蒼の国-うたかたの恋心-
この間仮損ねた本を今度こそ拝借する為に安曇は倫周と一緒に倫周の部屋へ向かっていた。

なんだか変にどきどきして辺りをきょろきょろ見回しながら歩いていた。

これから倫周の部屋へ、、、

今日は倫周と2人、、、あの遼二はいないし、変な期待しちゃったりして。

安曇はどきどきしながら部屋へ入った。

「ああ悪ィな、ちょっとその辺に腰掛けて待っててくれない?」

そんな何気ない会話ひとつにもどきどきとしながら安曇はすぐそこにあったソファーに腰を下ろした。

「うん・・・」

シンプルな、まるで生活感を感じさせないような落ち着いた雰囲気の部屋を見渡しながら

心臓を高鳴らせていたとき、、、

奥のバスルームのドアが開く音がして安曇ははっとそちらを振り返った。

「よお!来てたの?」

いつもの調子のいい声がして、ひょいひょいと遼二がバスルームからあがってきたのだ。

その様子にさすがに倫周も驚いたらしく瞳を見開きながら言った。

「りょう、、、何やってんの?おまえっ、、、風呂入ったのか、、、?」

口をぽかんと開けながら半分呆れた様子でそう言うと

「ああ?悪ぃ、悪ぃ、俺の部屋急にお湯出なくなっちまってよぉ、ちょっと借りた!」

まるで悪気無く言われた言葉に倫周もほとほと呆れた表情をしていたが、あまりに気持ちよさそうに

感じられたのか安曇に向かって微笑むと

「ちょっと待っててくれ、すぐだから!」

そう言って自分もバスルームへ向かってしまった。

「安曇ごめん!風呂出てからの方がワインが旨いんだ、お前にもご馳走すっからな!」

にこやかにそう言われては有無も言えずに安曇は只ぽかんとしていた。

「めずらしいじゃん?どしたの今日は?」

にっこりとしながら安曇のところに遼二が缶ビールを持って寄って来た。

「おっ!お前も飲むか?」

そう言って勧めてくれたけれど、、、

遼二を見たとたんに先日の光景が浮かんできて安曇は急にどっきりとした。

もじもじとしながら顔を真っ赤に染めて俯き加減の様子に遼二は不思議そうな顔をしたが、

何かに気付いたようにはっとした表情をするとにやりと笑いながら低い声で囁いた。

「お前さ、、、この前見たろ?ここで、、、違う?」

そう言って安曇の側に擦り寄って来た。真っ赤になった頬に冷たい缶ビールを押し当てられて、、、

「ひゃあっ、、、」

思わず声がうわずって、、、

「し、知らないっ、、、何のことか、、、」

ぶんぶんと首を横に振って一生懸命主張して見せたが遼二にはまるで見抜かれているようで

何を言っても信じてもらえそうに無い。それどころか顔はどんどん赤くなっていくようで終いには

汗までが出てきて正に茹蛸のようになってしまった。

そんな様子が可笑しかったのか遼二は安曇の真っ赤な頬に顔を寄せると耳元で囁いた。

「嘘つけ、、見たんだろ?なあ、お前初めて、、、?」

低い声でそう言われて、、、

「な、、何がっ、、、!?べ、別に俺は、、、その、そんな、、、」

取り留めの無い、まるで返事になっていないようなことをべらべらとしゃべりながら心臓はもう

どきどきと高鳴って飛び出そうな位だった。

遼二はくすり、と笑うと安曇のじっとりと汗をかいた首筋に軽く唇を寄せて言った。

「なあ、キスしていい?」

耳元で低い声が熱い吐息と共にそんなことを囁いてきて、、、

安曇はその場に硬直してしまった。まるで金縛りのように手足が動かない、、、っ!

「や、、、やだっやだっ!あっちへ行ってよっ!」

やっとのことでそう叫んだ。

「ぷっ、、、はははははっ、、!」

大きな笑い声がして。

安曇がはっと顔をあげると遼二が腹を抱えながら大笑いする姿が目に入ってきた。

「冗談よっ、冗談!お前ってほんとに純だなあ、可〜愛いっ!」

そう言ってどっかりとソファーに腰掛けると冷えたビールを口にしながら又してもわけのわからない

ようなことを口走った。

「あいつはやめとけって、なっ!」

そう言って安曇の方をちらりと見ながらにやりと笑った。

「なっ、、何のことをっ、、!?」

まだどきまぎと慌てる安曇にいつものおちゃらけた調子でゼスチャーして見せた。

「ほら、あいつはどっちかっていうとこっちの方だからさ、だから諦めろっ、なっ!

そんでもって俺にしろっ」

「なっ、何言ってんだっ、、何だよそれ、、、」

真っ赤な顔で反撃の言葉を返す安曇に遼二は平気な顔をして言った。

「だってお前、倫がすきなんだろっ?」

「ふぇえっ!?」

真っ赤になりながら一生懸命反撃していた動作が一瞬にして固まってしまい、更にかあっと

熱をもったような頬の色に遼二は指差しながら言った。

「図星!」

「ちっ、違うってっ、、俺は別に、何も、、、そんなっ、、、」

そう言ったけれど顔はもう自分でも自覚出来る位真っ赤に染まりどう否定したところでまるで

締りがつかなかった。

そんなところに、ふいと横に目をやると倫周がシャワー室から出てくるのが見えた。



「よお!お待たせっ、ほら約束通り、これ旨いんだぜっ!」

赤ワインを片手にご機嫌な様子でこちらへ歩いて来たけれど。

「うわあっ、、、!柊っ、、その格好、、、、」

がくがくと震えるようにしながら瞳をぱちくりとさせる安曇にきょとんとしながら倫周は言った。

「へ?何で、、、どっか変、、?」

きょろきょろと自身の格好を見回しながら倫周は不思議そうな顔をした。

「なっ、何か着てよっ、、、もうやだあっ、、!」

安曇は真っ赤になった頬を両手で塞いでしまった。倫周は遼二の方を見るときょとんとしたような

表情をしながら一体どうしたんだ?と目配せして見せた。

遼二は両手を上げて肩をすぼめると、さあ何だかな?というように首を傾げた。

倫周は首を傾げながら一旦シャワー室へ戻ると何やら羽織って出直して来た。まあ確かに先程は

風呂上りとはいえバスタオル一枚を腰に巻いただけで出て来たものだから安曇の言うのも

分からないではないが別に男同士、どうってことないと思うがなあ、と不思議そうな顔をしたのだった。



「ほい、着たよ。これでいいだろ?」

そう言われて塞いだ両の手を恐る恐る外したがその姿を見て今度は苦虫を潰したような顔をした。

そんな安曇の顔を見て倫周はにっこりと微笑みながら言った。

「ほら、ちゃんと着てきた!なっ」

羽織ってきたバスローブの裾を引っ張りながら軽く西洋風にお辞儀をして見せると。

「ああ、、、まあさっきよりはいいけど、、、」

全く人の気も知らないで呑気なもんだと安曇はため息をついた。

そんな様子を見ていた遼二が何を思ったかにやりと笑うといきなり安曇を倫周の方に突き飛ばした。



「うわあっ、、!」



慌てた声をあげながら体制を崩した安曇をとっさに倫周が支えて。

すぐ側に色白の胸元が目に入ってきて安曇は再び紅潮した。どくんどくんと心臓の脈打つ音が

聴こえて、白い胸元からは風呂上りのいい香りが漂ってきて、ふうっと意識が薄れそうになったとき。

「ばかやろうっ!何すんだ遼二っ、危ねえだろっ!」

頭上に倫周の綺麗な声が響いて安曇ははっと我に返った。

遼二はさして悪気の無い様子で安曇にとってはとんでもないことを言ってのけた。

「安曇、お前に食われたいって!」

そう言って楽しそうにくすくすと笑う。

倫周は一瞬きょとんとした顔をしたが「ホント?」と言って安曇を見た。

安曇は又顔が真っ赤になってしまい、何で柊までがそんなのりなんだよーと困惑した時、

「ばか言ってんじゃねえ!」

と言って頭上の綺麗な手が遼二にライターを投げた。

ひょい、とそれを手際よく受け取りながら遼二は銜えていた煙草に火を点けて。

「おっ、サンキュウ!」

そんな遼二を見て倫周が呆れたように言う。

「お前なあ、ちっとは相手を見て物言えよ。あ、俺にも点けて、、、」

慣れた感じで顔を突き出すと遼二から火をもらう、そんな何気ない様子を自分のすぐ頭上に感じながら

安曇はきょろきょろと視線を動かしてはその行動を追っていた。

倫周のメンソールの香りがしてその綺麗な口元から煙が吹かれる。安曇はそんな仕草のひとつひとつに

どきどきして止まらなかった。



突然、思い出したようにすると倫周はふいと立ち上がって安曇に本を持ってきた。

「悪かったな、安曇。ほらこれ。」

と言って古文書を差し出した。

「あ・・ありがとう・・・」

安曇は本を受け取ると一抹の寂しさのようなものを感じてならなかった。

これ、受け取ったらもう帰らなきゃいけない、、、そんな思いが湧いてきて。

別に何をどうしたいってわけじゃない、遼二の言うような関係になりたいわけじゃない、

只、見ていたいだけ、この人の仕草を。 只、聞いていたいだけ、この人の声を。

只、側にいたいだけ。

そんなことを考えながらぼうっとしていると。

突然、遼二が立ち上がって

「さあてと、俺は帰るとすっか、、、」

そう言って伸びをした。



え、、、?



安曇は一瞬驚いた表情をした。

だって帰るのは自分の方で当然遼二がここに残ってゆっくりして行くんだろうと思っていたから。

遼二のように何のためらいも無く倫周と接することができたらどんなにいいか、などと思っていた

ばかりだったから、、、

安曇がそわそわしていると

「じゃあ、がんばってねー安曇ちゃん、、、!」

とウィンクして部屋を出て行ってしまった。

遼二の変な気使いのせいで2人っきりになってしまい、、、



安曇は何を話してよいものやら、只、そわそわするだけであった。