朱華の章 其の弐
「一夜さまはね、おっかないヒトなの・・・・・・俺のことをいつも苛める・・・・・」

「おっかない、、、、って、、、、、?」

「うん・・・・怖いヒト・・・・・・・・とてもとても怖いヒトだよ・・・・・・・」

「怖い、、、、、、?]

「そう・・・・怒るとさっきみたいに俺を縛ったり・・・・・・・・もっと酷いことだって・・・・・」

「もっと、、、、酷いこと、、、、、って?」

恐る恐る、だがその先の言葉を早く引き摺り出したくて、蕗耶は逸る気持ちを必死に抑えながらそう訊いた。

「いつもあんなふうに、、、、、その、、、縛られたりするのか?」

「縛られたり・・・・・・・?

うん・・・・・あんなのは・・・・いい方だよ・・・・・・今日はそんなに酷く怒ってない方・・・・・」



あんなことをしておいて酷くないだと?ではいったいどういうことが酷いことなのだろうか?



それ以上の想像が瞬時に胸に浮かび上がり、しかもそんな妄想に嫌悪感よりも興味心の方が

強く存在したのを感じて蕗耶は酷い自己呵責の念に陥った。



酷いこと、なんて想像するにたやすいことだった。

あんなこと、こんなこと、いやもしかしたらもっとその先までか?

そんなうずいた妄想が全身を支配して、言わずも蕗耶のソレは硬く天を目指してそそり立ってしまっていた。                  

恥ずかしさにその様を見られまいと慌てて着物の裾を整える、

だが朱華は華奢な身体の全体重を自分に押し当てるようにぐったりと寄り添ってきた。





「みんなの前で・・・・・させられるんだ・・・・・・」

「えっ!?」

「みんなの前で一夜さまは・・・・俺を・・・・・・・

側用人さんをみんな集めて俺の周りに引き寄せて・・・・・・

そのまま一夜さまに・・・・・・」

そこまで聞いて蕗耶は瞬時に頬が真っ赤に染まった。

熟れて崩れる程熱くなって、、、、、

「酷いだろう・・・・?

もう・・・・すごく恥ずかしくて、みんなに晒されて・・・・・崇史にも、京二にも、それにいつかはあなたの前でも

恥ずかしい格好させられるかも知れない・・・・・・・」

「恥ずかしい格好ってっ、、、、、」

「助けてっ蕗耶っ・・・・・

恐いんだ・・・・・あんなこと・・・・・・恥ずかしくてもう死んでしまいたい・・・・・っ

だからお願いっ・・・・俺をっ・・・・・・

今だけでいいから・・・・・・

離さないでっ・・・・・・

ずっと・・・・・・

抱き締めていて・・・・・っ!」





あなたが好きだよ蕗耶−−−−−−





そんな彼の言葉が蕗耶を掻き乱し、次第に燃え上がる嫉妬心を追い風の如く煽ったのは言うまでもなかった。

蕗耶は翻弄され、言われるままに信じ込み、朱華との蜜月のときが三度も続けば主である一夜に対する対抗心で

その心はいっぱいになっていった。

触発の感情は通常では在り得ないような自らの分身を生み出して、いつしかそれは一夜から朱華を奪い取りたいと                

さえ思わせる程に膨張し、めらめらと燃えさかる炎は紅を通り越して蒼白いまでに熱を伴っていった。

だがそんな蕗耶の、ともすれば異常ともいえるような感情に、一気に消沈のときがおとずれたのは彼がこの屋敷へ

仕えるようになってからほんのひと月の後のことであった。



それはいつものように朱華との待ち切れない蜜月を重ねようと、逸る気持ちを抑えながら訪れた屋敷の外れに

位置する密かな繁みの中で起こった。

確かに朱華のものと思われる声が微かに聞えて、だが少々勝気な感じのその様子に蕗耶は一瞬

声を掛けるのをためらった。

それは信じられないような会話−−−−−

今までのすべてを塗り替えてしまうような衝撃の事実であった。







「あ・・・ははっ・・・・・怒ってるんだ一夜さま・・・・・・

俺があなたの側用人と寝たのがそんなにつまらない? 」

蕗耶にしてみれば耳を疑うようなその会話の、だがその後の一夜の静かな溜息を聞いて、言い知れぬような

不安に全身を押し包まれる気がしていた。

「朱華、、、、いい加減にしないか、、、、、次から次へと俺の側用人にちょっかいを出しやがって、、、、

いったいどういうつもりなんだ、、、、」

「なんで?・・・・・だってあの人素敵だったんだもの。一夜さまなんかよりよっぽど俺を愛してくれてるさ、きっと。

あの人はいつも熱くていやらしくて、必死になって俺を求めるんだ。辛いくらいに・・・・

だけどそんなところがとても好きだよ。一夜さまなんかよりずっと・・・・ずっと・・・・・・

俺、本気だよ。あの人と一緒にこのお屋敷から逃げてしまってもいいって思うくらい・・・・・」

「そうか、、、、だったら行ってしまえ! お前などもういらない、、、、」

「ふーん、そう? ほんとにいいんだ・・・・・・俺がいなくなってしまっても・・・・・

一夜さま困るんじゃない? だって俺がいなくなったら誰に舐めてもらうのさ?

あんなこと、側用人さんだってやってはくれないよ・・・・・

後悔したって知らないから・・・・・」

「ふん、何を抜かす。 後悔するのはお前の方だろう?」

「後悔なんかしないさ。」

「朱華、、、、俺が本当に何も解らないと思っているのか? お前の考えてることなど煩わしいくらいだというのに。」

「煩わしい・・・・・? どういう意味・・・・・・」

ふいと不思議そうに首を傾げたその瞬間、思いもかけなかった一夜の攻撃に朱華は声にならない悲鳴をあげた。

一夜は朱華の細い身体を後ろから抱き竦めると、羽織っていた着物の襟をこじ開けて、裂く様に

引き摺り下ろした。

「やぁっ・・・・・・・一夜っ・・・・さまっ・・・・!??」

「お前が望んでいることなどっ、、、、うっとうしいくらいにお見通しさっ!

このっ、、、馬鹿がっ、、、、、、

俺を怒らせる為に側用人を次から次へと誘惑してーっ、、、、本当はこんなふうにして欲しいんだろ?

俺に、、、、壊れるくらい掻きまわして欲しいんだろうがっ! このっ、、、淫乱っ、、、、

こんなふうに抱かれないと、、、、感じられない、そうだろう?

お前はわざと俺を怒らせて、そうして酷く犯されるこのときをいつも待っているんだろーがっ、、、、?」

「あぁっ・・・・嫌ぁ・・・・一夜っ・・・・・・・一夜さ・・・・まっ・・・・・・!」





酷くなじられ、激しく求められて犯されて−−−−−

めちゃめちゃにされてみたい





そう・・・・・・そうだよ一夜・・・・・

俺はあなたを愛しているから・・・・・・・・

誰よりも、誰よりも愛しているから・・・・・・・・

あなた無しでなんて生きていけないからっ・・・・・・・・

いつでも側で俺だけを求めていて欲しいから・・・・・・・・・・

でもあなたはそうしてくれない

抱いてくれるのはほんの少しの短いひとときだけ

俺はいつも耐え切れずに待つだけで

苦しくて、辛くて、切なくて、この身が引き裂かれてしまいそうだから・・・・・・・・

たとえどんなことをしてでもあなたに振り向いて欲しかったんだ

あなたが大切にしている側用人さんを誘惑すれば、あなたが怒って俺に触れてくれるから・・・・・・・

それがたとえ殴る蹴るという苦痛の行為であっても構わない

その瞬間だけはあなたは間違いなく俺だけを見詰めてくれるから・・・・・

その瞬間だけはあなたは俺だけのものだから

「好きなんだ・・・・・一夜・・・・・・・・・・

好き・・・・・・好き・・・・・・・・好き・・・・・・・・・あなたが・・・・・あなただけが・・・・・・・

好き・・・・・・愛してる・・・・・・・

一夜・・・・・・・・一夜っ・・・・・・・・・・」



だから・・・・・・・・



涙にくぐもる声で唯ひとつの言葉を繰り返した。

一夜に激しく奪われながら苦痛を訴える身体とは裏腹に、

朱華の表情は至福といったように満たされていて。

美しい頬を伝う涙が、

手を伸ばし、しがみつく行為が、

すべてあなたの為だけに自分は存在しているのだと訴えているようで。

蕗耶は驚愕に、腰が抜けたようにその場にしゃがみ込んでしまった。

何故だろう? そんな衝撃に全身を翻弄されながらもふと脳裏をよぎった言葉。



「酷い色情だって、そのうち解るさ。一夜さまの色事に関しては見て見ぬ振りが約束だから、覚えといて!」



此処に仕えることになったその晩に、同じ側用人の崇史から言われた言葉が耳を掠めては消えた。

皆、同じ思いを味わったというのか、、、、、それとも、、、、、

そうして自分も例外ではなく、朱華のたったひとつの望みへ辿り着く為だけの、ただの道具に

過ぎなかったのかという疑問が掬われるような嫌悪感を生み出して・・・・・

ならばいったいあの想いは何だったというのか・・・・・?

少しの間だけだったがあんなに激しく求め合い、重ね合った蜜欲の日々・・・・・

二度と拭い切れない程の激情だけを振り撒いて、この手の中をすり抜けていってしまうというわけか?

あんなに求めていたのに、、、、、

あんなに燃えあがったのに、、、、、

今だって

こんなにも苦しくて仕方ないというのに、、、、、、

そんな苦しみだけを刻みつけていってしまうというのか?

自分はただ利用されていただけなのだという結果よりも、蕗耶が深く傷ついてやまなかったのは、

二度と彼をこの腕に抱くことは叶わないといった絶望の事実であった。





春の宵の幻か?

ふいに自身を襲った刹那の無情さに、蕗耶は酷く驚くとともに深く傷つき乱されていった。

朧−−−−−

憂いある情緒を感じさせるそんな言葉の、

その本当の意味を、

本当の恐さを垣間見たような気がしていた。











忘れ得ぬ唯ひとつの、その名の如く瞳に痛い程の艶やかな朱の花が野を一面に埋めつくす−−−−−

この頃になると決まって甘い痛みがこの胸を掻き乱して止まずに。

あれは遠い日、、、、

春の朧のように私を包んで消え果てた、そんな うたかたのような秘め事だった。

今もお前は一夜に寄り添っているのだろうか?

或いは−−−−−



遠く地平線に瞳を細めながら蕗耶の老いた白髪を春の風がやわらかに揺らしては、頬を掠めていった。








こちらのSSをお読みくださった【コトバノカタチ】のJura様が、★Spica様の掲示板にて御感想を短歌で
詠んでくださいましたので、御紹介させていただきます。Jura様、素敵な御感想ありがとうございました。
   -恋しいとその想いだけ募れども 手には入らぬ真(まこと)の心-