蒼の国-告白- |
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それから一週間くらいして、安曇はあれ以来まともに倫周と顔を合わせられずに重たい気持ちを
抱えていたが、突然に倫周本人から呼び出されてシュミレーションルームに向かっていた。
「あれ?安曇じゃねえか。どした?もしかお前も倫に呼び出されたのか?何だよあいつ。
こんなとこで何の用があるってんだ?なあ、、、」
遼二は相変わらずお気楽そうに微笑んでいたがルームに入ってみると既に来ていた倫周が
重た気な表情で振り向いた。
「倫?何だよ、話って、、、まだ誰か来んのか?」
倫周は静かに首を横に振った。
「安曇、この前は悪かったな。それで今日はお前に言っておきたいことがあって、遼二にも。」
そう言うと倫周はまるで消え入りそうな細い声で話しはじめた。
「俺は、お前のことが嫌いなんじゃない。それは本当なんだ。遼のことも、潤のことも
皆大切だっていうのも本当だよ。だけど、俺はお前の気持ちに応えられない、恐らくこの先もずっと。
それは、お前を見ていると本当に昔の自分を思い出すからなんだ。幼い頃の自分を。
お前は、お前にはいつまでもそのままでいて欲しい、その純粋無垢なまま・・・」
そこまで言うとくっと、顔をあげた、その表情が切なく辛そうに歪んでいて。
「俺には忘れられない人がいるんだ。どうやったって頭から離れないんだ・・・
だからお前の気持ちに応えてやれなくて・・・悪いんだけどどうしようもないんだ・・・・」
遼二と安曇はお互いの顔を見合わせた。もしかして孫策か周瑜のことを言っているのだろうか?
だが完全に2人の予想は外された。
倫周の消え入りそうな声が続いて。
「俺にはどうやったって忘れられない奴がいるんだ・・・
俺の一番愛する、そして一番憎んでいる相手・・・
父さんだ・・・」
このあまりにも意外な言葉に遼二と安曇は又しても顔を見合わせると、なだめるように遼二は言った。
「な、なあ倫、それはお前、よくわかるけどよ、それと親父さんとはな、違うだろう?
ほら、また意味が、、、さ、、、」
倫周は軽く俯くと消え入りそうな声をもっと小さくしながら呟くように言った。
「父さんは俺を愛してた、とてもとても愛してくれて、お前が一番大切だって言ってくれて、
母さんにも内緒だって言って、俺はすごく幸せだと思ってたんだ。
こんなに大切に思ってもらって。
別に変なことだと思ってなかったんだ、でも、・・紫月に会って、わかった・・・
同じ目をしてたんだ、あのときの父さんの目・・・と・・・・
それが普通じゃないことだってわかったのは、紫月が俺を・・・初めてのあのとき、に・・気付いた
父さんが俺にしてたこと・・は、普通じゃなかったんだ・・・
父さんは俺を抱きたかっただけで・・・俺はそんな対象でしかなかったんだ・・!
愛してたんじゃない・・・決して愛なんかじゃ・・なかったっ・・・!
それがわかった時、俺は父さんを憎んだ、この手で殺してやりたいと思った、でも・・
もう父さんはこの世にいなかったんだ。九龍で、
俺をかばって・・・死んだあと、だった・・・飛行機の
あの事故があって、此処に来るか、天国に行くかって、訊かれたとき、俺はすごく動揺した。
心が迷ってはり裂けそうだった。会ったら、殺してしまう、この手にかけてしまう、きっと・・・
今でも、憎い・・・でも、会ったら、顔を見たら、泣いてしまうような気がして・・
忘れたかったんだ、
二度と、会いたくなかった、だから、此処に・・・
でも、忘れられない・・・こんなに憎いのに・・・どうしても心から離れてくれない・・どうしてもっ・・
無性に恋しくて仕方ない時があって・・・!
だから、ごめん安曇・・・俺は、お前を、お前に応えてやれない・・
遼のことも潤のことも決して弄んでるつもりなんて、ないんだ・・・ごめん・・・本当に、・・」
そう言い終わると倫周の瞳は遠くを見ていた。
、、、!!
この瞳、、
いつも空を漂うような瞳をして。どこを見ているのか、見ていないのかわからないような冷たい瞳、、!
ああ、そうだったんだ、だからこの人はいつもこんな瞳をして。
安曇はしばらく言葉を失った。しばらくは動けないままぼうっとその場に立ち尽くして。
だがもっと自身を失ってしまいそうなのは遼二の方だった。
遼二はこのあまりにも衝撃的な話によろよろと倒れそうになって慌てて安曇に支えられた。
遼二は目の前が真っ白だった。今までずっと一緒だったから。何でも知っていると思っていたから。
倫周のことならどんなことでも知っていたはずだ。それなのに一番肝心なことを何一つわかって
やれてなくて、親友面して、恋人面して、倫周を自分1人のものにしたいなんてまで思って。
勝手だ、俺は、、、こいつが苦しんでること、ひとつも理解してやらなかった、
理解してやれなかった、
気がつかなかった、、、っ!
何も言わずにふらふらと歩き出し、シュミレーションルームを出て行くその足取りは無意識に運ばれて
いるかのように、全てが朧気で。
遼二にとって、この あまりにも突然の衝撃的な話に黒曜石の瞳には何も映ってはいないようだった。 |
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