蒼の国-風の速い夜に-
目が覚めたのは、広いベッドの上だった。

いつもと違う雰囲気にうっすらと辺りを見回すと白い壁にベースが立て掛けてある。

自分の部屋じゃない、、、遼二のだ、、、


まだ覚めない身体を引きずりながら倫周はベッドを出た。

ふらりふらりと歩きながらふと目をやると月明かりのベランダに遼二は煙草をくゆらしていた。



「遼、、、」



声を掛けると振り向いて。蒼い闇に煙草の煙が、ゆらゆらと揺れる。



「こっち、来いよ」



先程の冷ややかな瞳は消えて、代わりに少し切なそうな黒曜石の瞳が揺れていた。

その深い闇のような瞳に引き寄せられるように歩を進めると、、

突然に抱き締められて、遼二の大きな胸に崩れ落ちた。

倫周は何も言わなかった、何も訊かなかった、ただ遼二に体重を預けて。ただしっかりと抱き締められて。

「お前が悪いんだぜ、お前が潤とあんなことするから、ちょっとお仕置きしてやろうと思った、、、」

そう言うと遼二は倫周を抱え上げた。そっと、ベッドに戻してやって。

いつものように、いつも通りに愛してやる。やさしく、強く、熱く、激しく、



遼、、、あぁ 遼、、、!遼だって、いけない、、だって遼が居ないんだもの、、、!



やさしく愛撫されて、柔らかに触れられて倫周は込み上げた熱い気持ちと共に涙が止まらなかった。

「泣いてるのか・・・・?倫・・・?」

そっと唇をあてると遼二はやさしくその涙を吸い取った。

「悪かった。ちょっと意地悪しすぎたな。」






月明かりが青い空間を照らすベッドの上で2人は肩を並べて横になっていた。

遼二は倫周の細い茶色の髪を撫でながら、ぽつりと呟くように尋ねた。

「なあ、倫、何で潤と寝たの、、、?」

え?と不思議そうに遼二を見つめる倫周の瞳が動いて。

何でって、、、

答えに詰まる。

「わからねえか、じゃ質問を変える。何で”潤”だったの?お前別に誰でもよかったんだろ?ああ、

変な意味じゃなくてよ。ならさ、何で”安曇”にしなかったの?」

へえ?

倫周はますます不思議そうな顔をした。

「安曇って・・・何で安曇が出てくんだよ?」

倫周には遼二の言わんとしている意図がわからないといった感じできょとんとしている。

「だからさ、潤も安曇も似たようなタイプじゃねえ?だったら安曇でもよかったんじゃないかって

言ったんだ。」

倫周はしばらく目をくりくりとさせていたが、ふっと微笑いながら言った。

「ばかだなあ、お前、人を見てものを言えっての!安曇はそういうタイプじゃねえよ。」

「何で?そんなのわかんないぜ、意外と」

そう言いかけたところで本気になって笑われた。

「ばあか!いくら俺だってあんな純粋無垢に手ぇ出さねえって。そんなことしたらショックで

死んじまうぜ?ま、俺たちは死なないんだから・・・んー、頭おかしくなったら困るだろおよ?」

遼二はそんな倫周を見て、こいつははなから安曇の気持ちに気付いてねえんだ、と思ったら

少々安曇が気の毒になったのか、真面目な顔で

「お前、も少し安曇にやさしくしてやれよ。あいつだってもういい大人なんだしよ、誰かを好きに

なることだってあるんじゃねえの?」

そう言うと倫周はますます不可思議な顔をした。

「誰かを好きになるって、何で?俺には関係ねえよ。そういうことはあいつの問題だろ?まあ、

相談でもして来りゃ話聞くくらいなら何時でもOKだけどぉ?」

そんなふうに平気で言ってのける様子に遼二は半ば怒ったように少々向きになった。

「ほんとに気が付かねえの?安曇はお前が好きなんだよっ!」

ふてくされたように言ってごろん、と身体を上に向けながら両手を頭の上に組んで遼二は続けた。



「安曇はずっとお前のことが好きだったんだ、もうずっと前からな。」

遼二の瞳がぼんやりと天上を見つめる。倫周はかなり驚いた様子でしばらくはきょとんとした表情で

何もしゃべれないようだった。



しばらくはそのままの状態でどちらからとも動かずに、しゃべらずにいて。



「どうしようもないな、そう言われても。俺には安曇の気持ちに応えることはできねえよ・・・」

倫周はそう言うと目線を細めた。

「何で?何で出来ねえの?お前誰か好きな奴とかいるわけ?」

半分、自分にも当てはまるようで遼二はむきになって尋ねた。倫周はそんな遼二の顔にちらっと

目をやると、にこっと笑って遼二に抱きついてきた。



、、、うわっ、、、何すんだっ、急に、、、、



顔を赤らめて恥ずかしそうに向こうを向いてしまった遼二の胸に頬を押し当てると倫周はぽつりと呟いた。

俺には遼がいるから、、、俺には遼が合ってる。他の奴じゃだめだよ、、、安曇に限らず、な。

遼二はがらにもなく心臓がどきどきした。

ば、ばかやろう!そんなこと平気な顔して言うんじゃねえよ、、こっちがびっくりするだろうよ、、、

そう思って恐る恐る倫周の方を見た。

細い茶色の髪が頬に触れる。

ああ、この髪が今は当たり前のようにここにあるけれど、、、。

呉でもこんなことがあって。あの時は辛かったな。俺が倫をかばって弓を受けた時、やっぱり

今みたいに倫が俺の胸の上にこうしてて、、、あの時こいつは周瑜のものだったから。

遼二はふと、そんなことを思い出していた。



この髪をどれ程愛しいと思ったことか。どれ程、周瑜から奪い取りたいと思ったことか。

ほんの一瞬でもいいから、あの時はお前を俺のものにしたかった。俺だけのものに。



遼二はいきなり起き上がると真剣な瞳で倫周を見つめてその細い身体に覆いかぶさると全てを

自分のものにするかのように愛しんだ。

遼・・・?

倫周はびっくりした様子で、、、

それでも遼二はやめなかった。溢れ出る心のままに倫周を抱き締めた。



ああ倫、好きだ、、!お前だけ、俺にはお前だけが全てなんだ、誰にも渡したくない!

誰にも、潤にも安曇にも、、、!この気持ちを素直にお前に云えたなら。どんなにいいだろう。

全てを言葉に表してしまえたなら、、、!

倫!どこへも行くなっ!俺の側にだけ、、、!!



心の中でそう叫びながら遼二は倫周をもう一度、抱いた。