蒼の国-熱情の一夜1-
遼二が帰ってしまい、これからどうなるんだろうと安曇は不安で一杯になっていた。



何を話せばいいんだろう。とりあえず何をしていればいいんだろう。このまま何もしゃべらないで

只座っているのも不自然だし、そんな事よりまだここにいてもいいかどうかもわからないし。

いつまでここにいるつもりだろうなんて思われてやしないか?

ひょっとして俺がもう帰るっていうのを待っているんじゃないだろうか?

ああ手の置き場もない。目線のやり場もない。



そんな安曇の気持ちなど全く気付かない様子で倫周はTVを見ながらワインを飲んでいた。

ああ、柊!お願いだから何かしゃべってくれー、、、!

安曇は祈るような気持ちでいた。反面、何で俺はこんなに苦労しなきゃいけないんだ、と

神経が消耗していくのを感じてもいた、そのとき

「あーっ、この映画!これ俺のすきなやつうー。ラッキー」

ソファーの上で膝をばたばたさせながら喜んでいる姿が目に入ってきた。

そんな姿はあまり見たことがなかったので安曇はきょとんとしてしまった。

へえ、この人でも普通に喜ぶことなんてあるんだ、、、

そんなことをぼうっと考えながら不思議そうな顔をする安曇の心中などまるでおかまいなし、と

言った感じでうれしそうにはしゃぎながら

「なあ、これすっげえいい映画なの!お前見た事ある?」

などと訊いてきたから安曇は夢中で答えた。

「ううん、ない。はじめて、、、」

急に声を掛けられて又頬が真っ赤に染まる。安曇はどきどきしながら倫周の方を見た。

倫周はご機嫌な様子でにこにこしながら

「じゃあ一緒に見てけよ、なっ?」

そう言って又ワインを傾けながらすぐにTVに見入ってしまった。

安曇はそんなやりとりのひとつひとつにもどきまぎとしながら少々疲労した神経を休めるように

画面に目をやったが、、、



え・・・?映画ってこれ?えー!!柊の好きな映画ってこれ!?ホントに?

安曇は目を丸くしてしまった。

だってこれアニメだぜ?しかもCGアニメ。まじかよ・・・柊ってこういう趣味なわけ?

全くイメージできない!と思いながらもだんだんその画面に見入ってしまっていた。

結構おもしろかったのか安曇は映画に集中していたがふと気がつくと隣で倫周が寝息をたてていた。

ソファーに寄り掛かったまま寝込んでしまっていて。飲みかけのワイングラスがテーブルの上に

置かれたまま すーすーと気持ちよさそうに寝息をたてている。



なんだよ、自分でいい映画だって言ったくせに寝ちゃってるよ・・・

安曇はしばらくその寝顔をじっと見ていた。

こうして側でじっくりと倫周の顔を見られる機会なんて最近はそうめったにはない。

起きている時ではそんなにじろじろ見ていたら変だし、第一恥ずかしくてまともに顔なんか見られない。

そういった意味で今は最高のチャンスなのである。

しかし本当に綺麗な顔立ちだなあ・・・

うわー、なんて長いまつ毛・・・お化粧してるのかと思う程の白い肌、それに整った唇・・・

安曇は又自分の頬が紅潮するのがわかった。手を伸ばせばすぐ届くところに倫周がいる。

しかも他には誰もいない。



今、この人は自分だけのもの。



そう思うとこの幸せな時間がずっと続いてくれたらいいのにと思いながらしばしの間、幸福に浸っていた。

じっと倫周の寝顔を見つめていたけれど。絶対に起きそうも無い雰囲気に、、、

そっと、胸元に顔を近付けた。

いい匂い・・・それにバスローブがふわふわして気持ちいい・・・

しばらくそうして倫周の鼓動を聞きながらじっとしていた。

どのくらいそうしていたのだろう、先程からの緊張のせいか安曇はそのまま眠り込んでしまった。





「う、、ん、、、?」

あれ、、?俺、寝ちまったのか、、?

うとうとと目覚めた倫周は自分の上に重たい何かを感じて目を開けた。

「安曇、、、?」

何でこいつが?ああそうだった、こいつが遊びに来てて、そのまま寝ちまったんだな、、

そう思いながらすぐ側の寝顔に目をやった。

「あ〜あ、可愛い顔しちゃって、、、」

倫周はくすっと微笑った。

「しょうがねえなあ。」

くすくすと笑いながら倫周は安曇を自分のベッドルームへ抱えていった。

余程疲れているのか安曇は一向に起きる気配がないようだった。そっと、ベッドに寝かせて

やると倫周はその寝顔を見て又微笑んだ。

「おやすみ、天使さま。」



ベッドを占領されてしまって特にすることもなく、飲みかけのワインと煙草を持って

バルコニーへ出てみると月が雲間に見え隠れして恐ろしいくらい綺麗な空だった。

そんな空を見上げながらゆっくりと煙草を吹かしていると隣のバルコニーの窓が開く音がして

銜え煙草で遼二が出てきた。

「あれ?倫。安曇は?もう帰ったのか?」

倫周はくすくすと微笑いながら言った。

「それがさあ、寝ちまったのよ。今、ベッドに置いてきた。」

それを聞いて遼二も又くすっと微笑った。

なんだあいつ、せっかく2人っきりにしてやったのにばかだなあ、よっぽど緊張して疲れちまったか?

などと思うと可笑しくて噴出しそうになった。



「なあ、そっち行っていい?」

遼二の返事を聞くまでもなく倫周がベランダの柵をひょいと、乗り越えて来た。

「何だよお前、安曇はいいのかよ?」

遼二が気を使って聞くと

「だって熟睡してるぜ。ベッドは占領されちまってるしさ、飲みなおそうと思って。いいだろ?一緒に。」

そう言ってにこにこと居間へ入って行ってしまった。遼二は半ば呆れながらもふっと微笑むと

バルコニーのドアを閉めた。



「で?何飲む?」

遼二は冷蔵庫から冷えたワインとビールを出した。

「どうせお前はこっちだろ?」

そう言ってワインの栓を開けた。遼二の男らしいけれど綺麗な形の指がワイングラスに添えられて。

倫周はソファーに深く身体を預けるとご機嫌で微笑んだ。よく冷えたワインをくいくいと美味しそうに

飲み干すと自酌で杯を注ぎ足しては結構なハイピッチで平らげていった。

つまみを持ってきた遼二はその様子を見て慌てて声を掛けた。

「ああっ、ばかばか倫っ!やめろって!お前は酒弱いんだからよーっ!」

うん・・・?

もう瞳をとろんとさせながらゆっくりと視線が動かされて。

「いいの、いいの、今日まで忙しかったんだから。今日は打ち上げ。それに、明日からは少し

休みじゃねえか、、?次の仕事まで、や、す、みー。」

あーあ、もう酔ってやがる。

だが倫周の言う通りで明日からはしばらくの間は休暇であったし遼二もビールを開けると

今日までの結構ハードだった仕事の話などをしながら2人で盛り上がってしまい、

隣の安曇のことなどついぞ忘れて話しに夢中になってしまった。



大分酔いが回ったのか倫周は深くソファーに身を預けて、瞳がとろとろとくっ付きそうになっていた。

そんな様子をソファーの背もたれに肘を掛けて見つめていたけれど・・・・