蒼の国-無力-
夕闇の中、遼二は独り、自分のベッドに腰掛けていた。

普段は活発な、輝くような黒曜石の瞳を憂いの色で翳らせながら 大きな肩はがっくりと

力が抜けたようにうな垂れて。



知らなかった。倫がそんな思いをしていたなんて。何も知らずに、想像さえもできずに。

結局、俺にはあいつの身体を抱いてやるくらいしかしてやれることは無かったんだ。

それさえ、あいつにとって本当に良いことだったのか疑問に思えてくる。

あいつの親父が、そんなことをしていたなんて。今だって信じられない、信じたくない。

いったい何時からなんだ、そんなことが行われていたのは、、、

あいつが10歳の時、あいつの親父は死んだんだ、九龍で。

だからそんなふうに死んだのか?

今にして思えばあの時、あいつの親父は全く抵抗できなかったわけじゃない、

いくらその腕の中に倫を抱えていたとしても。

実際、俺の親父は死ななかった、

攻撃をしたからだ、俺をその腕の中に抱えていても少しは攻撃する機会があったからだ。

俺達の親父だったらそれくらいは可能だったはずだ。でもあいつの親父は何もしなかった。

ただ倫を懐に抱え込んだまま浮浪者共に殴られて死んだ。

あれは倫に対する後ろめたさだったのか?それとも自分の命を引き換えにする程、倫を本気で

愛していたのか?子供ではなく倫という一人の人間として愛したとでもいうのか?

あんたのせいだ。倫が、倫の身体をあんなふうにしちまったのは、あんただ!

粟津でもない、一之宮でもない、他の誰でもない!あんただったんだ、、、!

幼い頃から、まだ何もわからない子供のうちから、そんなことを刻み込まれて、倫はっ、、、!

倫は、何も知らずに、何も疑わずにあんたを信じていた。何もわからないのをいいことにあんたは、、

許せない、絶対に許せない、、、!父親なんかじゃない、あんたはただの暴徒だ、、、!

それなのに、倫は未だにあんたを忘れられないでいる、一体いつまで倫を拘束すれば気が済むんだっ!

俺はあんたを許さない、絶対に。倫を、俺の一番大切なものをっ、、、穢したんだ、、、

あんたがっ、、、その手で、、、!

俺が倫を守ってやらなければ。汚い奴らから俺がこの手で倫を守ってやらなければ、、、これからは、、



遼二は決心をして、倫周に自分の気持ちを伝えようと思っていた。倫周を何よりも大切に想う、

自分の気持ちをはっきりと云うつもりでいた。

しかし、、、



遼二は見てしまったのだ。幸せそうに誰かと話している安曇の姿、を。

何の話をしていたか、誰と話していたか、など、どうだっていい。

ただ、その頬を薔薇色に染めて幸せそうに瞳を閉じているその表情が。

どういうことを表しているのかが解ったとき、

遼二は心にガラスの破片が粉々に突き刺さったかのような衝撃を感じた。



まさか、、、?そんなこと、が、、、



無意識に、居てもたってもいられずに、どこをどう歩いて来たのかもわからずに、

気付くと遼二は倫周の部屋の前にいた。

逸る気持ちを抑えながら中に入る。



倫周はいつもと変わりなく遼二を迎えた。

運命が2人を呑み込もうとしていることなど2人にとっては知る由もなかった。