蒼の国-因果- |
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「遼二さん。そろそろ来る頃だと思ってましたよ。」
まだ少し冷たさが残る春風の中で、落ち着いた利発そうな声が遼二を迎えた。
別に何を問い詰めるつもりでも無かったが遼二は潤を訪ねずにはいられなかった。勿論理由は
ひとつしかない。
遼二は煙草に火を点けると潤に目をやった。
「僕は悪いことした、とは思っていませんよ。」
ちらりと遼二を見て。潤に先を越された。
別にお前を責めに来たんじゃないってのに、何だって可愛くねえ奴、、
そう思いながら遼二は空になった煙草の箱を握りつぶした。
「あの場合、ああするしか方法が無かったのでね。」
まだ何も訊いていない内から潤がぺらぺらと話し始める。さすがに遼二の目が吊り上って。
「お前ねえ、俺はそんなこと訊きに来たんじゃねえっての!そうじゃなくてもっと別のことで、、、!」
別のことって何ですか?と潤は不思議そうな顔をした。
遼二は潤を睨んでひとつ、咳払いをするとぶっきらぼうに話しはじめた。
「お前さ、何であんなことしたの?」
何でって、、、
「俺、すっげえ不思議でさ。お前が何で倫を受け止められたのかって。第一、お前よく初めてで
そんなことする気になったな。な、教えて!何で?」
相変わらずストレートなものの言い方だなあと潤は半分呆れながら答えた。
「バカにしないで下さいよ、一応僕だって経験くらいはありますよ。」
すまし顔でそう言うと遼二はものすごく驚いた顔をした。
「ええーっっ!!!おまっ、、けーけん、あるって、いつ?いつやったの!?」
ああ、もう本当にえげつないなあと思いながら潤は先を続けた。
「そんなこと訊きに来たんじゃないんでしょっ!」
叱りつけるように言うと潤はため息をついてから落ち着いて話し出した。
あの場合、ああするのが一番だったんですよ。あの人は、倫周さんはそれを求めていて、多分
あなたが居れば何の問題もなかったのでしょうけどね。僕が部屋に行ったときはすでに半分
意識が飛んでいた、割れたグラスを握りしめて、ね。それにも気が付いていなかった。
いきなり僕にくちつ゛けをしてきて。自分で言ったんですよ、今日は”満月”なんだってね。
普通ならそういったことは大人になればある程度自制心で何とかなりますが、彼の場合は
特殊ですよね、それはあなたが一番よくご存知だ。あのまま放っておけば本人にも意識のない内に
何をやらかすか分かったものじゃない、特にあの人の場合はそれが自虐行為につながり
かねないんです。実際、無意識に割れたグラスを握りしめていたわけですし。
呉に行ったときだって朱雀の剣で自分の身体を切り付けてましたしね。
それを救ってやるには誰かが彼を受け止めるしかない、ただその方法が一種、人と違うというだけです。
体外は側で話を聞いてやったり、なぐさめてやったりすればそれで治まるのでしょうが
倫周さんの場合、”身体を重ねる”ことでしか解消されないんです。ですからあの場合は彼と
”身体を重ねる”ことで落ち着けてあげるしかなかったんですよ。
そう言うとちらりと遼二の方を見た。
遼二は目をまん丸くして、あっけにとられたような顔をして。
「お、お前なあ、、よくそんなにぺらぺらと話が出てくるよなあ、感心しちまうぜ、、、お前さあ、
ミュージシャンより精神科医って感じだぜ、そりゃあ、、、」
ほとほと感心した様子でそう言った。
「それはどうも。一応僕は医者を目指してた時もありましたから、そう言って頂けるとうれしいですよ。」
にっこり笑ってそう言う潤を多少化け物扱いしながらも、遼二は少し真剣な表情で尋ねた。
「なあ、潤、ひとつ訊いてもいいかな?」
珍しくシリアスな表情を向けると遼二は静かに話し出した。
「俺、前から不思議に思ってたんだけどさあ、あいつって何でああなちまったと思う?
その、お前が言うようにさ、”身体を重ねる”ってえの?あいつの場合、それがちょっと異常だよな、
ま、俺はいいんだけどよ、あいつとは永い付き合いだしさ。けどあいつだって初めっからそんなふうじゃ
なかったと思うんだよな。いつからだったか、、、
あれは多分俺に初めて”抱いてくれ”って言ってきた時あたりからかな?
まっ、直接の原因は粟津や一之宮だったみてえだけど?
でも時々不思議に思うんだ、あいつはさ、どこへ行ってもそういった連中にすぐ目ぇ付けられて、
こっちは気が気じゃねえよ、全部なんて拭いきれねえ時だってあるしよ、ほら、呉に行った時だって
そんなことあったし。悪い言い方をすりゃあ倫にはそんな”何か”がとり憑いてるんじゃねえか、とかさ
思うことがあってよ。そりゃあ倫はあの顔立ちだしよ、誰もが魅かれるってのもわからねえじゃねえけどよ、、、」
潤はそんな遼二の話を一通り黙って聞いていたけれど。
恐らく・・・・・・・・・
「恐らく何かしら原因はあるでしょうね。そんなふうに”産まれついてる”と言ってしまえばそれまでですが。
体外は何か原因があるはずです。例えば、幼少の頃に何か衝撃的なことがあってそれが本人にも
わからないところで引っかかっている、とかね。」
「そういうことなら、あいつは親父さんをあんな形で亡くしてるんだ、それが未だにショックとして
頭から離れねえんじゃ?」
そう言うと、潤もそれについて訊いてきた。
「ああ、九龍でのことですか?実際、衝撃だったのでしょうね。」
「ああ、何せ自分を懐に抱えたまんま、浮浪者たちにぼこぼこにされて亡くなったんだ、俺だって
あん時のことは忘れられねえよ。」
遼二が目線を落として呟いた。潤はふと、遼二に目をやる遠くを見つめながら言った。
「まあ、それが直接の原因かどうかはわかりませんけどね。ですが、彼を救う方法が無いわけじゃない。」
そう言って再び遼二をじっと見つめた。
「な、何だよ、、、?」
慌てる遼二に潤は平然とした口調で尋ねてきた。
「何故あなたは彼に自分の気持ちをはっきりと伝わないんです?はっきりと”好きだ”と。」
「ばっ、ばかっ、、何言ってやがる、、、!」
遼二はむきになって顔を赤らめた。
何でこいつはいつもこういうことを平気な顔で言いやがるんだ!と半分腹立たしそうだった。
そんな遼二を潤の方は潤の方で、何でそんな簡単なことが云えないのか?と不可思議な顔をしてみせる。
そろそろ戻りましょう、と言って歩き出した。
ぼうっと突っ立ったまま動けない遼二を振り返ると潤は遠くに瞳を細めながら言った。
「誰かに心から愛されれば、そういう心をあの人に教えてあげることができたら、救われるのかも
しれませんね。孫策や周瑜のように死んでしまう”人間”じゃなく、ね。」
そう言う潤の髪を冷たい春風が揺らした。 遼二はまだ立ち尽くしたまま、、、。 |
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