朱華の章 其の壱
春の朧が朱の花を見事に映し出す頃になると決まって甘い痛みがこの胸を走る−−−−−

元気でいるだろうか?

遠い昔に翻弄された想いが今も尚消えずに心の中で疼き出す−−−−−










「蕗耶というのか?美しい名だ。それに・・・・・容姿もその名にふさわしい美形だな?」

朧月が差し込む御簾越しに、僅かに微笑む美しい形の口元が満足げにそう言った。

「では蕗耶、今日からよろしく勤めてもらおう。歓迎は後日ゆっくりと・・・・・

何分今宵は立て込んでいてね?悪いがこれで失礼するよ。」

「はっ、、、、、お世話になります。」

はらりと色白の手が御簾を下ろしたと同時に蕗耶は丁寧に頭を下げた。







「ふふふふ・・・・・そう慌てるな。今宵は夜が明けるまで望むだけ与えてやると、そう言ったろう?」

「本当?」

「ああ、いつもだってそうしてるだろ?」

「うん、、、、でも朝なんてすぐ来てしまうもの、、、、少しのときも勿体無くて、、、、、」

「この・・・・・好きものが。ではそんなことを言ったのを後悔するくらい嬲ってやるよ。」

「や、、、、、ん、、、一夜、、、、、」







御簾の向こうからぼそぼそと聞えて来るそんな会話に蕗耶は酷く驚き、しばらくはその場を下がることも

忘れてしまっていた。

この程、縁あって仕えることになったこの屋敷の、若き当主 藤林一夜の私室で挨拶を済ませたその晩。

強烈な印象のその出来事が後に自身を想像も出来得ないような苦悩の渦へと誘うなどとは思いもせずに、

ただただ奇妙な感覚だけが波紋のように胸に引っ掛かって止まなかった。



あれは男、、、、、、?



おそらくは一夜の夜の愉しみであろう色香が漂っていたあの御簾の向こうで、だがうれしそうに

一夜に纏わるその声が、どう考えても女のものとは思えずに蕗耶は同じ側使えの崇史にその疑問を打ち明けた。             

すると崇史は笑って率直に答えを返した。

「そう、やっぱり気がついたんだな?俺も最初はびっくりしたけど、、、、」

「最初はって、、、、一夜さまはいつからあのようなことを?」

「ああ、、、いつだったかな?もう一年にもなるか?いきなり一夜さまがあの小僧を拾って来られてから。」

「拾って来たのですか?」

「そう、街でふらついていた身寄りのない奴だとかで、、、、突然屋敷に連れ帰ってからというもの

ずっとあいつに係りきりさ。まったく、、、、一夜さまにも困ったものだぜ、、、、

そろそろいいお歳だっていうのに嫁の一人も取らずにあんな子供を相手にして、、、、

しかもよ?蕗耶殿が気付かれた通りあいつは男だし、、、、、

屋敷の者は皆気を揉んでいるけどな。まあ、蕗耶殿も気をつけるに越したことはねえぜ?

何せあいつときたら酷い色情で、、、、」

「色情?声の感じだとまだ未成年といったところだったが、、、、」

「大当たり!まだほんのガキさ。一応元服はしてるんだってけど、どこまで本当だか妖しいもんだぜ。

しかもあいつときたらとんでもねえ色ものでね。ま、そのうち解ると思うぜ。

とにかく一夜さまの色事に関しては見て見ぬ振り!これが約束だから覚えといて!」

そう言ってポンと肩を叩くと崇史はそそくさと仕事に戻って行った。



色情だって?どういうことだ、、、、、、



自身の見解の中ではどうにも想像さえつきかねるそんな話に蕗耶は不思議そうに頭を捻った。

だが何故か、どうしても頭から離れないあのときの少年の声がその後 蕗耶を怒涛の渦へと巻き込んでしまうまでに

さして時間は掛からなかった。

それはまだ浅い春の宵の出来事−−−−−

下りたばかりの蒼い闇に大輪の白き花が最も美しく咲き零れるその時間。

忘れ得ぬ出来事への入り口は衝撃の形で姿を現した。

闇に揺れる儚げな灯りに照らされて背後に僅かな気配を感じ、蕗耶は袂を持ち上げるとふと後ろを振り返った。





「あっ・・・・・・・・・・・」

贅沢な造りの庭園の池にゆらりと浮かんだ月映に、えもいわれぬ程の美しい少年の姿を垣間見て

その場に硬直するように大きな碧玉の瞳を見開いた。

「なっ・・・・・・っ!?」

遮っていた草葉をぐいと両の手で取り払い、見え隠れしていた少年の全貌をはっきりと映し出したとき、

あまりの衝撃に蕗耶は瞳を見開いたまま瞬時に全身が凍りつく思いに駆られた。

足元は硬直し、一歩も動けずに。言葉さえも儘ならず美しい色の瞳だけを見開いているのみで・・・・

そこには上半身の着物を露に剥かれて後ろ手に紐を括りつけられた状態で少年が寝転んでいた。



「だ・・・れ・・・・・・?」

僅かに虚ろな少年の瞳がゆるりと動いて、発せられた短い言葉は息も絶え絶えといった感じで苦しそうだった。

「き、君っ、、、、、どうしたんだこんなっ、、、、、、こんな格好、、、で、、、、

待っていろ、、、今解いてやるから、、、、、」

蕗耶は慌てて、だが言葉を交わし合ったことでようやくと身体の硬直がとけたかのようでもあり、

未だ足が縺れるようになりながらも急いで少年へと歩み寄ると夢中で両腕を縛っている紐を解いてやった。



「ありがと・・・・・・・助かったよ。」

ほうっと少年は大きく吐息を漏らした。

「大丈夫か、、、、、?いったいどうしたって、、、こんな、、、、、」

少年のものとは思えないような色白の肌と華奢な肩越しに蕗耶はとっさに目を背けながらもそう訊いた。

だがその瞬間、信じられないような言葉が耳を掠めて蕗耶は ハッと少年を振り返った。



「ふふふ・・・・いつものことさ・・・・・これは一夜さまのお仕置き・・・・・・・」

「お仕置きっ!??一夜さまのって、、、、じゃあ君がっ、、、、、」

「朱華・・・・・・」

「えっ!?」

「朱華っていうんだ俺・・・・・一夜さまの夜のお相手を務めてる。

あなた・・・・初めて会う?じゃあ新しく入った側用人さん?」

「えっ?、、、、、、ああ、、、、そう、、、、、先週から、、、、、蕗耶っていうんだ、、、、、」

「蕗耶さん?へえ・・・・・綺麗な名前だね?それに・・・・・綺麗な瞳の色・・・・・珍しいね碧玉なんだ?」

そんなことを言いながらふいと顔を近付けられて、蕗耶はびくりと肩を竦めた。



なんて見事な、、、、、、



自分を覗いてくる少年の頬が今にもくっつきそうな程近くに存在していて。

そして初めてこれ程までに側で見る彼の美しさに思わず感嘆の溜息が零れた。

つややかな繻子の髪、昇ったばかりの朱月を映し出す大きな瞳は憂い、潤んでも見えるようで

まるで人形のような紅の唇は僅かに濡れて、その様はまるで女と見紛う程に美しかった。

思わず我を忘れて見とれてしまう、そんな彼の唇から信じ難いような言葉が漏れ出して

蕗耶は驚き、綺麗だと言われた碧玉の瞳を揺らした。





「ねえ・・・・・俺を抱いてくれない?」

「えっ、、、、、、、?」

「助けてくれた御礼にさ・・・・・・・何してもいいよ。」

「なっ、何してもって君、、、、、っ」

「いいじゃない・・・・・あなた綺麗な人だし・・・・・・・俺あなたにだったら何されてもいいよ・・・・・

一夜には・・・・・黙ってれば分からないから・・・・・・」

「何言って、、、、、、」

「だって何か御礼がしたいんだ。だけど俺何もできないから・・・・・・

お金もないし・・・・・俺にしてあげられることっていったらそのくらいだから・・・・・

身体で・・・・あなたを悦ばせてあげるくらいしか・・・・・・ないし・・・・・・それに・・・・

今とっても寒いんだ。 だから・・・・・温めてよ・・・・・・あなたの・・・・体温で俺を・・・・・・・」

そう言って首筋に抱きつかれ、知らない間に襟を開かれて、、、、、

流れるようなその仕草に気付けば重なり合った唇に心臓は張り裂けそうな程脈打っていた。



「っ、、、、、、、、、!」

「素敵・・・・・蕗耶さん・・・・・・・・あなたの唇とっても熱いよ・・・・・・

舌も・・・・・気持ちいい・・・・・・」

とろけるような瞳と声でそんなことを言っている、、、、、

揺らぐ意識を完全に突き崩したのは彼がこの直後に放ったひと言だった。

「この舌で・・・・掻きまわされてみたいよ・・・・・俺の敏感なところ・・・・・・・

ココと・・・・・そして・・・・・・・ほら・・・・ココもさ・・・・・?」

くいと手を取られ、持っていかれた先は既に天を仰ぎ始めていた彼の熱いものだった。

「ね・・・・・お願い・・・・・・・あなたの舌でココを苛めて?」

とろけて寄り掛かる彼の色白の腕を首筋にまわされて−−−−−






春の宵の衝撃の出来事だった。

夢のような幻のような、確かにそこに在るような無いような、そんな不可思議な感覚の。

けれどもそれは以後の蕗耶の心を捉え惑わせ悶えさせる、苦悩への扉の入り口でもあったのだ。

逆らえず、留まれず、無情にも湧き上がる本能のままに流されて・・・・・

気がつくと蕗耶は夢中で目の前の細い身体を抱いていた。 まるでむさぼるように虜になって溺れていた。







「ねえ・・・・俺あなたが気に入った・・・・・あなたのこと・・・・・好きになっちゃった・・・・・

だってあなたすごく情熱的で・・・・はっきり言って一夜さまにされるよりも気持ちよかったから・・・・・

あなたはどう? 俺のこと嫌い? 蕗耶・・・・って呼び捨ててもいい?」

半ば虚ろうような瞳で首筋にしがみつかれながら、人形のような美しい顔立ちがゆらゆらと映り込み、

濡れた唇でそんなことを言われたらゾクリと背筋を伝う欲望はどんなに理性のある人間であっても

僅かでも心を揺るがされるに違いない。ましてやたった今、深く繋がり合ったばかりの存在が

そんなことを言ったならば、それは自制心を突き崩すに余りあった。

そして極めつけのひと言が、揺らいでいた清らかな心を完全に破壊しつくす。

「よかったら・・・・これからも逢って欲しいんだ・・・・俺と・・・・・

もう一度・・・・あなたに抱かれてみたい・・・・・蕗耶・・・・・・

ねえ、蕗耶・・・・・・・もう一度・・・・

あなたの硬いモノで俺を掻き雑ぜられてみたいの・・・・・・あなたの・・・・・・コレで・・・・・・

俺を・・・・・・」

さわさわと華奢な指先が目的に向かい、何の悪びれた様子もなくそれは当たり前のように捉えられて、

そして細い指先がきゅっと握り込んだ感覚が再び本能を膨張させて。



「あ・・・・・だめ・・・・・・又して欲しくなっちゃった・・・・・・・

蕗耶・・・・・・今すぐ・・・・して欲しくなっちゃった・・・・・・・」

熱い吐息が耳元を掠め、蕩ける瞳は淫らこの上なく漂って−−−−−

それでも僅かに勝っていた蕗耶の自制心を二度と引き返せない魅惑の渦の中へと引き込んだのは

やはり彼の放った衝撃の囁きだった。