れる吐息は湯気を伴い真っ白に朱華の頬を包み込みながら、降りしきる雪を溶かして消えた。
朱華は朦朧としたまま次第に激しくなる耳元の吐息にそれでも少しの意識を感じて、懸命にそれらを
手繰り寄せるように瞳を揺らしていた。
そうして一夜の抱き締めていた腕に力が込もり、弄るように押し当てていた唇が冷たい胸元の花びらに
触れた瞬間に、2人は磁器のようにビクリと肩を震わせた。
「あっ・・・・・・一夜・・・・・・一・・・・っ」
漏れ出した嬌声にようやくと戻りつつある意識を確認し、ほんの一瞬翡翠玉の瞳が緩む。
けれども一夜は綻び始めた胸元の花びらに目をやると すぐにきゅっと繭をしかめてみせた。
そして変わらずに、、、、、
罵倒の言葉がついて出る−−−−−
「ここ、、、、、、
ここを舐められて気持ちよかったか朱華、、、、、?
崇史に、、、、、そして京二にも、、、、他の奴らにもさせたのだろう、、、、?
舐めさせて銜えさせて、、、、反応じて腫らせてっ、、、、、、、いやらしい蜜でいっぱいに濡らしてっ、、、、、
で、到達して悦んで、、、、夢中にさせて、、、か?、、、、、」
クリクリと胸の突起を撫で回しながら一夜はそんなふうに侮蔑した。
凍えて失くしていた神経が彼の触れる側から見事に潤いを取り戻すように、朱華の身体もされるがままに
素直に反応してみせる。誰よりも愛する唯ひとりの存在、一夜にそうされることで反応してしまったに
他ならなかった。けれども一夜の瞳にはそうは映ってはくれるはずもなく、すれ違ったままに
傷を深くこじ開けるが如く彼は朱華を罵倒した。
「はっ・・・・・ぁああっ・・・一夜っ・・・・・一・・夜さ・・・まっ・・・・・・・・」
「はっ、、、もうそれか!? そんなみっともない声出しやがってっ、、、、
この瞳もっ、、、、、虚ろに揺らして誘ってるっ、、、、、
こんなふうに、、、、、
こんなふうにして誘ったのか、、、、、? こんな、、、、みっともないような顔してっ、、、、、」
「あ・・・・・・一・・・・・・夜・・・・・・」
「このっ、、、、売女がっ、、、、、お前などっ、、、、、
岡場所の女よりもタチの悪い淫売だっ、、、、、、、こんな、、、、、こんなみっともない顔して
男に寄り掛かりやがってっ、、、、、
そのくせこの汚い身体で俺にも欲をせびるっ、、、、、、
散々あいつら(側用人たち)に好きにさせたこの汚い身体でっ、、、、、
何の悪気もなく当然のように俺に甘え寄り添ってっ、、、、このっ下衆野郎っ、、、、、、」
一夜は朱華を突き飛ばし、そして又引き上げて、そして又突き飛ばしては凍える細い身体を何度も叩いた。
繰り返し繰り返し、叩きつけて−−−−−
冷え過ぎた皮膚は脆く、すぐにも朱華の色白の肌に紅い痕がくっきりと浮かび出て。
やがて痕だけでは収まらず美しい陶器のような肌から紅い雫が滴れ出すのは容易に想像し得たことであった。
「やっ・・・・・嫌っ・・・・嫌ああぁぁぁっ・・・・・痛いっ・・・・・・・痛っ・・・・一夜っ・・・・一夜ー・・・・・・っ」
朱華は叫び、何とか一夜の織り成す痛みから逃れようとしても、きつく頭上で括り付けられた縄からも又
逃れられずに、出来ることは泣き叫ぶことだけであった。
声の限りに懇願し、痛みを和らげるとでもいうように泣き叫んだ。
邸の一番隅からは、降りしきる雪でさえも押し包めない程の絶叫が木魂して・・・・・・・
そんな声を聞きながら崇史ら側用人たちは、誰もが気まずそうに唇を歪めながら
無言のままで互いを見詰め合っていた。
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