蒼の国-蜉蝣-
その月は新月が無く、空には下弦の月が浮かんでいた。

安曇は何かを決意したように倫周の部屋を訪ねた。

今までの安曇とは違う、大きな瞳に憂いの色を映して倫周を見つめると唯ひとことだけを伝えた。



「柊、俺を抱いて・・・」



倫周は途端に険しくなった瞳で安曇を射るとまるで何を考えている、と言ったように

冷ややかな言葉を発した。



「お前、このまえ何を聞いてた?正気で言っているのか?」



鋭い目線が安曇を射抜いたが、、、安曇は平然としていた。

「ああ、正気だよ。俺を抱いてくれって言ったんだ。」

倫周はそっと安曇に近寄るとその頬に手を添えた。

「そんなことをすればお前が辛くなるだけだぞ。言ったはずだ、俺はお前の気持ちに応えられないと。」

「解ってるよ。でも・・・」

そう言うと安曇はぎゅっと拳を握り締めて叫んだ。

「今だってっ、今だって十分辛いさっ・・!同じだ、辛さなんて、今だって、これからだって・・・!

だから・・だからせめてあんたとっ・・大好きなあんたと繋がりたい、ほんの少しでもいいっ・・

何か俺たちを繋ぐものを求めて何が悪いっ・・・!」

きっと、睨み付けるように視線を返すとその大きな瞳からは涙が滲んでいた。

繭を顰めながら冷たいほどの感情のないような視線を重ねると倫周はそっと安曇の唇に

自分のを重ねた。

ほんの軽くキスをして。

突然のことに安曇は驚いてびくり、と身体を強張らせたけれど。

そんな様子にまだ感情の無い冷たい瞳が向けられて、、冷たい言葉が響いた。

「今なら引き返せるぜ。怖いのなら、今だったらこのまま止めてやる。だが、ここから先にいったら

俺はもう引き返せなくなる、どんなにお前が叫んでも、嫌がっても、止められなくなるぞ。

それでもいいなら。」



言葉が痛い・・・見上げる先の瞳は・・・空を漂うような瞳。いつものこの人の。

これは・・・男の瞳・・・!



「いいよっ、平気だっ・・・平気だから・・・・」

安曇は決心を更に揺ぎ無いものにするかのように勢いよく倫周の胸に抱きついた。

どんな思いをしてもいい、たとえこれから先が地獄でも・・・いいっ!

俺はこの人を諦めきれない・・・たとえひと時の幻影でも、いい!

必死にしがみ付いて。

倫周はぐいと安曇の頬を包み込むと唇を重ねた。そっと舌を滑り込ませて、、、

絡み合う2つの想い。

やわらかく、熱い、溶けるようなくちつ゛けを今この時だけ、、、、



倫周は安曇をそっと自分のベッドへ連れて行くとそこに座らせて自らもその隣りに腰掛けた。

「安曇、、、」

やさしく名を呼ばれてふと見るとさっきまでとは全く違う、やわらかな表情をした倫周の顔が

覗き込んでいた。

まるで本当に愛し合う恋人を見つめるような優しい瞳。

自分を大切に、愛しむように見つめる瞳がすぐ側にあって。安曇はそれだけで

宙に漂うような感覚を覚えた。

やわらかな唇が触れる。軽く開いた口元にじらすように少しつ゛つ触れられて。

なんて甘い・・・・

キスってこんなものなの?もう気が遠くなりそうだ・・・

安曇はまるで夢の中にいるようだった。



そっと、倫周が安曇の身体をベッドに倒して。

シャツのボタンに細い指が触れる。

安曇は身体の奥底から湧き上がってくるぞわぞわとした言い様のない感覚に呑み込まれそうになった。

もう何をされているのか全然わからない感覚でまるで人形のように身体が固くなってしまって。

瞳はぎゅっと閉じられたまま、かたかたと身体を震わせて。



「安曇、、、」



すぐ耳元の声で安曇は、はっと我を取り戻した。

瞳を見開いて見上げた先には倫周の色白のとても綺麗な顔があって。

ああこの顔立ちにすごく惹かれたんだ俺は。この人の仕草のひとつひとつが眩しくて、

胸を締め付けられるようで、いつもいつも追いかけてた。

この顔が好き。この声が好き。この髪が好き。この目が好き。

好き、好き、好き・・・どうしようもないくらい・・・!好きなんだ・・・

「柊・・・」

安曇は大きな瞳を潤ませると気持ちが抑えきれずに倫周にしがみ付いて泣き出した。

「柊、柊、好き、好きなんだ・・・柊っ・・・・!」

こらえきれずにそう言って泣いて。

倫周は安曇の涙で濡れた頬に手をやるとやさしくその髪を撫でた。



「倫で、いい。ひいらぎじゃなくて、名前で、倫でいいよ、、、」



その言葉に安曇は心を締め付けられるような想いに駆られた。

涙が溢れ出てくる。

幸せで震える心を、勇気を、振り絞ってその名を呼んだ、、、!

「り、りん・・・倫・・倫、ああ・・倫っ・・・・!」



至福だった。至福の涙が頬を伝って。

倫周は安曇の身体を少しずつ少しずつ溶かすように愛撫していった。

固かった身体が次第に熱を帯びてくる。緩やかに波が押し寄せてくる。

肩からシャツが滑り落ちる感覚がそれらをもっと強くして。

自分が開いてゆくのがわかる。心も身体も自由になっていくのがわかる。素直になって。

したいこと、されたいこと、もっと素直に求めたくなる。

安曇の瞳がとろけたようになって。

その腕は無意識に愛しい人を求める。

目の前の愛しい人に向かってしがみ付く。



ああ、倫・・・もっと、もっと自由になりたい。もっともっとあなたを感じたい。もっともっと痛いくらい

感じたいんだ、だからお願い。もっとあなたを・・・・



「少し、辛いぞ、、、?」

大好きな声がそう言う。その声を聞いただけでもうどうなってもいいと思う。本当に辛いくらい、

あなたを俺に刻み込んで・・・!あなたと繋がったひとときの証を俺に・・・!



深く刻んでくれっ、、、!