蒼の国-遠い日の記憶-
夜になって安曇が血相を変えて倫周の部屋へやって来た。

はあはあと荒く息を切らして、その瞳は倫周を責めるように大きく見開かれていた。

いつもは倫周の前に出るともじもじとおとなしい態度になってしまう安曇が今日はめずらしく

攻撃的な目をしている。まるで初めて会った時のように。



安曇は大きな瞳を倫周に合わせると顔を真っ赤にしながら思い切ったように言った。

「柊、、!俺、俺はあなたが好きなんだっ、、、!」

頬の熱さを隠すようにぎゅっと目を瞑ってそう言った。

「な、、ん、、、安曇、、?」

突然のことに倫周は何もしゃべれなくなったまま、その場に立ち尽くしてしまった。

ただ大きな瞳を見開いたまま黙って立っているだけで。

そんな様子に安曇はかあっと顔が熱くなるのを感じた。

何も言わない倫周に対して気持ちが取り留めのないように揺らいでくる。

「なっ、なんか言えよ、、俺はっ、ずっと前から柊のことが、、、」

吐き出すようにそう言って又 瞳をぎゅっと瞑ってしまった。

倫周はしばらくぼうっとしていたが、ふと瞳を閉じると静かに答えた。



「安曇、俺は、、、俺はだめだ、ごめん。お前の気持ちに応える事は出来ねえよ。悪いな。」

それだけ言って済まなそうに下を向いた。

安曇は頬が更に真っ赤になるのを感じて何かを振り切るように激しく首を振ると。



「じゃあ、じゃあ、、潤ならいいのかっ?潤のことは、好き、なのかっ、、、」



思わずそう怒鳴った。

さすがにこの言葉には驚いたのか 倫周は、はっとして顔をあげた。

「俺、この前見たんだ、、この前、ここで。潤と柊のこと、を、、、潤ならいいのか?潤とだったら

ああいうこと、平気なんだっ、、、!」

倫周は何も言えずにその場に立ち尽くしてしまった。

まるで動きのない、そんな様子に安曇はかっとなって詰め寄って。

「答えろよっ柊っ、、あんたは潤のことなら好きなのかっ!?」

唇をぎゅっと噛み締めながら安曇の肩は震えていた。



倫周は答えに困った挙句、本当のことを言った。

「別に、好きとか嫌いとかじゃない、、どっちでもない、潤のことはそれは大切な仲間だと、思ってる。」

そんな倫周の答えに全く納得が行かないといった様子で安曇は叫び出した。

「じゃ、じゃあ!何であんなことしたんだっ!いつもいつも、あんたはっ、、、遼二とだってそうだ、、!

なんであんなこと、平気でできるんだ、、!じゃあ、遼二のことはどうなんだっ!?遼二のことも

”仲間”だって言うのか!?あんたにとっては、、あんなこと、誰とだって平気なのか、、?」

気持ちが高ぶって安曇の瞳に涙が滲んでいる、それはまるで悔し涙のようでもあった。

倫周には自分でもどう説明したらよいかわからずに、ただ黙っているしか方法がなかった。

しばらくは沈黙が包んで、、、



荒ぶった気持ちを落ち着けるようにすると安曇は静かに、呟くように、言った。



「なら、それなら俺のこともそういうふうにしてくれよ、、、潤や遼二としてるのと同じように、、」



倫周は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに首を横に振るとひとこと「できない」と言った。

かあっ、と顔が真っ赤に染まって、安曇はがたがたと震えながら搾り出すような声で言った。



「何で?そ、んなに俺が、、嫌い、、? そんなに嫌、、なんだ、、、」

そう言った瞬間、安曇の瞳から涙が零れて。悔し涙とも哀しい涙ともつかない衝撃の涙が頬を伝った。

慌てて倫周は、又しても本心を口にしたけれど。

「違うんだ安曇、俺はお前が嫌いなんじゃなくて、ただお前はとても純粋だからっ、、、

お前を見てると昔の自分を見てるようだから、だからやたらなことは出来ないって、そう思うだけ、、」

そこまで言い掛けて。

安曇の表情に言葉を止められた。

大きな瞳からは涙がぼろぼろと零れて。

「やめてくれよっ、、!同情なんてよけい酷いよっ、、、あんたはそうやって、皆の心を弄んで

楽しんでるんだっ、、!遼二のことだってそうだっ!

遼二のことだって、自分の都合のいい時にだけ”使ってる”だけだろっ?

ほんとは誰のことも好きじゃないくせにっ!そうやって、そうやって

人の心を弄んで、楽しいのかよっ、、、!」

そう叫ぶと安曇は一目散に部屋から飛び出して行った。





一人とり残された倫周は暗い部屋の中で何とも言いようのない気持ちに包まれていた。

頭の中に遠い記憶が蘇る。遠い日の、刹那の記憶が。



ああ、、、



くらくらと頭の中を駆け巡る、遠い日の記憶、、、

ふいに襲ってきた目眩に倫周は額を押さえると側のソファーにふらふらと倒れ込むように腰掛けた。